上坂(うえさか)友樹は完全に遊ばれていた。いや、こんなはずじゃなかった…と上坂は後悔していた。最初のやり始めは、ほんの片手間のつもりだったのだ。それが今では、ドップリとテレビゲームにハマっていた。最初、上坂は玩具(おもちゃ)のゲームで時間つぶしに遊んでやろう…と偉そうに思った。歴史好きの上坂は戦国ゲームを玩具屋で買った。ふん! こんなものは馴れりゃ簡単だ…とゲームをシゲシゲと見ながら思った。ところが、である。いっこうゲームに勝ちが見えなかった。関ヶ原で福島正則勢の騎兵として戦う上坂は、小西行長勢と果敢(かかん)に闘(たたか)っていた。だが結果は、プログラムのせいでもないのだろうが、やってもやっても勝てなかった。具合が悪いことには、このゲームには上坂を虜(とりこ)にする魔力が秘められているようだった。遊び半分でやり始めた上坂だったが、次第に本気になり、抜き差しならなくなっていった。要は、ゲームで遊ぶつもりが、ゲームに遊ばれ始めたのである。時間が大幅にゲームに費(つい)やされるようになった。このままではいかん…と、踠(もが)けば踠くほど、上坂は生活が乱れていった。
「お前、このごろ変だぞ…」
蒼白い顔に目だけ血走らせた上坂を見て、同じ課の永田は案じる顔で忠言した。
「いや、大丈夫だ…」
無精髭(ふせしょうひげ)に蒼白い顔は、誰の目にも大丈夫には見えなかった。
「上坂君。君ね、どこか悪くないか? 一日休んでいいから、病院で診てもらって、ゆっくり休養しなさい…」
数日後、見かねた課長の須磨は、とうとう上坂を課長席に呼び、休暇を与えた。
「お、俺はゲームに遊ばれてるんですっ! 課長、助けて下さいっ!」
上坂は絶叫していた。その声は課内の隅々(すみずみ)まで轟(とどろ)いた。全員の視線が上坂に注(そそ)がれた。上坂は人目も憚(はばか)らず、フロアへ膝(ひざ)まづくと、よよ・・と泣き崩れた。その片手には、いつ背広から取り出したのか、テレビゲーム機器のソフトが握られていた。
「ははは…簡単なことさ。忘れりゃいいんだよ、上坂君! 忘れなさい!」
須磨はポン! と上坂の肩を一つ叩(たた)き、薬言を与えた。
THE END