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道徳力と経済力(前編)

2020年04月06日 | 日本
(「商売の根本は正直にあることを日本人は教えてくれた」)
日本の商社がアラブ商人と取引を始めて数十年経つが、始めの頃は、アラブ人は「日本人ほど騙(だま)しやすい連中はない」と見てきた。同じ手口で三井・三菱・住友と3回騙せるというのである。

ところが、しばらくすると日本の商社同士で「あいつは危ない、気をつけろ」と教え合うようになり、「札付き」という噂が立つと日本のすべての会社がその人を相手にしなくなった。

長い時間が経ってみると、正直なアラブ商人は日本企業相手の取引を続けて金持ちになり、従来の騙し合いの商売を続けてきた人は、今もアメリカやフランス相手の食うか食われるかの商売をしているという。

あるアラブ商人は「商売の根本は正直にあることを日本人は教えてくれた」と述懐する。そんなことを日本人はわざわざお説教したりはしないが、取引をするかしないか、という行動で、何よりも雄弁に語ったのである。

(ダイエーに育てられた香港のメーカー)
中国商人相手にも同じような話がある。ダイエーの中内功さんが創業して間もない頃、仕入れのために香港に行き、取引相手を求めて新聞広告を出した。30人ほど希望者が集まったので、求めている商品や取引条件を示した所、「我々、香港のメーカーはニューヨークやパリ、ロンドンのデパートと取引している。吹けば飛ぶような日本の会社に、品質面であれこれ条件をつけられたり、特別なものを作るつもりもない」と、けんもほろろで、潮が引くように帰ってしまった。

中内さんがホテルでやけ酒を飲んでいると、みすぼらしい身なりの5,6人の香港人がやってきて、「私達は取引する。どんな事でも言ってくれ。教えてくれ。その通りにする」と口々に言ったそうだ。

安い下着でも縫い目が綺麗に揃っていなかったら、パリやニューヨークのデパートでは合格しても、品質にうるさい日本人客から見れば粗悪品だ。これらの香港メーカーが、ダイエーの指導に従って努力していくうちに、製品品質は目に見えて向上し、細かなデザインや誠実な対応などにも上達した。

それから十数年後、彼らはどんどん成功して、香港の商工会議所の主要なポストを独占するようになった。一方、ダイエーを馬鹿にした人々は没落していった。だから、中内さんが香港に行くと財界から大歓迎されるという。

(ジャパン・スタンダードとグローバル・スタンダード)
正直や信用をベースとした日本企業の商習慣、これを以下、ジャパン・スタンダードと呼ぼう。ひと頃はジャパン・スタンダードを「系列」や「談合」というマイナスのイメージで捉え、それに対置して「市場原理と公正な競争」からなる「グローバル・スタンダード」を説く人々がいた。

グローバル・スタンダードとジャパン・スタンダードの違いを明確に示すたとえ話がある。田舎者が市場に来て、あなたの店で帽子を1000円で買った、としよう。そのお客がしばらくした後、戻ってきて、「市場の奥の方の別の店では同じ帽子を800円で売っていた。この帽子を返すから、金を返してくれ」と言ったら、あなたはどうするか。

グローバル・スタンダードでは、あなたの店には何の落ち度もない。ちゃんと価格も品質もすべて情報公開しており、相手も納得して買ったのだから、売買契約は完全に成立している。よく調べずに買ったのは客の自己責任である。いまさら返品に応ずる必要はない。このように情報公開、自己責任、契約からなる「市場原理」こそグローバル・スタンダードの本質である。

ジャパン・スタンダードならどうか。「よく調べずに買った方が悪い」とは言え、そういうミスはお互い様だ。あなたの方も知らなかったとはいえ、別の店で800円で売っているものを1000円で売っていたのでは、さも客を騙していたようで、申し訳ない気がする。返金に応ずるか、あるいは今からでも800円に負けて、差額の200円分をお返ししましょう、とでも言うだろう。この「正直、信頼、助け合い」の共同体原理がジャパン・スタンダードの根底にある。

(グローバル・スタンダードはユダヤ・スタンダード)
この話は、ユダヤ人たちが生きるための知恵を集めた大事典「タルムード」の中に出てくる。ここには商売や取引の実例がたくさん納められており、世界に冠たるユダヤ商人は、このタルムードによって育成されているのである。

このケースでのタルムードの模範回答は「返金する必要なし」である。双方が納得して取引が成立したのだから、「よく調べずに買った方が悪い」という、グローバル・スタンダードが回答になっている。

ただし、これは客がキリスト教徒の場合であって、「相手がユダヤ人なら返金してあげなさい」とある。キリスト教徒に対しては契約万能の「市場原理」をとり、同じユダヤ人どうしなら「正直、信頼、助け合い」の「共同体原理」を教えている。一種のダブル・スタンダード(二重基準)である。

ユダヤ人はヨーロッパのキリスト教社会の共同体に入れて貰えなかった。だからヨーロッパ大陸のそこここで孤島のようにユダヤ人だけの共同体を作り、その中では「正直、信頼、助け合い」で暮らしていた。しかし、生きていくためには周囲のキリスト教徒たちとの交易が必要である。ユダヤ人とキリスト教徒の異なる共同体の間ではお金によって交換可能な「市場」しか成立しない。そこに「市場原理」が生まれた。

これが人種・民族・宗教など、様々に異質な共同体がモザイク模様を織りなすアメリカ大陸で発展して「グローバル・スタンダード」と呼ばれるようになったのである。だから「グローバル・スタンダード」を「ユダヤ・スタンダード」と呼ぶ人がいる。

---owari---
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