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名も無きねこに

半分切り捨てられた小説

2007-03-28 23:14:41 | わたし
 メレシコフスキーの『ダ・ヴィンチ物語』(山田美明・松永りえ訳 英知出版 2006)が届いた。後書きを読んで愕然とした。底本になったのは2004年にフランスで発行されたフランス語の抄訳のようだ。去年だったか、『ダ・ヴィンチ コード』が結構売れていたようだったけれど、その影響で出てしまったのだろうか。
 キリストと反キリスト、霊と肉の弁証法的止揚を小説や批評にそのまま持ち込んだとかなんとか、メレシコフスキーについてはそんな解説が辞典にあるけれど、全体をばっさり切り捨てて半分の長さにまで縮めては、ひょっとしてその辺りはつかめなくなってしまわないか。読む前から気になる。
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車輪は回った 車軸が見えるかもしれない おわびにならないおわび

2007-03-27 18:45:26 | わたし
 仕事の話が二件来た。ひとつは前の仕事で関わったところ、もう一つは鬱病を患うに至った仕事を紹介されたところ。

 前職の派遣元からは、先月にも仕事の紹介があった。しかし、クライアント都合で保留中という微妙な回答が先々週に言い渡されたきり、その後の連絡が無かった。昨日の話は全く別の案件で、前の件はわたしから言いださなければ話題にも上らなかったろう。
 もう一方の派遣元から紹介されたのは翻訳会社での仕事で、募集要項をみると残業が多そうな感じだ。トライアルを受けろということで送られてきたファイルが二つ。見てみるとオブジェクト指向の話とRDBの関連で内容は難しくなさそうだ。ただ、マトモに翻訳できるかどうか自信は無い。仮に現場に入れたところでやっていけるかどうかも分からない。それでも前職の派遣元は大分心象が悪い。またクライアントの都合で、契約期間中クビにされるのもかなわない。トライアルにパスできるようだったら、こちらの方がいいだろう。トライアルアンドエラーというけれど、わたしの場合何もしないでエラーアンドエラーのような気もする。

 エラーといえば今日は人様に迷惑をかけた。仏検の検定料を納めに郵便局に行ってくるだけのつもりが、そのままふいと乗ってしまった各駅停車で、のんびり目的地に行く途中急行の待ち合わせがあった。車中で隣に座っていた東洋系の男性が、唐突にわたしに英語で話し掛けてきた。新宿に行きたいのだが今入ってきた電車に乗ればいいのかと聞きたかったようだ。言語切り替えの習慣が全く無くなっている身では、咄嗟の問答に差し障りがあった。伝達する情報の真偽より、文法的に正しいことばを話す方に脳内の流れが偏った。結果、到着した急行を指差して、そうですあの電車に乗ってくださいと、タダシク言えたものの、当の電車は新宿行きではなかった。
 急いで席を立って彼を呼び止めて、間違ったことを教えてしまったことを詫びる時間は十分にあったけれど、なんだかそうすることができなかった。間違ったことは仕方ないにしても、訂正の機会があったのにそれを正さないとは、本当にダメだ。ああ、彼は無事目的地に着いたろうか。
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兵庫の書店の世話になる

2007-03-26 04:30:17 | 仏検三・四級
 何か辛気臭い交響曲を聴こうかと思って、CDのケースをいくつか本棚から抜き取った。空間の利用効率を上げるため、ほとんどのCDはオリジナルのケースを捨てて、24枚入りのフォルダに雑然と詰めてある。インデックスもつけていないのでCDを探すのは面倒だけれど、そのままにしてあるのは、分類して整理するのに比べれば手間が少ないからだ。
 ベートーベンの第七番が見つかったけれど、それは置いておき、一緒に出てきたフォーレのレクイエムをかけた。Introit et Kyrieのコーラスを聞いていたら、涙が出てきた。抗鬱剤が切れて脳内の伝達物質がバランスを崩している。

 ここのところ探している『夜のガスパール』は、これ以上時間とコストをかけるよりも近所の本屋さんに新品を取り寄せてもらう方が安いだろうと思った。注文しに出かける前に出版社を調べるためPCを立ち上げた。
 大手の通販サイトで調べて、出版社と正確な書名をプリントアウトしたところでひとつ気づいた。たまたま使ったPCのブックマークには、全国の古書店を対象に検索できるポータルサイトを登録してあったのだ。『ガスパール』が無いかリクエストを送ると20件ヒットした。いちばん安いのは、兵庫県の古書店が売りに出している岩波文庫版だった。
 注文のメールを送ると、しばらくして返信が届いた。どうやら三四日で届きそうだ。値段の方も、別の出版社の新本を注文した場合に比べると、三千円の節約になる。ずいぶん便利なサービスをこれまで放置していた。

