先日、「ぐんまよこかわ」号を絡めて信越線横川まで久々に出向いてきたが、横川駅周辺の変貌ぶりには、かつての峠の番人的な雰囲気は皆無となってしまった。もっとも廃止から20年以上の歳月が過ぎ、あの時生まれた子供が成人しているほどの時間が経過しているのだから当たり前の話だろう。ロクサンがごろごろたむろしていた機関区付近は、すでに跡形もなくバックの裏妙義だけが変わらない様相だった。併設している鉄道文化村に置かれている鉄道車両たちは、施設外から見る限りかなり状態は悪そうに見え、どこか「墓場」のように感じてしまうのはどういうことだろう。今後将来に向けてはっきりした方向性を打ち出し、また別の形で考えられないだろうか。今のままではあまりにも中途半端に感じてしまうのだ。
そんな中、廃線になって残存している線路に、モーターサイクルを走らせる案が浮上しているらしい。来年のディスティネーションに向けて整備していくとのことだが、果たしてまとまる話なのだろうか。文化村事情も含めて、今後の行方を見守っていきたい。
久しぶりに峠で撮影したEF63の画像を掲載しよう。峠を下りる客車列車は、この区間異形式ながら三重連の姿になるので最も注目していたと前に記事にしたと思う。上り客車列車が運転される日程に合わせて、よく峠に行っていたのが、この写真の頃1991~1993年だった。これは早朝峠を下る団体列車。朝の上り列車は、最も光が良く当時一番のお好みだった。
1992-11-10 9332ㇾ EF6312+13+EF6249 12系座敷「やすらぎ」 信越本線:横川-軽井沢