≪脚色≫
秋の風景
(第九話)独演会
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
N ・・湧水正也
1.台所 夜
タイトルバック
食卓テーブルの椅子に座っている恭之介。徐(おもむろ)に、卓上のリモコンを手にする。
タイトル「秋の風景(第九話) 独演会」
テーマ音楽
キャスト、スタッフなど
N 「秋と云えば、何といっても芸術だろう。じいちゃんが芸術を堪能するのはテレビだ。今夜も台所のテレビのリモコンボタンを押し
た」
晩酌の準備をする未知子。風呂を上がって台所の冷蔵庫へ近づく正也。
未知子「明日はPTAの役員会なの。…正也、後は頼んだわね」
正也 「うん…」
部屋へと消える未知子。冷蔵庫へ近づく正也。
恭之介「最近は、なんか風情のある番組が減ったなあ…。クイズと云やぁ~賞金、サスペンスと云やぁ殺人。それに報道と云やぁ~知
る必要もない暗い、悪い、陰気なニュースだ。いったい、汗水流す人間のためになってんのかっ?! うぅぅ…、まだあるぞ!」
N 「誰も話す相手がいないのに、じいちゃんは独りごちて怒っている。風呂上がりだったので、いつもの楽しみにしているジュース
を取りに、僕は冷蔵庫へと近づいた。今思えば、これがいけなかった」
正也が冷蔵庫を開ける音。気づく恭之介。
恭之介「おっ、正也。まあ、ここへ座りなさい」
声にビクッ! とし、ジュ-スをコップに注いだ後、渋々、テ-ブルに近づく正也。椅子に座る正也。
N 「僕は光る頭の蛸蜘蛛の糸に引っ掛かり、哀れにも長話を聞かされる破目に陥ってしまったのである」
正也を相手に語り出し、独演会を始める恭之介。
恭之介「どう思う?」
正也 「…ん? どおって?」
恭之介「儂(わし)の小言(こごと)、聞こえてなかったか?」
正也 「まあ、一応は…」
正也をマイクに見立て、突然、凄い剣幕で語り出す恭之介。聞き上手になる正也。
恭之介「正也はどうか知らんが、どうも最近のテレビは面白くない!!」
正也 「そんなこと、僕に云ったって…(迷惑顔で)」
滾々(こんこん)と話す恭之介。相槌を打つ正也。二人の姿。
O.L
二人の姿。滾々と話す恭之介。聞き疲れた正也。
N 「滾々と湧き出る洗い場の水のように二十分は優に聞かされ、その夜の僕はジュースで寛ぐどころか、じいちゃんで疲れ果て
た。しかし、捨てる神ありゃ拾う神あり…とは、よく云ったものだ。そこへ、神では毛頭ないが…」
終い湯に入り、風呂掃除を終えた恭一が、やれやれという顔で台所へ入ってくる。その恭一に気づく恭之介。
恭之介「おっ、恭一。いいところへ来た。まあ、座って聞け」
恭一 「えっ? 何をです? 風呂番で疲れまして…、ビールで一杯やろうと思ってたんですが。・・父さんも、どうです?」
恭之介「…、それは、まあな…」
沈黙する恭之介。テレビを見ながら隣りの席で二人の様子を窺う正也。
N 「流石は父さんだ…と、僕は思った。逃げの壺を心得ている」
三分の一ほどジュースが残ったコップを持ち、スゥ~っと静かに立つ正也。消えるように忍び足で台所から去る正也。
2.湧水家 外 夜
煌々と家を照らす蒼白い月。流れる薄雲。
3.台所 夜
ビールを飲み、すっかり出来上がっている恭之介。少し、ほろ酔い加減で迷惑顔の恭一。ふたたび、空コップを持ち洗い場へ入る正
也。コップを洗いながら二人の様子に耳を欹てる正也。呂律が回らない態で恭一に話す恭之介。迷惑顔で相槌を入れる恭一。いつ
の間にか増えているビール瓶の本数。
N 「僕が台所へ戻ると、じいちゃんは相変わらずテレビ番組をネタに愚痴りながら、独演会を続けていた」
恭之介「△◎$&・・△√%…だ。…●▽なっ!(呂律が回らず)」
恭一 「「ええ…」
恭之介「分か…●▽◆□、…なっ!(呂律が回らず)」
恭一 「はい…」
憂さを晴らすようにコップを干し、ビールを注ぐ恭一。
N 「安定したヒラの父さん、役員の母さん、孤高を持するじいちゃん、出来のいい僕…。各人各様に、平和な家庭の秋の夜長が更
けていく」
F.O
タイトル「秋の風景(第九話) 独演会 終」
※ 短編小説を脚色したものです。小説は、秋の風景(第九話) 独演会」をお読み下さい。