 気が付くと仏検の受験申し込み日が近い。来週からだ。『フランス文法の入門』も一通り終えて、初歩の文法事項はなんとか名前だけは把握した。文章を読んで、文法書も辞書も見ずに話法や時制を把握できるかというと、まだ心もとない。とはいえ3級の参考書で問題を解いて見ると、文法書を半分までしか読み進めていなかった頃に比べ、理解できる度合いは上がっている。ディクテも綴り間違いが大分減った。今週模擬試験と過去問題を終えたら、ボヌフォワを一行ずつ書き写しながらでも読んでいこう。
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ハナタレ=ボス

2007-03-23 23:43:24 | わたし
 今日も懲りずに本を探しに行った。あそこならばと頼って行った先の古本屋さんは潰れていた。一度しか行ったことは無かったけれど、品揃えは良かったので当てにしていたのに。
 帰りに別の店へ寄ってみても、やはり『ガスパール』は無かった。代わりにサロートの『不信の時代』と田村毅・塩川徹也編『フランス文学史』を見つけた。
 サロートの小説は読んでみたいけれど、批評はどうなんだろうと思って、その場では買うのを控えた。今思い返すと、彼女の本で絶版になっていないのは『生と死の間』だけだろうから、手に入るうちに買ってもよかったのかもしれない。多分、買いたいと思って古書店街に探しに行くと何倍もの金額を払わないといけないだろうし。
 『文学史』は1800円だった。この値段も無職の身では安くないけれど、内容を見て買う気になった。作家の名前・生没年・主要作品と作風といった要点だけ押さえた、いかにも学生向けの教科書という書き口ではなく、社会背景や作家同士の影響関係にも目が配られていて、一般の読者でも楽しめそうだ。

 欲しかった本が手に入って気分が良かったので、一度帰って来た後、近所のハナタレねこに食べ物を与えに外へ出た。

 ハナタレに会うには、あたりが暗くなりかけた頃、自宅から歩いてすぐの居酒屋まで行けばいい。古びたアパートの一角を改築して営業しているパブの入り口横、二階に上る階段の下にうずくまり、彼はハナをたらしている。

 わたしの事を覚えているのか、それとも手にもっている缶詰が気になったのか、おいでと声をかける前から腰を上げてこちらに寄ってきた。缶のふたを開けてパテ状の食べ物を割り箸でつついて取り出し、ハナタレの鼻先に持っていった。少しにおいをかいでから、力をいれて箸ごと齧ってきた。冬の頃より元気そうだ。
 しばらく食べさせていると、店から女性が出てきて、ねこに食べ物を与えているわたしを見た。こんばんはと声をかけると、女性はねことわたしに向かって「よかったね、ボス」と言った。そうか、彼女の中ではボスなんだ。

 ハナタレ=ボスを話題に少し話して見ると、彼女はこの老猫を可愛がっているのだけれど、ねこに餌を与えるとは何事だと通りがけに怒鳴る人が近所にいたり、ある日などはハナタレの首に針金が巻きつけられ怪我をしていて、おまけにびっこまで引いていたそうだ。彼の首の一部は体毛が無く、最近出来たと思しき怪我がある理由がわかった。
 庭先にねこがフンをして困っていたり、飼っている鳥や魚を食べられたりとか、何か恨みがあってのことなのかどうかは分からないけれど、無抵抗の小動物に直接手を下して虐待する人間が近くに住んでいるのだと思うと、なんともやるせなくなった。
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漆喰が少し降ってきたこと 古い探し物を見つけたこと

2007-03-20 20:15:33 | わたし
 昨日まで部屋の冷え込みに閉口していた。いくら深夜とはいえ、もうすぐ四月なのに、摂氏十度の室温は体にしみる。
 夜明け頃外で風が吹き始めた。もう寒くなかった。暖かい風だった。

