ノーベル賞事件
ノーベル賞。誰でもその名を聞けば、
その受賞者が何らかの分野で功績をなしたと理解する。そんな賞。
以前、そのノーベル賞受賞候補希望者が、わが同僚として机をならべていた。
本来私が担当する英訳業務&翻訳チームの取りまとめのみならず、日本語執筆から他部署との交渉、はたまた業務改革・推進とあらゆる役割を一手に引き受ける奇跡の天才。
米国某州の大学院で天文学だったかなんだったかを修め、○タチやA○&Tですばらしい業績をあげ、その一方で『自著・訳著多数&米国某大学にて教鞭を執り、M○Tに論文を提出してノーベル賞候補となる予定』と豪語する、恐ろしい勢いの人物。
そんな天才にこられた日には、私もクビか。
期待と不安がひとつになって、駅のかけそばの味もワカラナクなっていたナイーブな私であったが、全ての望みは無残にも粉々になっちゃった。
私自身英語力に自信などなく、すごい人物がくれば喜んで教えを請うつもりであったところ、しかし!それはいささか不可能なことが判明する。
例えるなら、「ミシン目」を「そーいんぐ・ましーん・あいず」と訳してしまう、破壊力に長けた英語を「どうだ!」と言わんばかりに自信満々で書きなぐる、そんな逸材だった。
さらに、成果物として提出された日本語原稿は、彼が来る以前に私が書いたものからコピペしてでっち上げたものにすぎず、その内容もそれ以上は期待できないまでの完全さで間違っていた。
無論の事クビになったノーベル賞であったが、結局彼が二ヶ月かけて残した日英の文書を、私が土・日返上、徹夜までして二週間で0から書き直すことになる。
そんな彼を招いたのは、例の長瀬川課長である。
純粋無能性に二足歩行機能をプラスしたかのような長瀬川課長でも、さすがにノーベル賞事件はまずかったと思ったらしく、情けない様子で私に頭を下げることもしばしばであった。そこで、私は事件を招いたあの人物を招いた理由を尋ねた。
曰く、「経歴書がすごかったから」。
今日もまた長瀬川課長は、職を求めて来た人物を面接したらしい。
「すごい経歴の持ち主なんだよ」と瞳をきらめかせながら語る長瀬川課長を、私は無言で抱きしめてやりたくなった。
教訓:「これが若さか・・・」