中秋の名月が猪野毛(いのげ)の森を照らしている。猪野毛の森は、小高い牡丹(ぼたん)山の山裾(やますそ)に広がる鬱蒼(うっそう)とした森だった。この森には昔から住まう狸(たぬき)のポンポコ一家が塒(ねぐら)を構えていた。
枯尾花(すすき)が風に戦(そよ)ぎ、名月が煌々(こうこう)と蒼白く輝くなか、ポンポコ一家の父子狸が月を愛(め)でていた。
『とうちゃん、いい月夜だね』
『ああ…人は悪くなったが、お月さまは変わらんなぁ~』
そこへ現れたのが、母狸だった。
『なに言ってるのよ。あんただって悪くなったじゃない。この前、お芋、一本、少なかったわよっ!』
ポンポコ狸の父は、四本あったお芋の一本を、こっそり腹へ納めたのだった。まあ、それでも一家の分は、それぞれ一本はある・・というシラコい目論見(もくろみ)である。母狸は、父狸のそのシラコさを完璧(かんぺき)に見抜いていた。言われた父狸は子狸の手前、認める訳にもいかず、バツ悪く腹鼓(はらづつみ)をポンポコポン! と打った。静かな森に父狸の腹鼓が響き渡った。
『なによっ!』
誤魔化すのっ!? とでも言いたげに、母狸もポンポコポン! と打ち返した。二匹は、しばらく腹鼓を打ち合った。
『いい音色だね…』
二匹の腹鼓を聞いていた子狸も、そう言うと腹鼓を打ち始めた。名月の猪野毛の森にポンポコ一家の腹鼓がいい音色で響き渡った。
THE END