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ひまわりさんより(2月15日)
ジョイの小屋を手作りしてから、2週間になります。ジョイはこの小屋を気に入ったようです。透明の波板で屋根を作ったので、昼間は奥の3分の1ぐらいの所まで日があたり日向ぼっこをして気持ちよさそうにしています。今日は安息日に入るので、2枚敷いてある毛布を新しいものと取り替えました。上に敷いてある毛布を、ジョイは器用に丸めて、枕のようにして顔をうずめて眠ります。自分の居場所ができて、安心しきっているジョイの姿を見ていると、私たちの故郷は天にあるというみ言葉が思い出されました。以前は、天国には行きたいけど、その前の調査審判とか、迫害とかいうことを考えると、行きたいような恐ろしいような、素直に喜べない所がありました。今は、心から天の故郷に帰りたという気持ちになっているなあと思いました。
獣の刻印の悩み 11
間もなく私たちは、闇に覆われた時代を通らなければならなくなります。それが、日曜休業令、日曜危機というものです。獣の刻印の悩みです。私たちは、全世界の人々から憎まれるようになるでしょう。特に、ヤコブの悩みの時に入ると、神様からも完全に見捨てられたように感じる時がやってきます。軍隊や群衆が私たちに迫ってきて、私たちの周りを取り囲んで、あざけるわけです。「お前の神はどこにいるんだ。今からお前を殺してやるぞ。お前を含めて、お前の子供も家族も皆殺しにしてやる。さあ、お前の神はどこにいるんだ」
その時、私たちは、完全に見捨てられたという感じになることでしょう。天使たちは、私たちのもとにやって来て、私たちを救出したいと思うんですけれども、天使の軍隊の長が彼らを、「まだだ、まだだ」と押しとどめるわけです。「聖徒たちが、血のバプテスマを受けるまで待ちなさい」、と言うわけです。これが彼らの、最後のテストとなるからです。その時こそ、神様の誉れを擁護する時であると、神の民は、その時、懸命に祈ります。ひざまずいて、神様に祈ります。その時、彼らは「イエスの信仰」を持っているのです。
市原の民話紙芝居 市兵衛の願い
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今から400年ほど昔の江戸時代、姉崎村(現在の市原市姉崎)には、困った問題が起きていました。このあたりは房総半島の米どころですが、収穫まぎわのコメをねらって、イノシシが食い荒らしてしまうのです。イノシシが入った畑は、くさくて売り物になりません。困った村人たちは、姉崎村の名主たちに相談にきました。姉崎村七ケ村の名主たちは、総代の次郎兵衛を中心にいろいろ考えた末、お上から、鉄砲を預かり、イノシシ退治をすることにしました。