クーたんとココ君のお家

燕尾服を着た女の子クーたんと神戸から来たやんちゃ坊主ココ君の小さなドラマ。

別れの日

2008-03-31 05:09:41 | Weblog
今日はクー&ココの事はお休みします。
今日2008年3月31日は、24年4ヶ月勤めた会社への、最後の出勤日・別れの日である。思い起こせば、保育園児だった息子も、今や一児の父となった。その時間の長さを感ずる。今朝の気分は、少々ハイで緊張もしている。最終日といえども、挨拶回りだけで終らない。大きな28㌧もある機械の、搬出工事の指揮を執らねばならない。デジカメを持参し、最後の仕事を記録しておこう。仕事が終ったら、老兵は静かに去るのみ。これが社会の仕組みだ。
昨日クーがモニターの上で休んでいる所に、ココがちょっかいを出した。モニターはピコピコと点滅を繰り返した。側で見ていた家内も「この画面寿命が来たのよ」。それで決心が付いた。12年仕事を続けてくれた、ブラウン管モニターとも別れる事にした。教会の帰り、量販店に立ち寄り、新型の液晶モニターを購入した。この量販店と同じ敷地の中華料理店で、夫婦のささやかな定年祝いの食事をした。
自宅に帰り、モニターをセットすると、早速クーがやって来て匂い付けをした。クーは戸惑い顔「クーちゃんのベットがニャイ」と。僕はささやいた「クーたんごめんね」。ココは「ぼく関係ないモン」と匂い付けをしながら、パソコンテーブルの一番上に登った。
今朝も何時もの時間に、出勤する事にしよう。会社に返納するのは、健康保険証と入門証、連絡車のキー、事務所の鍵を一袋にまとめ、朝所長に渡し、後継の若い人を指導しながら、工事の指揮を執る。20年協力してくれた、重量鳶のみなさんとも最後の仕事。ツールボックスミーティングの時に一言お礼を付け加えようと思っている。

毛繕い

2008-03-30 06:42:30 | Weblog
桜もいよいよ満開になり、通勤で通る町全体が淡いピンクに染まるようになりました。所々にある木蓮の大きな花が「私も春を待ってたの」と主張しています。今日は、桜や木蓮、桃の花が沢山咲いている、成城の街を通り、教会に出掛けます。
春になれば、ニャンコさんも衣替えを始めます。温かそうな冬毛が抜け始めました。クーはスッーと撫ぜるだけで、毛が一杯抜けます。モニターの上でマッタリとしているのが好きなクーの毛が、キーボードの上に落ちているようになりました。一方短毛種のココは、衣替えをしているのか、はっきりとは分かりません。今もモニターの前で横になっているココの背中を、強めに撫ぜましたが、手に付いて来た抜け毛は2、3本で、細く、短いので、老眼の僕は、目を細めないと見えない程でした。
抜ける毛の量が多いせいでしょうか、女の子のせいでしょうか、オチビの頃からクーは入念に毛繕いをします。起きている時は、丹念に体を嘗め回しいてます。常に体を清潔にしています。ココの毛繕いは、一言で言えば“粗雑”です。ペロペロと数回やって終わりです。特に玩具などに、気を取られ始めると、姿勢だけして「ぼくやーめた」となってしまいます。耳の後ろを掻いている時も、目に玩具が入れば、空振りばかりします。「お前猫なの」と言っても平気で空振りを続けます。

