鞍馬山のアシナシイモリ

 京都市内は、連日35度近くまで気温が上がる猛暑だけれど、さすがに鞍馬山のあたりは、葉の生い茂った木々のあいだを吹き抜ける風が、少しひんやりとしている。山門をくぐって、ケーブルカーに乗った。本当はつづら折の山道を自分の足で登ったほうがご利益があるらしいのだけれど、小さな子供を連れているから、ケーブルカーであっという間につづら折の上へ着いた。
 山の中を抜ける石畳の参道の側溝には、ムカデとか蛍光色の巨大ないもむしとか、よく虫が落っこちているので、また何かいないかと思って、注意して見ながら歩いていたら、アシナシイモリの体の一部が、なぜ一部なのかはわからないけれど、落ちているのを見つけた。その数メートル先には、完全な形の生きたアシナシイモリが、三つ折りくらいになって、腐葉土の崩れたがけの下に、落ち葉に身を隠すようにしてじっとしていた。ふだんは地中で暮らしているはずなのに、何かの拍子で出てきてしまったのだろう。
 アシナシイモリを見るのは、これが二度目である。れっきとした両生類で、イモリの仲間なのだけれど、見た目は、まるで巨大ミミズだ。つるつるした青みがかった体に、節の輪がきれいに並んで、一見、ホースか何か人工物のように見える。はじめてみたのは子供の頃で、実家の近くの砂防ダムの砂地の上に、体の一部だけがじっと弧を描くようにして出ていたから、何かチューブを構造に含んだゴミが、地中に埋もれているのかと思った。
 一緒にいた父に、これなんだろうと言って二人で首を傾げていたら、ダムの池で釣りをしていた少年が、「アシナシイモリだ」と言うやいなや、持っていたはさみでちょん切ってしまった。途端、切られたからだがくねくねと動き出し、私は飛び退った。
 動物については、図鑑などをよく見て詳しい方だと思っていたから、アシナシイモリという未知の奇妙な生き物の存在自体衝撃的だったし、少年の残酷な行為も衝撃的で、アシナシイモリは衝撃的な思い出として心に残り、以来、自分にとって特殊な生き物であると思っていた。
 それから二十数年が経って、鞍馬山で再び邂逅したアシナシイモリだけれど、長い月日が経った後では、あの思い出からは意外に乾いた自分がいて、ちょっと懐かしいと思ってしばらく眺めたけれど、とくにそれ以上の感想もなくて、杉木立の参道を先へ進んだ。


参考:アシナシイモリの画像
※ご注意!あんまり気分のいい画像ではありません。


追記:その後、よく調べてみると、アシナシイモリの生息域は熱帯地方で、日本にはいないということがわかった。私がアシナシイモリだと思っていた生き物は、シーボルトミミズという大型のミミズであったらしい。
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