寺島賢助は日曜の朝、スパナレンチでボルトのネジを締(し)めていた。昨日(きのう)の夜、何げなく触った取っ手金具の基盤部が緩(ゆる)んでいた。それを、明日はやるぞ! と固く決意し、寝込んだのである。寺島の場合、気づいたことはやってしまわないと気が済まない性分(しょうぶん)だったから、そのまま放置しての一夜は非常に気分が苛(さいな)まれた。それでも、グッ! と我慢(がまん)してベッドに潜(もぐ)り込んだまではよかったが、とうとう寝つけぬまま空が白み始めたのである。そんな寺島だったから、早々と起き出したときは当然、眼は血走っていた。
起き出した寺島はパジャマから着替えることなく、さっそくスパナレンチを握っていた。一件は早く片づくかに思えたが、案に相違して締まったネジは固く、緩みそうもない。何度も試みたが、それ以上やればネジ山が崩れる恐れが出てきたから一端、断念して両腕を組み考えた。その結果、寺島は潤滑スプレーを取り出し、液を吹きつけた。ネジは幸いにも緩んだ。ここまではよかった。
ネジを抜き取ると、何度も回したものだからネジ山が馬鹿になっていた。太いボルトならタップを切って細いネジ山には出来るが、間滅(まめつ)したネジ山を太くは出来ない。寺島はアングリした顔でふたたび、両腕を組み考えた。そのとき妻の美代子がつけたのだろう。ふと、『安全保障関連法案が○△×●で…』と言っているテレビニュースの声が耳に入ってきた。寺島は、ふ~~~ん…と気を取られながら、間滅したネジ山をもう一度、見た。寺島にはネジ山が憲法のように見えた。そのとき、寺島のズボンがずり落ちかけた。寺島のベルトも緩んでいた。
THE END
注;この小説は飽くまで寺島個人が思ったところを如実に描いたものであり、私個人の見解は中立的立場として伏せさせて戴きたく存じますので、その点は誤解なきよう、宜しく御願い申し上げます。