Living in Australia

台湾生まれの祖母、日本生まれの両親、オーストラリア生まれの子ども達の三世代家族。息子はダウン症のスーパーマン!

母への報告 ~Day3~

2006-10-03 22:30:14 | 出産・子育て
昨夜から、やっと少し起きて授乳できるようになってきた。
初めてのゲップ。血糖値も良好。初ウンチもぐ~っど!
小さな当たり前のことが、こんなに幸せに感じる。

夜中、授乳から4時間、お腹が空いた息子に初めて起こされた。
私は2日振りに、やっと短い眠りについていたらしい。
それも束の間、授乳中スグに眠ってしまう息子を見て、再び頭の中で“DS”の文字がグルグル回り始め、眠れず、不安に落ち込んでしまう私。最初の超音波の結果をドクターとReviewした時に、ドクターから言われた可能性を100%理解出来て、旦那に正確に伝えていれば、どうなっていたんだろうか、、、と色んな考えが頭を過ぎる。そして、何より母がどういう反応をするか不安でたまらない。。。

朝、10時。帰国した母と一緒に旦那と娘が到着。
「あら、目がちょっと釣りあがってるね~。娘とはあんまり似てないね~。」等とコメントして息子を抱っこしている母になかなか切り出せない。旦那が見かねて、話そうとしてくれたのだが、こればっかりはやっぱり私の役目。ショックな事ほど、実の娘から聞かされた方が、母も良いだろう。

「実は、ダウン症なんだ。」
たったそれだけの言葉を言うのに、物凄いエネルギーが必要だった。
突然の宣告に、母は何の話をしているのかキョトンとしていた。
「もしかしたら、耳も聞こえないかもしれない。少なくとも今はまだ聞こえていない。」
と少しずつ、今分かっている事実を話す私。
私自身、この時はまだDSの知識も乏しく、あまり詳しくは語れず、ドクターに言われて不安だったそのままの状態を泣きながら話す事しか出来なかったのだけど、母の反応はやや予想していたものと違った。

「どんな子でもあんたの可愛い子供なんやから。」
「泣いてたら、子供が心配するから、マミィがしっかりしないと。」
と、今まで聞いた母の言葉の中でも、一番嬉しく、優しいものだった。
我が親ながら、密かに心配していたマイナスの言葉は全くなく、本当に本当にこのとき程、母を見直した事はないだろう。

一通り話しが終わった頃、Midwifeが気を利かして、Bathing classで息子を沐浴してもらえる事になっていたので、皆で沐浴レッスンへ。初めてのお風呂は、とっても気持ち良さそうで、娘同様、お風呂大好きベビーのようだ。入浴後、抱っこしていると、スヤスヤお昼寝。昼のRest timeに一旦、皆帰宅。

3時前にSocial workerの人と話す為、旦那が一人で到着。
Social workerの人と何を話せば良いのか、私は分からなかったのだけど、泣きくれている私を見て、誰かSocial workerの人と一度話してみては?とMidwifeの人がアレンジしてくれたのだった。ところが、急遽、息子の腎臓等の超音波を取りに行かなくてはいけなくて、明日に延期してもらう事に。

夕方、近所の友人ファミリーがお見舞いに駆けつけてくれ、初めて友達に自分から話した。仲良しの2人のママ友がちょうど旅行中でシドニーにいなくて、反対に良かったかも。もし、この2人がお見舞いに来てくれていたら、、、きっと涙が止まらず、ボロ泣きしていた事だろう。夜、昨日電話でボロ泣きしてしまった同僚さんから、「僕、何もうまく言えなくて、、、本当にすみません……。」と気遣って再び、電話が掛かってきた。



本当に、良い友人達に恵まれた。
旦那は近所の親しいオージー達にも事情を話してくれたらしく、「Don't worry! 皆でサポートするから!」と頼もしいメッセージを送ってくれた。病院のスタッフも本当に優しく、今回の出産だけは、本当にオーストラリアで良かった・・・

今日は、助産婦さんの勧めで2時間毎の授乳をすることに。
DSのベビーはどうしても疲れやすく、授乳だけでも体力を消耗し、すぐに眠ってしまうので、短時間で回数を増やすのが有効らしい。夜8時の授乳だけは、時間をかけ、間を少し置いて、両方わりとしっかり授乳成功!

病院嫌いの私が、助産婦さんにお願いした、たった一つの我儘。
「一日も一刻も早く家に帰りたい。家族と一緒にいたい。」
本来は、DSのベビーの場合、1週間程入院してその間に色々検査するのだが、私は1週間も入院に我慢出来そうにない、とドクターも助産婦さんも判断したらしい。今の私の一番の精神安定剤は、娘であり、旦那や家族だったので、早期退院に協力してくれる事になった。検査を全て繰り上げ、もしくは退院後に回してくれて、明日の検査次第で、通常のDay4で退院出来るかもしれない。
早く娘と一緒に寝たい・・・

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