ふぶきの部屋

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嫌われ松子・Dr.コトー最終回

2006-12-22 10:47:41 | ドラマ・ワイドショー

 嫌われ松子の一生 

要するに壮大な宗教的テーマを持ったドラマだったわけですね

原罪」と「償い」と「救い」を扱った非常に中身の濃いお話でした。

赤木さんが言ってましたよね。

松子は洋一を道しるべにしたかったのだ」と・・・

「原罪」が松子が生まれ育った環境で培われた性格にあり、嫌な事からは

とことん目をそらし、自己中心的な前向きさを備え、でも満たされないし

自信がないから「誰か私を導いて欲しい」と思う・・これが「罪」なのね。

「救い」は稀代の悪女が聖女に変わった瞬間ではないでしょうか

 

要するに、「悪女の深情け」的女性がいました。

彼女の愛情はそれをかけられる男性にとっては重くてしょうがない

また関わった男性は何かしらリスクを背負わされる・・・

最後に出会った龍洋一が彼女から離れたのも、まさに「愛の重さ」ですよね。

でも、そんな彼女は実はせっせと洋一の為にお金を貯めていた・・・

それを知った洋一は大粒の涙を流す

この「大粒の涙」が「救い」だったのではないかと思うんですよ

確かに死に方としては悲惨極まりないものではあったけど、彼女が残した

ものを考えると、松子の一生は決して「嫌われ」だけで終わらなかった

そこにも救いがあったのだと思います

 

ラストに流れた映像のように、松子の家族全員が健康で心も穏やかで

不幸なトラウマを背負う事がなければ、彼女の一生も全く違ったものに

なっていたかもしれません

今、子育て中の身としては「親が作る環境」によって子供の人生が大きく

違ってくる事の重さを感じています

 

非常に秀作でした・・・・(でも何度も見たいドラマではないのよね)

 

 Dr.コトー診療所 

「医者とは何か」「どうして自分は医者なのか」

これが今回の全編を彩ったテーマでした。

彩佳さんのオペを引き受けたコトー先生

鳴海先生の家で、彼の植物状態の奥さんを見せられ

妻は生きているか死んでいるかどっちだと思う?」と問われます。

医者であること」「家族であること」は相容れない感情だというのです。

コトー先生は彩佳さんのオペで自分を見失ってしまい・・・・

いつも沈着冷静なコトー先生の狼狽ぶりには本当にびっくりしました。

 

結局は「この患者はただの乳がん患者」と思いこんで冷静にオペは

終了したのですが、この時のコトー先生の無力感は可哀想でした

つまり医者といっても人間。

人の命を救うことは神の領域に手を出す事」まさにその通りですね。

人間としての医者は、常に謙虚でなければいけないということです。

 

迷いつつもコトー先生は鳴海先生に

人間として答えるならあなたが生きている思う限り生きている。

医者として答えるならあなたが治療を続ける限り生きている。

いつか奇跡が起こるかもしれない。絶対はないのです」

と答えます

綺麗さっぱりとはいえないけど、「医師としての万能感」をかなぐり捨てた

コトー先生は人間としてまた一歩成長したんでしょうね。

 

和田さんの言うとおり、この先、島の人達と親しくなればなる程、その命を

失う辛さを体験しなければならないわけで・・・・

それでも「島の医者」としての道を続けるコトー先生はすごいなと思います。

 

 今回初めてコトー先生の「お母さん」が出てきてびっくり。

そういえば彼にも親がいるんだって事、今の今まですっかり忘れていました。

そのあたりのエピソードもいつか聞けるといいですね。

 

今シーズンのコトー先生は予想外の出来事に翻弄されつつ

(ガンが治ったり、彩佳さんのオペに狼狽したり、自殺されたり)

実は自分が患者さん達に癒されている現実を知りました

日本中のお医者さんの中で、患者さんに癒されていると感じる人が

どれだけいるでしょうか・・・

治してやってる・・と思うドクターの方が多いんじゃないかなーーと思いますけど。

 

また続きが見たいです。

島の若い人達が漁業や医者の卵として育っていく過程も含めて

「離島のこれから」を見ていきたいと思いました。

コメント (2)
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