あきまさブログ

日々平安なれ

春は来ぬ

2012-04-30 | 日記
ペンネームじゃなくて、ハンドルネームと言うのでしょうか?
ビオラの連れ合いさん、お久し振りです。
新たな勤め先は如何ですか。
しかし、上野原の坪山、心当たりなし。
ガイドブックで目にしたことないんじゃないかな。
分県登山ガイド「山梨県の山」を開いても掲載なし。
五万分の一の地図で当たっても分からない。
はてさて。
ネットで当たってみると、
あるある、何と、以前行った権現山の更に北の向こう、三頭山にも近い。
マイカーがあるから行っちゃうんだろうけれど、私には少し遠い山だ。
マイカーがないから、駅やバス停から歩く山を楽しんでいる。
選択肢が色々あるのは羨ましい。
家人の友達の旦那さんは百名山を攻めているとのことだが、
ふもとまで車で行って、
社中泊して朝から上るそうです。
そういうのも面白いだろうなあ。

山本兼一「おれは清麿」読了。
刀工「山浦清麿正行」の生涯。
他の本、隆慶一郎の著作だったと記憶するけれど、やはり清麿の出てくる本を読んだことがある。
実在の人物とは知らなかった。
この本も前のも人物像は極似。
女たらしで天才肌で大酒呑み。
素晴らしい刀を打つんだけれども、元の鉄を選びに選ぶから、たくさんは打てない。
それでも酒を飲んで亡くなる。
この前のボストン美術館の作品の中に刀もあった。
見る前にこの本を読んでいれば、刀の見方がもう少し分かっていたかもしれない。
頼国俊も備前長船もありました。
分かった上で見ると違うでしょうね。

今日は図書館にもらい忘れた予約した本を引き取りに行ってきました。
自転車で走っても気持ちの良い陽気になりました。
そのときの道々の花です。
何でしょう。






本仁田山での花です。
キジムシロかな。


山吹。


タンポポ、日本種だから首が短い。


草いちご。


熊野神社。


乳根の垂れたイチョウの木。


そうそう、明日はダルちゃんの登板。
応援しましょう。



本仁田山の花々

2012-04-29 | 日記
そう、「国ちゃんさん」がコメントするとおり、人はどうして山に行くのか?
どの山も歩きづらいし、富士山も見えない方が多い、
だけれど木段など、人手が掛かっているとかえって歩きづらいし、
自然のままが一番。
出来れば、富士山が見たいけれど、同じ山にばかり登るのも面白くないし・・・。

しかし、ほんの三年前までは山登りするようになるなんて思いもしなかった。
勤めていたときは、遊びはもっぱら室内競技。
マージャン、囲碁、パチンコ。
パチンコは三年ほどしたけれどもうしない。
ゴルフはこちらに来てから数回したかな。
だから身体を動かすことを見つけたのは良かったと思う。

今日は図書館2軒に行って返却期限の迫ったのを返してきました。
ところが2軒目の方で、予約したのが届いていたのにもらい忘れ。
歳のせいか?
しかも借りてきた山の本だけれど、違うほうの図書館から借りてきていたのと一緒だったことが並べて見て分かった。
これに近いのは、
若いときに同じ本を2冊買ったのが時々あったから、
借りることくらい大したことないかな。

ヤッチンからコメントが入らない。
孫の顔を見に来ているはずだけれど、携帯で見てもコメントは入ると思うんだが、入って来ない。
途切れると寂しいものだ。

花は咲き始めると一斉ですね。
本仁田山の花も種類がたくさんありました。
垣通(かきどおし)。




はてな、葉っぱは二輪草に近いけれど・・・





紫ケマン。








はてな。




深山黄ケマン。


わさびの田んぼ。


マムシ草。




あせび、頂上の片隅で。


キジムシロ?


