先程、ときおり愛読している【 日刊ゲンダイデジタル 】見ていた中で、
『パックごはんの盲点、研ぐ・炊く省ける反面失っているもの』、
と題された見出しを見たりした。
私は東京の調布市の片隅みに住んでいる年金生活の76歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。
過ぎし16年前の頃より、ときおり家内が独り住まいの家内の母宅に、
季節ごとの大掃除やがて介護などで、4日5日前後で行ったりしていた。
こうした時は、我が家で『おひとりさま』になるが、
家内が4泊以上になる時は、家内が準備してくれた料理は、
品切れとなったりした・・。
こうした中、キャベツ、ニンジンの千切りぐらいはしているが、
煮たり、焼いたりする料理ができない私は、
スーパーのお惣菜(総菜と同意語)売場で買い求めた品を並べて、
食べているのが実態となっていた。
そして朝食の御飯も、ときおり今回の『パックごはん』も愛食してきたので、
今回の《・・研ぐ・炊く省ける反面失っているもの・・》学びたく、
記事を読んだりした。
この記事は、米流通評論家、つねもと商店の常本泰志さんの寄稿文であり、
5月15日に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・飲食店の時短営業や在宅勤務の影響で、
家族そろって食卓を囲む機会が、以前より増えているようです。
ところが、主食のコメの消費は、
巣ごもり需要が外食需要の減退をカバーできていない状況です。
国内のコメ消費量は、人口減少や少子高齢化による自然減が6万トン。
さらに、コロナ禍の影響で、それ以上のペースで減っていて、
現在、1950年代と比べて半分以下になったといわれています。
近年、共働き増加の影響で家庭で食べられているコメは、
ふつう精白米のほか、無洗米、冷凍米飯、パックごはんなど選択肢が広がっています。
これらは、なにより手間がかからないのが人気の理由のようです。
■研ぐどころか炊く時間すらない
無洗米が、本格的に広まったのは、1991年。
研ぐ手間がかからず、水道代が削減できる点など、
学校給食や大手中食、外食業界で使用される業務用米を中心に普及が始まり、
家庭でも消費されるようになりました。
研ぐ手間が省けるほか、とぎ汁による排水管の詰まりが発生しないため、
大量に炊飯する業者にとって、排水管の洗浄などのコストがかからない点も挙げられます。
最近では、コメのうまみ層であるアリューロン層が残る精米技術も出てきています。
通常精米に比べて米ヌカの脂分が少ない分、
炊いてからしばらくすると黄ばみやすく劣化が早いですが、
保存性が優れているというのが無洗米に対する業界全般の評価ではないでしょうか。
精米技術の向上で、ヌカの少ない精白米が多くなったことで、
価格が少し高い無洗米をあえて選ばなくなった家庭もあるようです。
JAや米穀卸売などに取材すると、無洗米の流通量は、
全体の4~10%程度とのことで、ニーズはそこまで高まっていないことがわかります。
一方、急激にニーズが高まっているのが、
「パックごはん(=包装米飯)」です。
パックごはんといえば、
1988年ごろに発売され「玄関開けたら2分でごはん」のフレーズが
センセーショナルだった「サトウのごはん」(サトウ食品)が有名です。
『パックごはんの盲点、研ぐ・炊く省ける反面失っているもの』、
と題された見出しを見たりした。
私は東京の調布市の片隅みに住んでいる年金生活の76歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。
過ぎし16年前の頃より、ときおり家内が独り住まいの家内の母宅に、
季節ごとの大掃除やがて介護などで、4日5日前後で行ったりしていた。
こうした時は、我が家で『おひとりさま』になるが、
家内が4泊以上になる時は、家内が準備してくれた料理は、
品切れとなったりした・・。
こうした中、キャベツ、ニンジンの千切りぐらいはしているが、
煮たり、焼いたりする料理ができない私は、
スーパーのお惣菜(総菜と同意語)売場で買い求めた品を並べて、
食べているのが実態となっていた。
そして朝食の御飯も、ときおり今回の『パックごはん』も愛食してきたので、
今回の《・・研ぐ・炊く省ける反面失っているもの・・》学びたく、
記事を読んだりした。
この記事は、米流通評論家、つねもと商店の常本泰志さんの寄稿文であり、
5月15日に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・飲食店の時短営業や在宅勤務の影響で、
家族そろって食卓を囲む機会が、以前より増えているようです。
ところが、主食のコメの消費は、
巣ごもり需要が外食需要の減退をカバーできていない状況です。
国内のコメ消費量は、人口減少や少子高齢化による自然減が6万トン。
さらに、コロナ禍の影響で、それ以上のペースで減っていて、
現在、1950年代と比べて半分以下になったといわれています。
近年、共働き増加の影響で家庭で食べられているコメは、
ふつう精白米のほか、無洗米、冷凍米飯、パックごはんなど選択肢が広がっています。
これらは、なにより手間がかからないのが人気の理由のようです。
■研ぐどころか炊く時間すらない
無洗米が、本格的に広まったのは、1991年。
研ぐ手間がかからず、水道代が削減できる点など、
学校給食や大手中食、外食業界で使用される業務用米を中心に普及が始まり、
家庭でも消費されるようになりました。
研ぐ手間が省けるほか、とぎ汁による排水管の詰まりが発生しないため、
