水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第37話] 立ち話

2016年01月03日 00時00分00秒 | #小説

 二人の男が横断歩道の交差点で話し合っていた。二人は偶然に出会った古い友人だった。それも久しぶりの出会いだったから、立ち話になった。二人が話す間、信号が幾度も変わった。二人は路肩(ろかた)へ寄って話をしたので、通行の邪魔になることもなかった。それでも、通行人は佇(たたず)んで話し続ける二人を物珍しげにチラ見しながら横断していった。
「ははは…まあ、ここでの立ち話もなんだから、そこら辺の喫茶店でゆっくり話そうや」
 もう充分、話をしたあと、一人の男が気づいたように言った。
「ああ…」
 ある程度は話したぞ…と、もう一人の男は思ったが、急いではいなかったから応諾(おうだく)して頷(うなず)いた。一人の男は誘ったものの、辺(あた)りの土地勘がまったくなかった。誘われたもう一人の男も同じだった。当然、そこら辺の喫茶店に目星があるはずもなかった。二人はお互いに知ったかぶりをして歩いた。
「おかしいな…この辺だったと思うが…」
「そうそう、この辺にあった、あった!」
「だろ?」
 二人は妙なところで話が合った。事実は、二人ともまったく土地勘がなく、知らない場所へ迷い込んでいたのである。それでも、二人は歩きながら立ち話をした。立ち話が続けられたのは、お互いに相手の土地勘を信じていたからだった。そんな二人が歩き回っても、喫茶店が現れる訳がない。結局、二人は小一時間、立ち話をしながら辺りを徘徊(はいかい)し、喫茶店を見つけられぬまま元いた横断歩道の交差点へ戻(もど)る破目になった。いわゆる、双六(すごろく)で言うところの[振り出しへ戻る]である。
「まっ! 元気でっ」
「ああ、君もなっ!」
 二人は横断歩道を渡ると、燃えきらぬまま左右に分かれた。立ち話もなんだから・・ということはなく、結局、立ち話でよかったのだ。

                   THE END


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