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Just My Imagination (Running Away with Me)

2014-02-25 23:48:35 | ThinkAbout..


オレは小中高ととにかく国語が嫌いだった。
高校受験では作文があり、文を書く事はそれはそれは気が重くなる作業だった。
受験対策で新聞読め、文庫本読めと言われたが、
ページを開いて数ページで眠くなる。
本を開くこと自体が重い作業で、それは今でも変わらないな。

書く事と同じくらい読む事も辛かった。
国語のテストでは、
『筆者の思いは次のどれか、4つの中から選びなさい』
では、①だろうけど②も間違いとは言えない、ましてや一般論として③も成立する、、、
などど考え始めると、最後の問題まで辿り着けないままチャイムが鳴る。
高校の現国では赤点が数回あったよ。

とにかくそんな国語や作文への大の苦手意識が、
自分は極端な理系に違いないと自分自身に思い込ませてしまった。
実のところ今ですら理系なのか文系なのかは自分でわかっていない。

大人になってからも、文を書くという苦手事は続いた。
それは会議の議事録である。

簡潔に書き留めるため、耳を立てて議論を聞くが、
発言者の裏に潜む思いを探求してしまう。
もっとも、探求してしまう理由は、発言者の言い方が下手でポリシーがないせいもある。
とにかく発言者の重要ポイントをつかめなくて悩んだ。 いまでも議事録はホントにいや!

感じたこと、聞いたことを素直に書けばいいのだろうが、それができない自分によくいらつく。 

きっときっと、文章とは読み手が必ずいて厳しく評価される、といまだに思っているからだ。
オレは子供の時分からそういうことを思う生意気なガキンチョだったのかもしれないよ。

で、文章嫌いのオレが、へ~、書くのっておもしれえな!と思ったのはブログを書き始めてからだ。
そこには誰かから指示されたテーマもないし、議事録スタイルにすることもないからだ。
それはとても自由で時間制限も無く、なにしろ自分の世界を創造できて、
しかも自分の考えを客観的に捉えられると気付いたところで魅力が広がった。

いつのころからか、ただ書くのは面白くないと感じ始めた。
情景描写にしても、その風景は一旦目を通して脳で解析されてアウトプットしないと付加価値が着かないと思い始めたのさ。

そこでいろいろトライしてみる。
これは意外と楽しい作業だった。

『空が青い』と書く。
少し強調して『空がとても青い』と書きなおす。これでは全くセンスはない。

わざとキザっちく書いてみる。
『あんなに済んだ空の色って、、、、君と出会ってからの僕の心の色と同じだよ』
と書くと、すごく青そうだけど、ちょっとネチッコイ黄色が入っている。いやらしい。
こういう文を書く奴とは友達になりたくない。

『目を閉じても、青さという記憶の残像が鮮明だ。
脳神経の末端からマウイ産の青インクが滲み出てるみたいだ。』
お! それは抜群に超青いんじゃね!!!となる。

『あの空の色ってさ、オレが高3のとき、初恋のヨシエと辻堂の海に行ったんだけど
そのときの彼女のボードの色と同じだ。
彼女? あれから30年たったけど今も17歳のままだよ。白血病だったんだ。』
おお!ちょっと切ないブルーな感じだな。

さてここだ!問題はここにある。
オレは空の青さを書きたいのか、サーファーとしての彼女を書きたいのか、
死別の悲しい思い出を書きたいのか、、、

これがもし会議発言なら、議事録者のオレは、このように迷い悩んでしまうのだ。
常に文章は自分自身をスパイラルに巻き込む。

そしてたかがこの一文を、読み返した時愕然としてしまう。
そして文字を入力することから遠ざかってしまう。

この繰り返しだ。

それと自由なはずの文章がネットで閲覧される恐怖をも感じる。
自分の脳内を、素っ裸、さらけ出しなのだ。

そのスパイラルから抜けるため、ひとりぼっちのときに他の表現をぼんやり考える。
空が青いという事について。

『去年の真夏にさ、茅ケ崎の友人と平塚で深酒してね、朝起きたら隣に裸の女がいたんだよ。
とにかく女に服着させて帰らせて、ビール臭いションベンを相当出したね。
それからベランダに出てえれー冷たい水飲んでさ、
いや~、烏帽子岩がクッキリでね、白波バンバン。でさ、空が真っ青なんだだよ。
あんな青空見たことねーよ。 女?誰だろ。知らない。それっきりだよ。』
これに意味はないな。
結局、意味の無いことがオレは好きだな。
意味の無い事は、とても切なく行き場も無く、しょうがなくさせる。

古代、ローマ人は奴隷に家事をさせ、自分たちは樹木の下でレモネードをすすって絵を描いたんだって。
それが芸術。 
芸術は、暇なところから発生する。
自由にいい加減さを加える。
そうするとアイデアが浮かんだり、実は熟考できたりする。

そう思えば素直にくだらなく楽しい事が書けるかもよ。
だいたいの人はくだらない事が好きなんだ。

そうそう。ちょっと関係ないけど、、会社のシクミを文書化したりしてる。
面白いよ。
なぜかというとそれは舞台やドラマの台本と同じだからさ。
俳優となる社員が演技しやすいように書く。
だって台本ないとアドリブ演技だし、それって無理なんだよね。
みんなが有能ではないので、みんながアドリブすると滅茶苦茶になる。

文書、文章にはまた他の面があって面白い。


つまり文章はマジカル。
自分の意のまま創造することができる。夢を描くことができる。
そしてその現実とのギャップを思い知る。
この繰り返し。


長くなったけど、3行にまとめる。

象のことは書けるけど、象使いのことは書けない。
そこを書くように努める。
そこに思いがちりばめられる。

つうことだな。

象使いの友達もいないし、なりたいと思った事も無い。
でも書かなくては行けないときもある。
Just My Imagination (Running Away with Me)だな。
ミックが歌ってるぜい!

おっと!来週はストーンズのコンサートに行っちゃうよ~!!!