陶芸家の向畑(むこうばた)邦男は、片足で愛用の轆轤(ロクロ)を回しながら、造形の仕上げにかかった。昨夜来、急に湧き上がった創作意欲が、彼を徹夜させていた。昨日(きのう)の朝食以降、口に入れたものはなく、ただひたすらコネコネと陶土をこねくり回しているのだった。すでに夜は更け、日が変わり、物音一つしない、いわゆる草木も眠る丑三つ時だった。草木は眠ったのだろうが、向畑は眠っていなかった。
「…」
思うに任せず、向畑はついに轆轤を止め、両腕を組んだ。このときはまだ、我慢(がまん)するほどの尿意を催(もよお)していなかったから、真剣に考え込めた。
しばらくして、意を決したかのように轆轤を回し始めた向畑は、ふたたび陶土をコネコネした。少し気に入った形が仕上がったのか一瞬、向畑の顔に笑みが零(こぼ)れた。だがそれは一瞬で、すぐ向畑の顔は曇った。そのとき、向畑は尿意に襲われていた。ただ、それはまだ我慢できる範囲のもので、陶芸に影響を与えるほどではなかった。だから、そのまま向畑は陶芸を続けた。空腹の我慢には自信があった人間国宝の向畑だが、これだけはどうしようもなかった。
しばらく続ける間に、次第に向畑が思い描いていた形が出来つつあった。それに伴(ともな)って尿意も次第に強まり、向畑の額(ひたい)に脂汗(あぶらあせ)が滲(にじ)んだ。
「おお! …」
ついに向畑は形を完成させた。それと同時に、向畑は我慢できず、びっしょりと下半身を濡らしていた。やってしまったのだ。
「これでいい…」
いい訳がなかった。
THE END