(「いじめ問題」は悪しき交遊関係の縮図)
例えば、昨今、大きな社会問題になっている学校でのいじめ問題のなかにも、悪しき交遊関係の縮図を見ることができます。
最近は、「一対一」でのいじめは少なくなっていて、たいていは、ボス格の子と、その取り巻きがいて、「大人数」対「一人」でいじめます。とても卑怯(ひきょう)なやり方ですが、少数の人を大勢でいじめるかたちをとるのです。
ただ、いじめている人たちのなかにも、「本当は、いじめたいとは思っていないのだけれども、ボスが怖いからやっている」という人がたくさんいます。
ボスに従っていると、いろいろと護ってくれたり、一緒に遊んでくれたりします。そのため、何かのときに自分が仲間から外されると嫌なので、グループに入った以上は必ず一緒に行動するのです。
そういうボス役のいる「いじめグループ」があり、新入生や転校生などで、変った人が入ってくると、みんなでいじめます。“いじめの儀式”を一緒に行うことによって仲間意識をつくるわけです。
それは、「自分も一緒にやった」という、一種の犯罪者心理のようなものでしょう。「一緒に泥棒に入ったら、その人たちと仲間になる」というのと同じで、犯罪者グループのような仲間意識が生まれ、一緒にいじめに加わっているのです。
そのため、「いじめは、良くないことだ」と思っても、その仲間から抜けられません。いじめに加わることで、仲間に入れてもらい、自分の身を護っているからです。
そして、いじめのターゲットにされた子も、やがてグループに取り込まれていきます。ターゲットが自分から別の子に移ったときに、今度は自分もいじめる側に回り、いじめグループと一緒に新たなターゲットをいじめるのです。
こうして、「自分も仲間として認めてもらおう」という人が増え、しだいに、悪の勢力、悪のグループが増殖していきます。最初は一人か二人だったのが、三人、四人、五人、十人、二十人と大きくなってくるのです。
これは、「みんなでやれば怖くない」ということです。
---owari---
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