クーたんとココ君のお家

燕尾服を着た女の子クーたんと神戸から来たやんちゃ坊主ココ君の小さなドラマ。

光に向って

2011-03-21 06:41:34 | Weblog
今日は春の彼岸の中日。晴れれば部屋に入って来るお日様の光も力を増して来た。ニャンズはこれを楽しみ、クーの黒い毛は白く輝き、瞳は極限迄細くなっていた。静岡からは朝刊にもブログにも桜の開花が伝えられて来た。
震災以来凹みもがいている日本だが、自然は力強い足音で春を告げる。我々も光に向って歩み、倒れたり、辛うじて捕まり立ちをしている人々を助けよう。
クーもココも挫けそうな僕の心を癒してくれる。神様・御仏を信じ、日々感謝を忘れずに、前向きになり、光に向って歩もうではないか。

カーテンを開けて

2011-03-20 06:00:40 | ネコ
暖かな朝を迎えた我が街。小鳥も春を喜びさえずり続けている。朝刊を取りに玄関を出ると何処からかちんちょうげの香が漂って来た。
昨日の我が家は、エネルギーの節約を兼ねて、暖房機を全てストップし、照明も全て消す。居間のカーテンを全開すると、光はかなり奥迄届く。台所へは北側の窓からの光で不自由はしない。
そんな暖かな居間では、お日様大好きなクーだけでなく、ココもヘソ天に寝転んで毛繕いをし春を満喫していた。廊下の障子を開けると、クーは何時ものように箪笥の上の篭ベッドに入り、夕方迄お昼寝。そのクーにつられて、夫婦もソファーで昼寝を楽しんだ。勿論暖房は止めたままで。それでもくしゃみは出ず、風邪を引く事も無く、夜も暖房を止めたまま眠ったのであった。

停電の無い朝

2011-03-19 06:24:50 | ネコ
我が街は今朝は6時20分から計画停電になるはずであった。ところがそれが中止。気持ちがすっかり緩んでしまい、早朝、手洗いに立った後に2度寝。それが物凄く気持ち良く、洗濯機の音で目が覚め時計を見ると、6時少し前になっていた。起こし役のココも僕の部屋着に包まってグッスリと。
今日の家内は修道院で、今は使われなくなった新品同然の毛布を、修道院長と共に整理し、支援物資として発送の段取りをすると言う。
今日は日中気温が上がり、暖房要らずになるとの予報。クーとココも廊下で日向ぼっこをしながらお昼寝を楽しむ事だろう。

知恵を出そう

2011-03-18 06:29:54 | Weblog
連日の停電、いささかうんざり。今朝は氷点下の寒さ。部屋の中に居ても足元からジンジンと寒さが上がって来る。
計画停電にいささか疑問を持つのは僕だけだろうか。弱い者、止め易い場所を狙っているとしか思えぬ。都心部や大企業は除外だし、東電本社も除外。暖かなビルの中で温もりながら号令を掛けていても、その内国民はその声を聞かなくなる。除外地域を作った理由を国民が納得するようにはっきりと示すべきである。
この難局を乗り切るために我々はもっと知恵を出そう。
放送局も東京のスタジオを中心にするのでは無く、名古屋や大阪に拠点を移し、アナウンサーやキャスターもホテルで仮住まいし、東京のスタジオ使用を最小限に止めれば、使用電力が大きく減るであろう。新聞社も編集部門を移し、東京では一部の取材者のみ駐在する。大手製造会社は製造拠点を、電力に余裕のある場所を中心とする。
被災者の住宅も茨城を除く関東に多く建設し、一時的に移ってもらい、空き教室を利用して学校も疎開させ、教師も移動する等など。
昨日の停電時、比較的暖かだった廊下で僕が本を読み出すと、ココも付いて来て僕の足元でゴロンとなり、毛繕いをしていた。クーはその前から廊下のベッドで寝ていたのである。
被災者の方々に一刻も早く物資が届き、飼い主と離れ離れになったワンニャンが再会出来るようにと祈るものである。

