廓然無聖(かくねんむしょう)は、禅における公案のひとつで、大悟の境地には聖人と凡夫の区別がないことを意味する仏教用語。
「廓然」は、雲一つないカラリと晴れわたった空のようにサッパリとしてなんのとらわれもないことの形容。
「無聖」とは、聖なる崇高な真理などないこと。
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「聖俗不二」(しょうぞくふに)とも言う。
自分を偉い者だと思って、俗的な者を軽蔑する態度を取ってはいけない。
どんな人にだって、俗物根性はある。
眼の前の人が、自分が持っている卑しい俗物根性を、鮮やかに示しているだけ。
あなたが嫌いなその俗物は、自分自身を顕微鏡で拡大しただけ。