 午後一時半、陽気につられて表に出た。風呂場の電球を換えなければならなかった。

 今の住居に越してきて二三ヶ月もしないうちだったか、風呂場の電球が切れた。それだけなら何ということでもないが、まずいことに、湿気を防ぐため電球を覆うように取り付けられているカバーが、何かのせいで台座にぴったりと着いてしまって、まわして取ろうとすると台座ごと天井材の中で動いてしまい、いかんともしがたかった。
 結局、大家さんに事情を話して業者を手配してもらい、何とか電球を交換できる状態にしてもらった。といっても、結局は力押しでまわしていたようだったが。
 昨日スイッチを入れて一瞬点灯した明かりがそのまま消えてしまうまで、そんな出来事はまったく忘れていた。
 はたして、カバーは台座に固着していた。過去取り外しを試みたときは、天井の漆喰が剥がれ落ちるのに恐れをなして人様の手を煩わせたけれど、今回は違う。カバーだけを掴みまわす事数回、少々の漆喰を頭にかぶり、この方法ではダメと分かる。ならば、と台座を片手で押さえつつ、ガラスが割れない程度の力をじわじわ加えながらまわして、やっとカバーは外れた。

 電球だけならば歩いてすぐのホームセンターで用は足りる。それよりも、しばらく行っていない離れた町で、本探しをしたくなった。

 電車で三十分ほど行くと、学生時代の友人が住んでいた町に着く。前職の通勤で何度も通り過ぎていて、駅がどう変わっていたのかは知っていたけれど、下車して周辺を歩いたのは、前回電球のカバーに悪態をついた頃が最後だったはずだ。
 付近に大学があるためか、専門書も扱う古本屋さんが数件あり、その他にもクラブやら中古レコード店やらが立ち並び、前時代的なサブカルチャーを匂わせる町だった。
 改札を抜けると、あたりは整備が進められているようで、高架を走るようになった線路を拡張された車道がくぐっていた。
 昔より少しこざっぱりした表通りから道一本入って、駅の北側にあるはずの古書店を目指した。
 北側の商店街は、以前と変わらずどこにでもある町並みのままだ。店の場所はうろ覚えだったし、急ぐ用事もないのでゆっくり歩いていくと、目的地に着いた。店は閉まっていた。看板はそのままだし、一部締め切られていないシャッターの下に、積み上げられた本が見えている。店を畳んだ跡と分かるような、雨風がつける染みも無い。運悪く休業日にあたったのだろう。

 駅の反対側には何軒か店があるはずだった。そのまま南側に足を運んだ。南側もそれほど変わったようには見えない。相変わらず雑多な種類の店が密集して、祭りのような非日常の空気が生まれている。それなのに、昔通っていた古本屋さんはことごとく無くなっていた。
 パブあるいは中古レコードに商い換えした店が各一軒。最後の一軒はミセシメ。儲かる商売でもなさそうだから、どこも手を引いてしまったのかと落胆しつつ、裏道から目抜き通りに戻って商店街の端から駅に引き返そうとしたところで、知らない店を見つけた。
 店に入って棚の本を見る。いくつかあった古本屋さんの一軒が生き残っているか、そうでなければ各店の在庫商品が怨念のように凝り固まって発生したかのような品揃えで、値段のつけ方もその筋だ。

 ともかくひとつでも店があってよかったと喜びつつ、性懲りも無くベルトランを探してみたものの、残念ながらここにも見つからなかった。
 代わりに新潮社の世界文学辞典が目に入った。学校に入ったばかりの頃、実家近くの本屋さんに注文したけれど、絶版で入荷できないと言われ悔しい思いをした本で、現物を見るのはこれが初めてだった。値段は3800円。仕事も探さないでぶらぶらしている身分で買って良い値段だろうか、棚の前を何度も行き来して悩んだ。財布を取り出し、中にある紙のお金の枚数を数えて、悩んだ。
 ちょうど別の棚に置かれている小説の作者(J.ケロール)が誰か知らなかったので、売り物の辞典で調べてみた。作家の代表作名と作風が原稿用紙一枚か二枚分ぐらいに書かれてお終い。そう、この程度だ。
 予想通りの内容と値段を秤にかけて、そっと辞典を棚に戻した。そのまま手ぶらで帰るのも来たかいが無いと思い、『バラバ』--先日兄に貸したがゆえ手元に帰ってくるか危ぶまれる--を130円で手に入れた。

 自宅に帰る道すがら、電球を買い、ついでにマザーボードの電池も買った。もう少しで十年ものになるコンピュータは、ここのところ起動するごとにCMOSバッテリーエラーが出る。古いものをいろいろ見かけたついでに、これも解決したくなった。
 家につくなり、カバーを放したままにしてある筐体の横から手を差し入れて電池を交換し、スイッチを押した。チェックサムエラーだとかいう警告も、BIOSの設定を保存しなおしたら表示されなくなった。風呂場の電球も交換して、カバーを被せた。今度は少し締め付けを緩くしておいた。
 ケロールが気になって、百科事典、文学辞典、インターネットで調べてみたけれど、見た限り一般向けに詳しく話をしているものはあまり無いのかもしれない。仏文史の概説書でも三行ぐらいしか割り振られていない。新潮社の辞典は不備があるわけではないのだろう。未練たらたら。
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線を書く夢