昨日の我が家我が街

2011-03-17 06:44:11 | Weblog
昨日の日中は暖かく暖房要らず。ニャンズもご機嫌で日向ぼっこをしたりと。そんな中午後3時半丁度、何の予告も無く電気が止まり、居間は薄暗くなってしまった。幾ら計画停電でも、停電地域を知らせる事無く止めるのは如何なものか。夜中にインターネットを見ると、東京電力へ苦情が殺到したとの事。また同じ町の中でも、番地によってグループが異なる場合があり、それは「一部」と言う表現にとどまっている。これも国民に協力を要請するのなら甚だ不親切。昨日はカスタマーセンターに電話が通じ、検針票の「お客様番号」を告げると直ちに教えてくれた。
電気が止まり、パソコンも出来ず仕方が無いので、家の近くをぶらりと散歩。バス通りの5差路では信号が消え、警察官が2名で交通整理。防寒着も着ずご苦労な事。彼らの人件費は国民の税金から?それとも東京電力の負担?。「受益者負担の原則から言えば東京電力の負担になるはずだが」等とヘソが45度曲がつたまま暫らく眺めていたが、北風も強くなり家に戻る事に。するとあるお宅の庭がスズメの鳴き声が。庭木を見ると沢山のスズメが止まって大合唱。庭に餌台でも置いているか。この住宅団地中のスズメが全て集まっているようだ。今度聞いてこよう。
家に帰っても家内と2人手持ちぶたさ。僕は何時もより時間を掛けて風呂に入った。6時25分停電終了。しかし我が家のニャンズは薄暗い家の中で追いかけっこをし、クーは家内に尻尾を踏まれたのだった。
今日は昼過ぎからの停電予定。どうなる事やら。

順番に

2011-03-16 06:32:22 | Weblog
夕べも大きい地震1発。寝ていた布団が持ち上げられるように感じ、起き上がってしまった。僕の足元で寝ていたココも、怖いと思ったのか僕に擦り寄って来た。震源は静岡県富士宮市。震度は6強との事だ。新幹線が止まり、小田急も。
我が家のニャンズは、夕べも揃って夜食を食べ、続いて流しに上がって洗い桶から水を飲む。夕べはクーが一足早く洗い桶に。1歩遅れたココは、クーが飲み終えるのを大人しく待つ。これが2ニャンのルールになっているらしい。クーも急いで水を飲むと居間に入った。
外国のメデァは、震災の避難所でも、食事の配給を並んで待つ人々の姿を見て、秩序が保たれている事を絶賛していると言う。
今、この日本人の秩序をぶち壊そうとしている会社が現れた。東京電力である。今朝の朝刊によれば、東京23区を計画停電から外すと言う。何と言う事だ。都心部を外す事に不公平感があるのに、それを広げると言う。真に怪しからん事。それでなくても電車の本数が普段より減り、不自由しているのに。何で23区を外すのか理解出来ぬ。東京電力は何と説明するのか。こんな事をするのなら、計画停電域に住む家庭や中小企業の電気料金を大幅に割り引き、23区の個人や企業から割り増し料金を取るべきである。心底日本人の「順番を待つ」と言う美風をこの会社は破壊し、強い者優位の社会を作るのか。全く許せない行為である。

ねこのエコ

2011-03-15 06:29:33 | Weblog
今朝は強い1発で目が覚めた。我が街では震度3との事。僕の足元で寝ていたココも掛け布団の上に座り「一寸大きいですね」と言う顔で、部屋の中をキョロキョロと見渡していた。
昨日は暖かく暖房要らずになり、クーはカーテンを潜り日光浴。ココはパソコン椅子の上でねこ丸でお昼寝。これがねこのエコ。そんな暖かな午前、計画停電に備え、単1の乾電池を求めて街に出た。どこの店でも乾電池は全て売り切れ。車も飯を食わせろと燃料警告灯が点るが、スタンドは全て売り切れ。諦めて家に戻る。電車の運転が間引かれてる性か、甲州街道も大渋滞。これから半月位はこのような混乱が続くのであろうか。隠居生活の僕は、外出を控える事にしよう。
幼稚園も繰り上げ春休みに入ってしまった。今日は孫を預る事になった。クーとココは何処に身を隠すのだろうか。昼間暖かくなるのを願っている。