スミレ。












これらのスミレは種類が違うようです。
葉っぱが違っていますから。
ひょっとしてスミレじゃないのかな。



山行 本仁田山(ほにたやま)に行きました

2012-04-28 | 日記
今日の予報は晴れで温度も上がるそうです。
この山は奥多摩駅からバスに乗らないで、歩いて行けて、二つ手前の鳩ノ巣駅に帰り着くものです。
奥多摩駅が左下、本仁田山は左上、鳩ノ巣駅は右中下。


仁田はヌタ場から転じたようで、ヌタ場とは動物が泥にまみれて転がる場所です。
その泥で毛皮に付いた虫を退治します。
それはさておき、
ゴールデンウィークの始まりですけれど、朝、早めに行けば良いかと考えました。
ですから、最寄り駅を6時、奥多摩駅には8時前に着きました。


そこまでの電車のうち、拝島からの始発JRは座れましたが徐々に混んできて立つ人も出てきました。
青梅駅あたりでは登山客らしい人が多くなり、御嶽から奥多摩では9割方山に行く格好をした人です。
しかも、この先には雲取山と言って東京一高い山があって泊まりで行くんでしょう、大きなザックを担いだ人がチラホラ。
駅前では警視庁山岳救助隊のそろいの服と帽子をかぶった人が、登山啓蒙のチラシを配っていました。
トイレして8時前出発。


登るまでにも花はたくさん咲いていて写真に大忙し。
最初は乳房観音。
なーに、イチョウの大きな乳根ができて有名だったそうですが、今のイチョウは二代目で乳根は見当たらず。


道は急登。
昨日の雨で道も落ち葉も滑りやすい。


急な感じは見えますか?


予報どおり暑くて、一時間も経たないうちに半そでTシャツとウィンドブレーカーを脱いで長袖Tシャツだけになりました。


木の根も足が乗るとヌルッとするときがあります。


9時半ですから頂上まであと1時間くらい。


厳しい道です。


しかし、ハアハアと言いますがゼエゼエは言わなくなりました。
多少慣れてきたんでしょうか。
ここは岩場。


そして頂上、10時28分。


多少、景色は良いかな。


ここに三人、小学生と父親の二人がインスタント焼きそばを作り始めていて、別におじさん一人が居ました。
ここまで誰にも会いませんでした。
そして、ここから下山するまでに十数人に会いました。
早いからおにぎり一個で出立。

ここは少し下りたコブタカ山、1100mかな。
川乗山はいずれ行く山。


ここを降りる道は防火帯、木が植わってない地帯です。


こんな道も。


こんな道も。


そして鳩ノ巣駅、12時50分、早っ。


標高306m。


途中で予定時刻より早いからと、ゆっくりゆっくりして二人に抜かされました。
そもそも山と渓谷社の分県登山ガイドでは5時間半の歩行時間になっているのを見ていたのに、5万分の一の地図では(一番上の写真です)4時間の行程になっています。
こんなに違うのは珍しい。
駅前でゆで卵とコーラを買いました。
好きな人ならビールでしょう。
私はコーラ、喉がシュワーっとして生き返りました。
帰宅してシャワーして本当に生き返りました。



上野行き

2012-04-27 | 日記

そうですか、昨日の道端で寝ていた動物は野うさぎですか。
ネットで見てみたら、そうですね、子供か赤ちゃん野うさぎですね。
親はあんな道端に赤ちゃんを放っておいてはいけませんねー。

S市のヤッチンは義父を連れてひと目千本桜を見に行ったんですね。
何と親孝行な。
これには奥さんも感謝して当然だ。
近々、埼玉の子供のところに孫の顔を見に来るけれど、
忙しくて我々とは会えないような様子ですね。
ただ、6月には会えるんでしょうか?