ココの独り言

2008-03-29 07:25:11 | Weblog
ココは動き回る時「グーグル」等と独り言を言う。夜中に起き出して、玩具を探しに行く時も声を出す。その声で僕は目が覚めてしまう。ついつい「ココ、静かにしてよ」と言うが、全く理解されないようだ。夜中廊下で遊びたい時はもっとすごい。障子を揺さぶり「ニャーオ、マーオ」を連発する。それでも僕が起きないと、布団に潜り込んで、腕にガブリと実力行使をする。
一方クーは静かに歩き回り、自分が要求する時だけ、澄んだ女の子らしい、ソプラノの可愛い声を出す。喋る時は僕に近付き、目を合わせて、物を言う。これに負けて、クーの言う事を聞いてしまう事もしばしばである。クーを怒らせると物凄く太い声を出しながら、手を出し、口も出す。しかしクーのガブリは痛くない。ちゃんと手加減をしているからだ。
今も2ニャンズは、夫々要求を声に出してしている。ココは聞き入れられないと、人の子供のような泣き声になる。クーは諦めて、欄間の上に登り、庭を見始めた。ココは決して諦めない。「お庭の小鳥さんを見ていなさい」と言っても「ぼくは広いお部屋で遊びたいよ」と言うのである。
話は違うが、環八通りの大田区嶺町付近は桜並木になっていた。ところが、昨秋東京都はこの桜の枝を全て切り落としてしまった。悲しい事に今年は綺麗な桜の花が見れぬ。これも、犬や猫をガス室で殺傷処分するのと同じである。怒りをを憶えるのは僕だけだろうか。

美味しい牛乳

2008-03-28 05:02:19 | Weblog
おはようココだよ。元気だよ。ぼくのお家のにも、お花が沢山咲き出したよ。一昨日は、お隣の晃君が来てねお廊下で遊んだんだニャー。晃君ね「ニャンニャ、ニャンニャ」って言いながら、ぼくを撫ぜようとするの。ぼく、怖くなって逃げちゃったよ。でも、お廊下は温かかったよ。
今さっき、お父さんがコーヒーに牛乳を入れてたから「ぼくにも頂戴よ」と何回もおねだりしたんだ。だって、ぼく牛乳大好きなんだもん。今朝はお父さんぼくにも牛乳入れてくれたよ。美味しかったー!。神戸に居る時から、牛乳大好きなニャンコだよ。毎日飲んでも飽きないよね。
パソコンの前で「ゴァーン」って言って、朝ご飯も頂戴よと言ったんだ。ブログを書くのを止めてお父さんは、お茶碗を取りに行ったから、ぼくも付いて行ったよ。カリカリを山盛りに入れてもらって、牛乳と一緒に食べたんだ。美味しかったよ。ご飯を食べる時って、お水も一緒に飲む事多いでしょ。お水の変わりに牛乳の方がもっと美味しくなるよね。これからは朝ご飯だけでも、牛乳と一緒に食べたいニャン。
今ぼくネ、お父さんのお膝に乗って遊んでるんだよ。大きなお膝だよ。お父さんのお手てをチョイチョイしたり、舐めたりしてるんだ。お手ての匂いも、お父さんとお母さんでは違うよ。お母さんのお手ての方が良い匂いだよ。
今日も良い子でお留守番してるからね。バイバイ。

元気を貰う

2008-03-27 05:04:19 | Weblog
連続出勤も7日を越えると、体がズシーンと重くなる。今度の土・日は休めそうだが、手付かずの私物の整理やら、最後の仕事の整理をしに、土曜日は会社に出ようと思っている。
それにしても、ココは元気である。昨夜も午前1時頃に、僕を起こして、障子を開けさせ、廊下で遊んだり、走ったりしていた。何時ものように今に来ると、クーの迷惑等顧みずに、後追いした。クーが「シャー」と言いながら威嚇しても、全く無関係。「クーちゃん怖くないよ」と言う顔をし、先回りしたり、わざと鉢合わせしたりと、遊んでいた。最後は、本箱の上のクーとチャチャイ合戦。そしてモニターの上から「ク、ク」と言う声で、クーを呼ぶ。クーが答えないと、僕に朝ご飯の催促だ。ココの部屋に茶碗を取りに行く時、中廊下に袋が落ちていた。拾い上げてみれば、モンプチのレトルトパックだった。ココが台所から咥えて来たようだ。全く油断出来ない、悪戯小僧だ。
「ぼく寒くないから止めるね」とばかりに、温風器を止めて、パソコンテーブルの一番上に登り、玩具で遊び始めた。たえず動き回っている。1歳5ヶ月、人間で言えば、20歳頃の一番体力の充実した年頃だ。ココからこの元気を貰って、今日も頑張ろう。
写真は1年前頃の、可愛いココのスナップである。

