夕方、角田(つのだ)省次が勤めから帰ると、妻の実夏(みか)が玄関へ走り出てきた。
「あなた、大変よっ!」
「ど、どうしたっ?!」
よからぬ不測の事態が起こったかと角田は緊張感を露(あら)わにして訊(たず)ねた。
「噴火よっ! 噴火したのっ!」
「… どこが?」
角田の緊張感は、溜息(ためいき)とともに一瞬にして萎(しぼ)んだ。
「富士山!」
「ええっ!? 富士山!!!」
角田の緊張感は、一瞬にして回復した。
「…じゃないの。の近く…」
「なんだ、箱根か?」
角田の緊張感は、ふたたび萎(な)えた。
「ええ、まあ…」
「箱根は最近、ニュースになってるじゃないか」
「そうなんだけど…」
実夏は少し声を小さくした。
「つまらんことを帰って早々(そうそう)、グダグダ言わんでくれ。俺は疲れてんだっ!」
靴を脱ぎながら角田は噴火しそうに怒れてきた。俺が噴火してどうするんだ・・と角田はグッと抑(おさ)えて、思うに留めた。
クローゼットで背広を脱ぎながら角田が着替えていると、後ろから実夏が声をかけた。
「噴火のね…灰が明日の朝、降るそうよ…」
「なにっ!」
「それと、噴火の影響で列車ダイヤが乱れるって…」
角田は小田原から浜松まで通勤していたから、影響は大いにあった。
「なぜ、それを早く言わん!!」
角田の緊張感は、ふたたび回復した。明日の午前から係長昇進の辞令が交付される運びになっていたのである。間にあわなければコトだった。噴火は角田の出世に影響していた。
THE END