≪脚色≫
冬の風景
特別編(下) 禍福は糾(あざな)える縄(1)
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
N ・・湧水正也
1.台所 夜
タイトルバック
鳴る除夜の鐘。食卓テーブルを囲み年越し蕎麦を啜る家族四人。テレビが映す年越しの中継。
N 「年が暮れようとしている。除夜の鐘が静寂を破ってグォ~~ンと撞かれる。人間が持つ百八つの煩悩とは、いったい何なの
か…。小難しいことは僕には分からない。それでも煩悩を抱く人間感情を洗い清める鐘の音だとは理解できる。ただし、明日
以降に頂戴できるであろうお年玉の総額を頭の中で勘定している僕などには、遠い悟りの世界のように思えてならないのだ
が…」
タイトル「冬の風景 特別編(下) 禍福は糾(あざな)える縄」
恭一 「今年の蕎麦は、なんかグルメだな…」
未知子「そんな訳でもないんだけど…。料理番組の受け売りよ。どう? 美味しい?(恭一に美味いと云わせよう…という気持ちで)」
恭一 「ん? ああ…。まあな」
無言で食べる恭之介と正也。恭之介を見る未知子。
未知子「お父さまは、どうです?」
恭之介「こりゃ、知らない味だ…。なかなか美味いですよ、未知子さん(少しヨイショぎみに)」
未知子「そうですか?…(言葉で謙遜し、外づらはニタリと、まんざらでもなさそうに微笑んで)」
未知子の様子を垣間見る正也。美味そうに啜り続ける四人。
N 「後日、母さんに、そのレシピを聞くと、葱と鶏肉を胡麻油で軽く炒めるのがポイントだそうで、そこへ市販の麺つゆを濃いめに入
れ、砂糖で少し甘味のある出汁(だし)に纏めるのが、いいらしい。僕も確かに美味しいと思ったし、例年だと残る蕎麦が全く
無くなったことを思えば、今年の蕎麦が好評を博したことは語る迄もないだろう」
美味そうに啜り続ける四人。
2.居間 朝
新年の賀を祝う家族四人の食事風景。長椅子を囲む四人。おせち、のお重。屠蘇、燗酒の銚子、雑煮の入った椀。ジュース入りのコ
ップ。オードブルの馳走などが所狭しと並ぶ。紋付き袴姿の恭之介。着物姿の三人。
N 「凧揚げ、独楽(こま)回し、羽根つき、カルタ取りなどを楽しむ、といった世相ではなくなったけれど、それでも、お年玉を戴けると
いう慣習は現代も残っているから、僕達にとっては誠に有り難い」
美味そうに雑煮を食べる四人。咀嚼中、急に食べるのを止め、入れ歯を外す恭之介。
恭之介「し、しまった!・・儂(わし)と、したことが…。お前が、つまらんことで笑わすからだっ!(急に怒り出し)」
恭一 「どうも、すみません…」
未知子「お父さま。お正月ですから…」
恭之介「あっ! そうでした。すまんかった、恭一」
恭一 「いえ…」
入れ歯を外したまま、ふたたび、フガフガと食べ続ける恭之介。あとに続く三人。
N 「正月ということもあり、歯医者は休業中であったから、じいちゃんは仕方なく、不調の入れ歯を口から外し、フガフガモグモグ
と、数日はやっていた。だから、いつもの精悍さは、どこか影を潜めているように僕には思えた」
3.子供部屋 夕方
机横の畳で胡坐の正也。十数枚のお年玉袋。したり顔で、お年玉袋から出したお年玉の額を数える正也。
N 「悪いことがあれば、いいこともあるものだ。二日目、三日目と過ぎると、お年玉のトータル額は昨年の倍増という営業実績を示
すに至り、僕としては、ラッキーな結果となった(◎に続けて読む)」
4.(フラッシュ) 居間 昼
馳走が置かれた長机上。長机を囲み歓談する叔母、従兄弟と家族四人。
N 「(◎)加えて、叔母さんが帰ってきて、(◇に続けて読む)」
(明日へつづく)