幕を開けるのは

2008-03-26 05:07:20 | Weblog
昨日、本か社から退職金の支払い通知が届いた。僕が皮算用していた金額よりもも多かった。運送会社の退職金は、製造企業に比べると、すずめの涙程の額だ。しかし、零細企業の多いこの業界の中ではましの部類に入る。
出勤する日は、今日を含めてあと5日だ。最後の仕上げの仕事は山積みになっている。幸いにも、僕の後を引き継いでくれるY君は、短時間であっても、順調に仕事を覚えてくれた。今日も現場監督を彼に任せ、事務処理の時間を作る事にする。神様は僕の心を見抜かれて、最も相応しい人材を真似得て下さった。かんしゃである。
退職後は、頭の中を初期化して、今まで心にはあったが、出来なかった事をしたい。それは、何時も側に居てくれる、クーとココの事を物語風に書く事である。クーもココも素晴らしい素材だ。2ニャンズの事を通して、“小さな命”を幹にした話を書きたい。下書きは今までも書いてきたが、まとめる作業が出来ていない。これをまとめ、撮り貯めた写真を入れて、写真絵本としたい。
間もなく開く、僕の人生の幕を開けてくれるのは、間違いなく、クーたんとココ君である。

30回目の結婚記念日

2008-03-25 05:12:49 | Weblog
今日は僕達夫婦の、30回目の結婚記念日である。我が侭な亭主に、今日迄愚痴一つ溢さずに付いて来てくれた家内に感謝である。こんな事は面と向かっては、気恥ずかしくて言えぬので、ブログに認めた。あと数日で勤め人生活も終える。
クーが来て、少なくなった夫婦の会話が、また多くなって来た。夕食時の二人の会話は、猫の事ばかりである。クーの事、ココの事、ブログに登場するニャンコさんの事……。隣の可愛い孫の事よりも、猫ちゃんの事の方が多い。真に、中年いや、初老期に入って、猫の持つ魅力にすっかり引き込まれた夫婦である。
家内は、超の字が付くほど健康である。この30年間、病気で臥せった事は一度も無い。この健康で、明るい家庭を作ってくれた。息子への子育ても、僕は全て任せっぱなしの、仕事人間であった。貧乏世帯を切り盛りし、息子をまともな社会人としたのも、家内のおかげである。割れ鍋に綴じ蓋を実感出来る。
家内は家で静かに過ごすのが好きな様である。旅行に誘っても、中々首を縦に振らぬ。その家内が、首を縦に振ったのは、神戸にココを引取りに行く時であった。会社から、定年旅行のご褒美が頂けるが、家内をどうすれば連れて行けるか、思案中である。