大量に炊飯する業者にとって、排水管の洗浄などのコストがかからない点も挙げられます。
最近では、コメのうまみ層であるアリューロン層が残る精米技術も出てきています。
通常精米に比べて米ヌカの脂分が少ない分、
炊いてからしばらくすると黄ばみやすく劣化が早いですが、
保存性が優れているというのが無洗米に対する業界全般の評価ではないでしょうか。
精米技術の向上で、ヌカの少ない精白米が多くなったことで、
価格が少し高い無洗米をあえて選ばなくなった家庭もあるようです。
JAや米穀卸売などに取材すると、無洗米の流通量は、
全体の4~10%程度とのことで、ニーズはそこまで高まっていないことがわかります。
一方、急激にニーズが高まっているのが、
「パックごはん(=包装米飯)」です。
パックごはんといえば、
1988年ごろに発売され「玄関開けたら2分でごはん」のフレーズが
センセーショナルだった「サトウのごはん」(サトウ食品)が有名です。
全メーカーの包装米飯製造量は、1997年の2万7000トンから、
2019年は18万3000トンと22年間で約7倍まで急増しています。
当初は補完的に食べられていて、
ミネラルウォーターが出始めたころ、水なんて買うもんじゃない、
といわれていたのと同じような扱いをされていたように思います。
今では、共働き家庭や単身者、高齢者の個食需要をはじめ、
災害非常食、レジャーといった多目的に利用されています。
これからもさまざまな変化をしていくのではないかと思います。
有名銘柄米のもの、容量の異なるものなど、販売されている種類も豊富になっています。
昨年、1回目の緊急事態宣言が発令された際、
パックごはんが売り切れたスーパーが続出しました。
■コメは料理か、否か
消費の激減で苦境にあえぐコメ農家にとって、
コメが食べられないより、パックごはんでも食べてもらったほうが
ありがたいでしょう。
ただ、利便性と引き換えに、失っているものも少なくないように思います。
当然、経済的にも、手間がかからない分だけ、コストはかかります。
1日に必要とされる主食のすべてを、パックごはんに置き換えた場合、
農水省食事バランスガイド(https://www.maff.go.jp/j/balance_guide/kakudaizu.html)によると、
約5~7パック分となります。
1パック(150g)あたり68円〜150円程度です。
5kg2500円の場合、お茶碗1杯あたりの価格は約35.7円(水道光熱費除く)で、
約70杯できるので、家庭で炊いたほうが経済的です。
北大路魯山人が、1947年に書いた「お米の話」に次の一節があります。
「うまいものの極致は、米なのである。
うまいからこそ、毎日食べていられるわけなのである。
特にうまい米は、もうそれだけで充分で、
ほかになにもいらなくなってしまう。(略)
料理人は飯なんてものは、無意識のうちに料理ではないと考えているらしい。
ところが、飯は料理のいちばん大切なものなのである」
魯山人が話すように、現在は特にコメに対する意識が薄くなっているように感じています。
忙しい人にとって、コメを研いで炊く行為は非常に面倒ですが、
コロナ禍で自宅で食事をされているかたも多い今、
ぜひ、炊きたてのごはんのおいしさを改めて実感していただきたいのです。
日本人が2500年前から主食としてきたコメの歴史を踏まえると、
量販店のコメの販売方法が消費財化=既製品化してしまったことで、
生産者へのリスペクトがさらに薄まっているように思います。
今、コメは非常に余っている状態で、価格も低い状態のままですが、
コメをはじめとする農産物は地球温暖化と向き合い、
農家さんが汗水流して、丹精こめて栽培されたものです。
近い将来大規模な異常気象が発生して、
世界的に小麦などの主食作物が大凶作になると、
日本でも食糧不足になる可能性が高い状況にあります。
それほど、日本の食は脆弱です。
日本のコメは、常日頃からみなさんに食べてもらうことでしか支えられないのです。・・ 》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
今回、米流通評論家、つねもと商店の常本泰志さんの寄稿文に導かれて、
御飯に関して、研ぐ・炊く省ける反面失っているもの、
多々教示されたりした。
私は農家の児として幼年期は育てられてきたので、
少なくとも朝食だけは、御飯に一汁三菜をこよなく愛して、
今日に至っている・・。
御飯に関して、研ぐ・炊く省ける反面失っているもの、
多々教示されたりした。
私は農家の児として幼年期は育てられてきたので、
少なくとも朝食だけは、御飯に一汁三菜をこよなく愛して、
今日に至っている・・。
私は確か8年前の頃から、ときおり独りぼっちの生活をしてきてきたが、
朝食の時、2合ばかりのお米を洗い、五穀米を加えて電気炊飯器に5分後にセットしたりした。
やがて『一汁三菜』の真似事の一汁六菜で頂く前、
やはり2合のご飯は多く、三等分にして、ひとつは御飯茶碗に入れたりした。
そして残りのふたつはクレラップに包み、冷蔵庫に保管し、
翌日の朝食用にし、クレラップに包んだご飯をひとつだけ取りだして、
電子レンジで温めて、頂いたりしてきた。
このような体験を家内が一昨年の5月に大病するまで、
ときおり私はしてきた・・。
いずれにしろ、15年前の頃より、8年前の頃まで、五穀米を愛食するまで、
ときおり独りぼっちの『おひとりさま』の生活をする中、
パックごはんと称せられる『サトウのごはん』愛食してきたので、
懐かしさの余り、それなりに美味しかったょ、と心の中で無呟(つぶや)いたりしている。