昨日は家人と「ボストン美術館 日本美術の至宝」を観て来ましたが、
実は先日の講演会のとき、ここの無料入場券をもらったんです。
出来るだけ早く空いているうちに、と思いましても着いたのは10時半過ぎ。

ここは国立博物館の手前、右は鯨のモニュメント。


門。


博物館の左手前の建物。


味のある建物。


その玄関においてある獅子の彫刻ですが、
阿吽になっています。
うん形。


あ形。


ということで観覧。
この前も書きましたが、貴重な日本芸術が明治に売られてしまったのは残念。
国宝級がゴロゴロしています。
モース、フェノロサ、ビゲローが滞在して5万点もの芸術品を持って行ってしまった。
仕方ないかもしれないが、韓国が日本に言うように、アメリカに返せと言いたい。

奈良、平安時代は仏教関連が多い、治国平天下のために仏教を利用したから。
平安、鎌倉は仏教と貴族文化。
「吉備大臣入唐絵巻」と「平治物語絵巻」は色鮮やかでドキュメンタリーな内容。
室町時代からは狩野派と山水画。
金綺羅と墨で描かれたものとが同時代。

そして、江戸時代は長谷川等伯、尾形光琳、曽我蕭白。
伊藤若冲も細かい動植物だけでなく羅漢図も結構なもの。
蕭白の筆遣いは目の当たりにしないといけない。
雲竜図、竜虎図の素晴らしさは見ておかなければいけない。
琳派、狩野派よりも結構。
うまく表現できないのが悔しい。

帰り道の上野大仏。


精養軒で昼食。
洋食屋にしては品がよく、ドアボーイがいた。
しかし、ご飯の量が少ない。

先週には花見で大賑わいだったろう桜並木。


そして、西郷さん。


上野松坂屋で大和屋の守口漬を買って帰りました。
ついでに、催場で「食品わけあり市」を開いていましたから立ち寄り。
立ち寄りかと思ったら、バンバン購入。
私も山で食べることが出来そうなのを買ってもらいました。



鶴が鳥屋山の生き物たち

2012-04-26 | 日記
今日は上野の東京国立博物館へ。
先日公演を聴きました「ボストン美術館 日本美術の至宝」を観に朝から参りました。
だけれど、内容は明日にしまして、
今日は鶴が鳥屋山の花々を始めとした生き物。

深山黄華蔓(ミヤマケマン)、単なるケマンより深山ケマンでしょうね。


一緒に咲いていた、一人静(ヒトリシズカ)。
今まで見たのは一人か二人だけの立ち姿でしたが、今回のは群れていました。




ちょっと近づいて、コップ洗いのブラシのようです。
ちょっと粗いですが。


もっとアップで。


春の花は「スミレ」、このスミレは色が濃かったです。




白スミレです、この白いスミレも殆ど見ないです。


ペンネームにするのも分かりますね。

はてなです。


つつじ。


山桜。


木五倍子(キブシ)。


イヌブナ、畦ヶ丸でも出ていました。
必ずと言っていいほど、近くを見渡すと二三本芽を出しています


そして、
上り始めて1時間足らずのとき、
何でしょう、ウサギでしょうか、しかし体長10cmあるかなしか。
左の緑の下です。


アップにすると。


上から。


横から、耳が後ろに倒れている感じ。


寝ているんです。
道端ですよ。
一昨日がすこぶる暖かかったから、
冬眠をやめて被っていた落ち葉を除けて起きようとしたら、
夕方から夜にはまた寒くなったから、
もう一度冬眠しようとしているんではないか、
と思いました。

アップにして。
目を瞑っています、耳が長めで背中に寝かされています。


何でしょう?
ウサギにしては小さいんですが、耳が長いからウサギですか。
起こしたら可哀想だから退散しました。
昨日は一人も会いませんでしたから、人に出くわす前に撤収したでしょうね。

さて、昨日の「山が笑う」が誤解されているようです。
若い人たちは俳句なんか縁がないんでしょうね。
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山笑う(やまわらう)とは、俳句における春の季語で、春の山の明るい感じをいう。
郭熙の画論『臥遊録』の「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如く」に拠るとされている。「鷹化して鳩と為る」「龍天に登る」などと同様、俳句の実作に関わらない者にとっては春の季語といわれてもなかなかわかりにくいかもしれないが、俳句が一定の約束のもとにつくられるものであることを示す一例ともいえる。

何しろ、山の木々の葉が出る前に、芽が出始めて淡い色に煙っているような感じが笑うようでした。