≪脚色≫
秋の風景
特別編(下)芸事(2)
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
N ・・湧水正也
その他 ・・丘本先生、生徒達、父兄達
8.小学校 教室 昼
黒板前。台本を持ち、学芸会の練習をする生徒達。その中に正也もいる。指導する丘本先生。
N「学芸会が間近に迫っていた。僕はこの中で、演目である浦島太郎に出演が決まっていたのだ。主役の太郎なら文句なくいいのだ
が、生憎(あいにく)、僕は亀の役だった」
9.台所 夕方
食卓テーブルの椅子に座ってテレビを観る恭之介と正也。なにやら話している。
恭之介「先生に抜擢されたとは、大したものだ…」
正也 「だって、じいちゃん、僕は亀だよ。嫌だなあ…」
恭之介「おいおい、そうガックリするな、正也。準主役なんだからな、亀は…」
正也 「そうか…」
恭之介「ああ…」
N 「じいちゃんは慰めのような、そうでもないような云い回しで僕を和らげた」
10.学校 講堂 昼
学芸会。多くの父兄と生徒達が観客で劇を観る。演じる正也達。演目は浦島太郎。時折り客席から湧き起こる拍手と笑い声。ハリ
ボテの甲羅を背負い、帽子風に作られた役絵キャップを被り懸命に演じる正也。観客の中にいて、声援を送る恭一と未知子。
N 「僕の学校は明治時代に建てられた建造物で、県の指定文化財にもなっている立派な建物なのだが、その講堂で学芸会は行
われた」
11.湧水家 遠景 夜
秋の田舎っぽい夜景。薄闇に見える電気の灯り。虫の鳴く声。
12.台所 夜
食卓を囲む家族四人。夕食中。和気あいあいと会話が弾む。笑い声。
N 「兎に角、僕の亀役は無事終わったのだが、まあ、概してこんな程度で、そう大した話ではない。総じて、家族を芸事で語るな
ら、抜きん出て、といった技量のプロ芸を熟(こな)す者はいない…と結論づけられる」
13.(フラッシュ) 馬場 昼
手綱を握り、馬を走らせる凛々しい姿の恭之介。その雄姿を柵外から見守る正也。晴れ渡った青空。
N 「あっ、忘れるところだった。じいちゃんには隠された、もう一つの芸事があった。馬術である。じいちゃんは、僕がもう少し大きく
なったら教えてやると云った」
14.居間 夜
蒼白く煌々と照らす中秋の名月。庭前の渡り廊下の小机。小机の上に飾られた三方の月見団子と花瓶に活けられたススキ。虫達
の集き鳴く声。月の光に照らされ輝き光る恭之介の頭。月と恭之介の頭を比較して見遣る正也。
N 「秋の虫達が賑やかに秋を唄っている。実に上手い。じいちゃんは蛸頭を照からせている。実に素晴らしい」
15.居間 夜
渡り廊下で月を見ながら下手なハーモニカを奏でる恭一。
N 「父さんはハーモニカを奏でている。実に拙(つたな)い」
16.(フラッシュ) 居間 夕方
ススキを花瓶に生ける未知子。見守る正也。
N 「母さんはススキを花瓶に生けて飾る。実に見事だ。孰(いず)れにしろ、我が家の連中は少し素養がある程度のもので、まず
マスコミに騒がれるような事態はないだろう。・・傍に置かれた三方(さんぼう)のお団子。この秋、もう一度ぐらいは食べられ
るだろうか…。こんな下劣な計算をしている僕は実に、さもしい。もう少し高尚な存在になりたい…とは思っている」
F.O
タイトル「秋の風景 特別編(下) 芸事 終」
※ 短編小説を脚色したものです。小説は、「秋の風景 特別編(下) 芸事」をお読み下さい。