2007-03-04 15:26:31 | わたし
どこかの広い教室で、縦の線ばかり練習していた。

線の練習がある程度すんで、次はものを見たままに描くことになった。

対象を観察し続けるうちに、筆を持つ手は自動的に物の輪郭を描き、さらに細部を緻密に書き込んでいった。
よく思い出せないが、観察の対象はいろいろと変わっていった。天井の梁があったのは覚えている。

意識をすこしでも画布に向けると筆は止まる。
物を見ることに集中すると、少しして筆が動き始め次々に何かを画布に書き入れている。

描写というより、記録といったほうがふさわしい作業だったかもしれない。

網膜に映った光景をことばで分節化せずあるがままに描くとはこういうことなのかと、一瞬、蒙を開かれた思いがした。
それでも、作業するには意識を後退させなければならないことが怖くなり、大声をあげたかった。

あまりに怖くなったので、自分の書いたものを誰か--たぶん講師だろう--に頼んで見せてもらった。

画布の下半分がやや暗い赤で塗られ、それを背景にひざを抱え座り込んだ人物があった。
人物は太い線で輪郭だけが描かれ、その周り、残りの背景色の部分は、頭部とほぼ同じ大きさの丸で埋められていた。

画を見て異様な思いがして、わたしがこんなものを描いたはずは無いと講師に言ったところで場面は変わった。


線の練習は、横山大観の画集の解説で読んだ内容と、高校の美術の授業で講師から聞いた話が影響しているとわかる。
残りは何なのか、元ネタが思い浮かばない。
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「せっかくだから」ぐらい

2007-03-03 17:07:07 | 仏検三・四級
先週職務経歴書を提出して今週中に返事をもらえるだろうと待機していた案件は、今日になってもクライアントからの返事が来なかった。
賃金以外の面ではそれほど魅力的でもない雇用条件だし、5営業日返事を待ったのだから、もういいだろう。
一ヶ月以上も休んでいると、本調子ではないにせよ、そろそろ体が働きたがっている。
明日あたりから積極的に職を探そう。

36時間以上起きては10時間近く眠る妙な生活サイクルも矯正しないとだめだ。
勉強してもあまり頭に入らない。
昨日眠る前に解いた仏検3級2000年秋季の問題も、春季よりできが悪くなった。
筆記は48/70、聞き取りが22/30で、合計70/100。
全体の60%以上の得点が合格の目安とされているので、現状で受験しても3級に合格できるようだ。
とはいえ、資格取得そのものが目的になってしまっては本末転倒だ。
本を読めるようになれれば思って勉強しているのだから、文法知識に空白を残したままでは仕方ない。
今読んでいる文法書が一通り終わったら、何かまとまりのあるものを読み始めていいだろう。
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記述式になった途端

2007-03-02 02:13:23 | 仏検三・四級
1月の終わりから読み始めた『フランス文法の入門(改訂版)』(島岡茂,東京,白水社,1989)も、ようやく半分まで来た。
他にも消化しなければならない問題集と参考書があるので、仏検3・4・5級2000年の問題は今日明日で一通り終わらせることにした。

3級の内容がどの程度分かるか、春期の問題で試した結果、筆記52/70・聞き取り22/30、合計74/100点になった。
5級、4級はすべて選択式の解答だったけれど、3級からは記述問題が出るので苦戦している。
与えられた頭文字を手がかりに正しい単語を書く筆記1は、基本語彙を習得していけばいいだろう。
筆記2は動詞の法と時制の知識が問われる。
これが筆記問題でいちばん悪く、現段階では5問の内ひとつしか正解できなかった。
これまで勉強したのは直説法の現在・複合過去・受動態、それと命令法ぐらいなので、半過去や単純未来、ジェロンディフがでてきたら、その場でお手上げになる。

聞き取りはディクテでつまづいた。
音声として聞き取れていても、アクサンの付け間違いや何やらで不正解になる。
単語を正しく綴れないと筆記1もディクテも正解できないのは同じなので、見方を変えれば、どちらも基本語彙を正確に習得すれば対処できるといえる。
ディクテを除けば、聞き取りは3級でもいけそうだ。
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