我が家の地震計

2011-03-14 06:00:04 | Weblog
今の日本、諸外国なら非常事態宣言が発せられ、国民の生活全てが統制されるだろう。今朝の朝刊では、中国の新聞が我が国を絶賛しているとの記事が載っていた。しかし、東北地方を中心とした犠牲者はどれ位になるのだろうか。心が痛む。
築50年の我が家には、建築当時から地震計が備わっている。人の体では感じないような地震でも反応する。動力源は全く無い。この地震計は居間の作り付けの書棚のガラス戸である。写真のココが座っている奥のガラス戸。先日の震度5弱の地震でも床に落ちる事は無かった。それ以降絶えず地震を感じ、音を発てている。音の大きさで地震の大きさも分かる。これはニャンズも学習したようで、大きな音がし、大きく揺れる時は、前震の小さな音を聞いただけで物陰に隠れる。
昨日も書いたが動物支援団体、アークではこの度の大震災で家族を失った、ワン・ニャン等を保護する活動の支援金を募っている。可愛い家族が無事だった事を感謝し、多くの方が応じて頂く事を願う次第である。
募金先名 アーク
郵便振替№ 0097-2-267840
記事欄に 「被災動物たちへ」と記入

ねこも慣れる

2011-03-13 07:02:07 | ネコ
大震災から3日目の朝を迎えた。災害規模は大きくなるばかり。街全てが大津波に飲み込まれて、消えてしまったとも言われる。原子力発電所も爆発。
遠く離れた東京でも被害が。我が家では2階の瓦が2枚程落ち、新宿に出掛けた息子は、環8通りを越える迄歩き、やっと空車のタクシーに乗れたと言う。3時に出発し8時頃帰宅したようだ。お隣のご主人は1番新橋で夜を明かしたそうである。
余震も続き、震度3以上の地震も時折起こる。一昨日の大地震を経験すれば、震度3程度の地震は小さく感じてしまう。ニャンズも同じようで、クーは廊下の箪笥の上のベッドから下りる事無く、冷蔵庫の上に座っていても「あたし怖くないはよ」と平然としていた。これは真に「慣れ」の業。
ところで、今回の震災では、人と共に暮らすワン・ニャンも多く被災している。総数等記録されないが、人と逸れたワン・ニャンも多い事だろう。人の手で育てられた彼らは自ら食料を探す事は出来ない。英国人女性のエリザベス・オリバー氏が主宰し関西を拠点に置く、アニマルレフュージ関西(通称:アーク)は今回も被災地での動物保護活動に動き出そうとしており、募金を募っている。口座は郵便振替で0097-2-268740で記事欄に「被災動物たちへ」と記入してほしいとの事である。
年金生活の我が家であるが、クーとココが元気に過ごしている事を感謝し、千円札数枚を献金しよう。このブログのサイドバーのブックマークからその活動を見られるようにしてある。人もニャンズも無事だった事を感謝し、多くの方が献金されるように願う次第である。

巨大地震後の我が家

2011-03-12 06:01:57 | Weblog
昨日の地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。
昨日の我が家は、熱の出た孫の真生を見ていた。午後2時過ぎ孫は嫁に連れられて帰り、夫婦と2ニャン疲れがどっと出て、昼寝を始めた。
そして午後2時45分頃軽く地震を感じ、ソファーから身を起こした直後立っていられない程の揺れが来た。テレビが上下動で倒れそうになり、弱まった一瞬を見て押さえる。家内は台所で怯えたクーを押さえ、腰を痛めた。ココは台所の食卓の下と言う一番安全な場所に入った。
地震が一旦収まった後、息子宅に行き、家に居た嫁と孫の真生を我が家に非難させる。息子宅では、棚の物が散乱したと言う。道路に瓦が落ちたようだ。孫の晃生は幼稚園。午後3時過ぎ息子から新宿にいて無事との電話が入った。「歩いて帰って来い」と僕は厳命。たった12㎞。歩けない距離ではない。夕食は嫁と孫と一緒に食べる。
余震も収まり嫁と孫達は午後7時頃帰宅し、僕も就寝した。
地震後家内は居間の本棚のガラス戸をテープで養生。(全く遅いが)
我が家付近の震度は5弱との事。63年の生涯で1番の大地震。
今朝も長野県付近から地震が続く。1時間に2、3度強い揺れが。ニャンズも動揺している。早く余震が収まるように願うものである。