先日、旧かめぞうブログ仲間のぶるーさんが、
元ちとせさんが歌う「腰まで泥まみれ」を紹介されていた。
これを見て僕はビックリしてしまった。
「腰まで泥だらけ」
1960年代終わり、フォークシンガー中川五郎さんが、
ベトナム戦争で泥沼化する米国のことを歌ったピート・シーガーの作品を
日本語に訳して歌っていた。
この歌、ちょっとマニアックな歌。
それを元ちとせさんが今風にアレンジして歌っている。
久々に中川五郎さんの歌も聴いてみる。
埋もれていた反戦歌の名曲が蘇ってきたことはなんだかうれしい。
一時、反戦歌に興味を持ってよく聴いていた時があったから。
ネットで、元ちとせさんの『平和元年』を調べてみる。
終戦70周年を記念して2年前に発売されている。
アルバムには「腰まで泥だらけ」のほかに、
「戦争は知らない」、「死んだ男の残したものは」、「最后のダンスステップ」など
60年代から70年代にかけての反戦歌などが収録されている。
今の時代、反戦歌など流行らないし聴く機会も少ない。
それを若い歌手が現代風にアレンジして歌って、世の中に訴えている。
戦争という悲惨なものを。
若い人たちはこのアルバムを聴いてどのように思うだろうか。
でも何かに気付いてほしい。何かを知ってほしい。
明日は、終戦記念日。
今日の中日新聞の社説には、悲惨な戦争を二度と起こしてはならない。
戦後そう誓った憲法九条の理念は、これからも守りぬかねばなりません。
そんなことが書かれている。
反戦歌が流行らなくなったのは、ある意味では平和な世の中かもしれない。
でも今、憲法九条に対していろいろと言われている。
反戦歌などによって再度、戦争の悲惨さを考えてみるのもいいのかもしれない。
元ちとせさんが歌う「腰まで泥まみれ」を紹介されていた。
これを見て僕はビックリしてしまった。
「腰まで泥だらけ」
1960年代終わり、フォークシンガー中川五郎さんが、
ベトナム戦争で泥沼化する米国のことを歌ったピート・シーガーの作品を
日本語に訳して歌っていた。
この歌、ちょっとマニアックな歌。
それを元ちとせさんが今風にアレンジして歌っている。
久々に中川五郎さんの歌も聴いてみる。
埋もれていた反戦歌の名曲が蘇ってきたことはなんだかうれしい。
一時、反戦歌に興味を持ってよく聴いていた時があったから。
ネットで、元ちとせさんの『平和元年』を調べてみる。
終戦70周年を記念して2年前に発売されている。
アルバムには「腰まで泥だらけ」のほかに、
「戦争は知らない」、「死んだ男の残したものは」、「最后のダンスステップ」など
60年代から70年代にかけての反戦歌などが収録されている。
今の時代、反戦歌など流行らないし聴く機会も少ない。
それを若い歌手が現代風にアレンジして歌って、世の中に訴えている。
戦争という悲惨なものを。
若い人たちはこのアルバムを聴いてどのように思うだろうか。
でも何かに気付いてほしい。何かを知ってほしい。
明日は、終戦記念日。
今日の中日新聞の社説には、悲惨な戦争を二度と起こしてはならない。
戦後そう誓った憲法九条の理念は、これからも守りぬかねばなりません。
そんなことが書かれている。
反戦歌が流行らなくなったのは、ある意味では平和な世の中かもしれない。
でも今、憲法九条に対していろいろと言われている。
反戦歌などによって再度、戦争の悲惨さを考えてみるのもいいのかもしれない。