変わらぬ甘えん坊

2008-03-24 05:02:20 | Weblog
ココは一人で居るのが大嫌いな、寂しがり屋である。朝、クーがご飯を食べ終える迄は、一人で部屋の中に居るが、クーが煮干と鰹節のおねだりを始めると、扉をガタガタと揺すり、大きな声で「ぼくも広いお部屋に行きたいよ。早く開けてよ」と叫び出す。
今朝は、ご飯を食べ終えたクーが「私お部屋に帰るわ。お父さん扉を開けてと」と言い、さっさと自分の部屋に戻った。その後ココの部屋の扉を開けると、小走りで台所に直行し、クーの残したご飯を食べ、荒い桶で水を飲み、満足すると、ブログを見ている僕の所にやって来た。今朝は、玩具になる物が無かったようである。席を立ち、台所でタバコを吸い始めると、ココが付いて来た。猫達のカリカリの入った容器を床に、ドスンしたり、クーたんの椅子に座ったり、僕の側を離れない。
パソコンの前に戻ると、小走りで付いて来た。僕がゆっくり歩いていても、歩幅が20倍位違うので、ココは走る事になる。お母さんの椅子の背を伝って、モニターの前に立ち塞がり「ねぇー遊んでよ」。空いている右手で、ココの背中を撫ぜる。毛は艶も良く、スベスベで、健康な証拠である。ココはこの右手にじゃれ付いた。ついでに、マウスを持っている左手の又にガブリ。その痕は小さな血豆が出来ていた。
とにかく、一人になるのが大嫌いで、僕や家内の側に付いて、遊びたいココは、1年前と全く変わらない、甘えん坊の末っ子である。

祝イースター

2008-03-23 05:25:17 | Weblog
今日は僕達キリスト教徒にとっては、大祝日である。御子が十字架で処せられた後、3日後に復活された事をお祝いする、復活祭(イースター)である。イースターは、キリスト教がヨーロッパに伝えられた後に、この地の春の訪れを祝うお祭りと重なり、春分後の満月の次の日曜日と決められた。
命の復活なんてあるの?と思われる方も多いだろうが、僕は信じる。特に魂の復活はある。あなたが亡くなられたご両親の夢を見、夢の中でご両親があなたに語りかけ、あなたは答えたとする。そしてあなたは、日頃悩んでいた事の、解決のヒントが、見付かった。これも魂の復活ではないだろうか。
僕達夫婦は、この3年程教会生活を中断していたが、今日から復活させる。今日僕は、仕事が入り、礼拝には出席出来ぬが、家内は参列し、みんなと復活のお祝いをする。来週からは僕も出席する。定年後、教会の仕事(無給)も幾つか入って来るだろうが、無理をせずに、進めようと思っている。
今朝、クーが何回も僕の足元に擦り寄り、甘えて来た。これからもクーとココの小さな命が、守られるように祈り・求める。
「主よ、子猫・子犬の小さな命を、むげに捨ててしまう人が無くなります様に、命を大切にする心を、我らに与えたまえ。 アーメン」

今日も今日とて

2008-03-22 05:02:12 | Weblog
我家は何時もと変わらぬ朝を迎えた。平和である。クーの食欲も普段と変わらず、背中の黒い毛は、艶々と電灯に照らされ、光っている。
やんちゃ息子のココは、お姉ちゃんが残していった、ご飯をお腹に処分し、茶碗も綺麗にした。居間と台所をうろうろし「何かニャイカなー」と玩具になりそうな物を探し回る。無ければ何時ものように、電話機の置いてある棚に飛び乗り、メモ用紙をチャチャイしたり、ボールペンを咥えて取ろうとする。取れなければ、ペン差しごと床に、ドズーンと落とす。隣の部屋で寝ているクーと家内が起き出して「何時だと思っているの。いい加減にして頂戴」と文句を言われないかと、僕はハラハラ・ドキドキである。4時半を回れば、腹っ減らしココ君は、ブログを書き始めた、モニターの前に座り込み「ミャー、ゴアーン」と叫び始める。僕が一服しに台所に行けば、ココも付いて来て、クーたんの椅子に座り「ゴアーン」を連発し「ご飯をくれなければ、また邪魔をするぞ」と言う顔をしている。今日も今日とて平和な我家の朝の景色である。
今日から8日間連続勤務。年度末に大量の機械移動が発生した。監督さん最後の仕事である。私物の整理など全く手付かずである。そして、同年輩の同僚S君の妻君が亡くなり、今日の夜通夜が営まれる。以前会社の球技会で、家族どおし弁当を広げた中であり、列席する事にした。若い方の訃報に接するのは、心が痛む。心から天国での魂の平安を祈る事にしよう。