水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第63話] 体裁(ていさい)

2016年01月29日 00時00分00秒 | #小説

 林川(はやしかわ)房子(ふさこ)は五十半ばの中年女である。彼女の人生は、すべてがすべて体裁(ていさい)で塗り固められた体裁だらけの人生だった。そんな房子だったが、やはり人並みに本音を吐きたいと思うときもあった。房子はそんなとき、さりげなく遠くの町へ買物に出た。近くでは知り合いの人目もあり、何かにつけて体裁をとり繕(つくろ)わねばならなかったから、不便だったこともある。
「もっとさ、安いのないのぉ~~!!」
 房子は、服飾品を手に取り、言いたかった本音を思う存分、愚痴(ぐち)った。
「お客様、そう言われましても、こちらのお値段が大よそ、どこのお店でも相場でございまして…」
「そうおっ!? お隣(となり)の家(うち)の奥さんなんか、この半値で買ったとか言ってたわよっ!」
「はあ、確かにそういう手合いもございますが…ほとんどが贋(にせ)のブランド商品でございまして」
「ふ~ん…。まっ、いいわっ!  もう少し、安いの置いといてよねっ! また来るわ」
 偉(えら)そうに店員へ本音をぶちまけ、房子は店を出た。
「ありがとうございました!」
 店の店員は店の品位を保とうとしてか、態々(わざわざ)外まで出ると懇切丁寧(こんせつていねい)に房子を送り出した。房子の気分はよかった。元々の目的が体裁を捨て、本音を吐くことだったからだ。
 房子は二軒ほど先にある同じ系統の服飾専門店へ入った。この店でも房子は日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように本音をぶちまけた。どうせ二度と来やしない・・という心がそう言わせた。しかも、ご近所や知り合いも、見たところいなかった。
「はあ…」
 アレコレと出させた房子の言い分を一応、店員は我慢(がまん)して聞いていた。そこへ現れたのが、お隣(となり)の電力(でんりき)照子だった。
「あらっ? 川林の奥様じゃございませんこと」
「あら! 電力社長の奥様じゃありませんの。こんな遠くへ?」
「ええ、娘の嫁(とつ)ぎ先ざぁ~ますの。奥さまこそ」
「ほほほ…気晴らしのドライブのついで、ざぁ~ますのよ」
 この町でも体裁か…と、房子の心は萎(な)えた。
「あら! そうでしたの。ほほほ…いやだぁ~!」
 照子も房子に出会って心が萎えていた。体裁で蓄積した憂さを晴らそうと、この町へ来たからである。そこへ、別の客の対応を終えた店員が、ふたたび現れた。
「お待たせいたしました。もう少しお安いのをお探ししますね」
「あらっ? そんなことお口に出しましたざぁ~ます?」
 房子は前言を取り消した。
「はっ? そう…でございましたか?」
 店員は訝(いぶかし)げに房子を見た。
「ねぇ~!! もっとお高くござぁ~ませんと。ねぇ~~!!」
 房子は照子に体裁をとり繕い、同意を求めるように振った。
「ええ、当然ざぁ~ますわぁ~!!」
 照子も援護して体裁をとり繕った。結局、店を出たとき、二人の財布は空っぽだった。

                    THE END


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