貴船の川床

 貴船の川床へ連れて行ってもらった。
 納涼とは名ばかりで、たいして涼しくもないという話を聞く鴨川の納涼床とは違い、貴船の川床は、山あいを流れる清流の上にしつらえられた床だけあって、とても涼しい。夏日の照る道路から、階段を下りて、山の木々が陰をつくる川のそばへ行くと、気温がずいぶん違う。川面を渡る風が吹けば、さらに爽やかで気持ちがいい。
 見た目も涼しげな懐石料理を、せせらぎの風を感じながら味わう。ただ、川の音がやたらうるさい。かなり大きな声で話さなければ、卓の向こう側に座っている人との会話はなかなか難しい。もっとも、せっかく貴船の渓流へ来たのだから、話はほどほどにして、川の流れの音や、山の空気をゆっくり堪能するのもいいかもしれない。
 ときどき、堤燈の下がったよしずの屋根の下を、オニヤンマが滑るように飛んでいったり、黄蝶が舞ったりするのも、山の渓流ならではである。しかし、山中のことであるから、やって来るのは見て心地よい虫ばかりではない。足の長い大きな蜘蛛が歩いていたり、アブが飛んできたりする。大蜘蛛くらいは平気であるから、蜘蛛が卓の縁をつたって一周するのを面白がって見ていたけれど、アブは刺すから困る。こっちへ来ないか、始終気がかりだった。もちろん蚊もいるので、脇に置かれた平たい壺から、蚊取り線香の煙が二筋、三筋、白々と立ち昇っていた。
 しかしそういう嫌な虫のことをひっくるめても、渓流に仕立てた床の上に座して、新鮮な鮎の塩焼きをつつくなんて、贅沢なことである。もちろん、値段も贅沢であるけれど。
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