水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第58話] 鰻(ウナギ)の寝床(ねどこ)

2016年01月24日 00時00分00秒 | #小説

 外気温が38℃を超えた夏の昼間である。ギラつく太陽は今日も厳(きび)しくジリジリと照っていた。正木省太は部屋の窓からそのギラつく太陽を怨(うら)めしげに見上げた。部屋のクーラーはここ数日、朝から晩まで、ほぼ24時間フル稼働している。
「いやぁ~参ったな。こう暑いと何もできん…」
 ひとり呟(つぶや)いたそのあとに、『が、腹は減る…』と正木は付け加えて思った。すると妙なもので、美味(うま)そうな鰻重(うなじゅう)が心に浮かんだ。当然、鰻重の横では三つ葉を浮かべた肝吸(きもす)いの椀(わん)が笑っている。これはもう、鰻好きの正木にとって、耐えがたい欲望の誘爆を引き起こさずにはいられなかった。
「ああ~~~っ!! ウナギだっ!」
 こうなれば、夏の暑さなど、どこ吹く風である。あれほど暑く感じ、外出など、とても無理無理…と思えていた心境が180°変化した。正木は半袖(はんそで)シャツを着るか着ないうちに家を飛び出していた。
 正木の行きつけの鰻専門店、益屋は建物からして鰻の寝床(ねどこ)だった。間口が狭くて奥行きが長い店の造りなのだ。狭い店の戸を開けると、長さが7、8mもあろうかという通路状のカウンター席が長く見える。横幅は? といえば、カウンター椅子の背を人が一人、通れるか通れないかという幅で、実に狭い。要するに、縦に長く横に短い鰻の寝床(ねどこ)状の店なのである。だが、この店の秘伝のタレは実に美味で、江戸時代から継ぎ足し継ぎ足して今に至っているという主(あるじ)の自慢話を聞くにつけ、なるほど! と正木を唸(うな)らせていた。この鰻重を正木は無性に食べたく、いや食らいつきたくなったのである。
 店前まで正木が来ると、[本日は勝手ながら、臨時休業させていただきます]という立て札が表戸に掛(か)けられていた。正木は、あんぐりした顔で、その立て札を怨めしげに見ながら、家へUターンした。
 ギラつく太陽の中、汗にびっしょりと濡れながら家へ戻(もど)った正木に気力など、もう残っていなかった。正木は、取り敢(あ)えず身体を水で拭いて、下着を着替えると、クーラーを強にした部屋の陰湿な寝床で横になった。正木はまるで鰻だった。

                    THE END


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