Now+here Man's Blog

Surf, Run and Trails / Endurance For Fun

走るということ

2015-05-09 17:01:38 | 日記


走っているときは少なくとも負の考えは出てこない。かといって良い考えもしない。深く考えることもしない。
何かは考えているが表層でグルグル回っている感じ。たぶん心の奥底は無になっている。
無になっていることを意識できる。快感、悦楽は無の状態からしか生まれない。
無を意識する。自分が絶対存在しているという最強の意志。

走る理由など何もない。走らない理由がないだけだ。

だいたいの女性の場合、走り続けているとスタイルだけではなく、顔が良くなる。
目つきがよくなり、自身に対し自信が生まれるからだ。フィジカルでセクシー。

膝に古い故障を抱えていたが、走り続けることでフォームが改善され、やがて膝周りの筋肉が補強され痛みがなくなった。

アスファルトを蹴るたび、足の裏の赤血球が破壊されるそうだ。
もちろん食事で補う。
走りはじめてから、食べたものはほとんど血や肉になる。まったく贅肉にはならない。

休日、海沿いを走る。空は青く、海は青く。
家にゴールしてシャワーを浴び、バルコニーに出て夕陽を眺めながらビールを飲む。
ビールは神の水と知る。

無性に走りたくなる瞬間がある。絶対に走りたくないときも同じくらいある。

ランニングにより活性酸素が発生し、動脈硬化やガン発生の危険が高まるという話が一部にある。
これは本当なのだろうか? であればランナーの医師はいないはず。
走ることで活性酸素が発生しても、同時に活性酸素を防御する機能も向上する。
抗酸化物質を外部から摂りいれトレーニングせず、、、どちらが良いかは明白な気がする。
とにかくこういう話題が取り上げられると、センセーショナルになりがちだ。

ランニングとは、自己の空白に、積極的に新たな空白を埋める作業に過ぎない。
真剣にそう思う。

走っている自分の少し前に、少し後ろに、あるいは上に本当の自分がいる。
そしていつも声援を贈っている。
それに応えてスピードをアップする。
心と身体の二人三脚。 
心身のバランスがとれているとはこの事なのだと最近初めてわかった。

結局のところ、健康が一番だと走りながら思う。
で、それは何に対してかというと、貧しさや悲しみや辛さがあっても、
とりあえず立ち向かっていこうという姿勢ができることだ。
それが健康である証だ。
立ち向かっても潰されるかもしれないけど、少しは我慢できるだろう。