スポーツ根性もの漫画
スポ根漫画は
「巨人の星」「あしたのジョー」
「タイガーマスク」と
原作梶原一騎さんの作品で
僕たちの子供の頃
ウルトラマンシリーズのあと
仮面ライダーのあと
もしくは同時期に
熱が入って
誰もが主人公になろうと、
入り込んでいった。
ひ弱で軟弱な僕であっても
変身ヒーローものから
スポ根アニメのストーリー性に
感動し、野球に夢中になった季節だった。
手っ取り早くは野球が
流行ってたから、
野球選手を目指す夢が
膨らんでいたりもしたし、
あの頃の将来の夢は
「漫画家」「プロ野球選手」で
二者択一で選択していた時期だった。
その後「ミュージシャン」というのが加わっていくのだが…
野球は盛んで
近所に少年野球クラブのチームがあった。
「ポパイ」というチーム名。
いわゆる野球好きな監督が
個人で設立した、少年野球チーム
市の大会とかに
エントリーしていて
30名くらい所属選手はいた
小学生だった僕は
ちょうど3年生〜4年生の頃だったか…
低学年中学年高学年と所属している者たちの中で
実力でレギュラーを取るものや
なんとなく指名されて選手として出てるものや
まちまちだった中、
そんな野球クラブに僕も
好奇心で野球をやりたくて、その
チームに入る事にした。
普通 誰かと一緒に、
チームに入る流れがあるのだけど、
僕の場合ひとりで飛び込んだ。
近所の遊び仲間はそこまで野球にのめり込んでなく、
僕はとにかく野球がやりたくて
ひ弱で軟弱少年だったが
チームのドアを叩いた。
♫思いこんだら~試練の道を~
行くガァ〜男のぉ〜ど根性ぉぉ〜
僕の後ろでは巨人の星の「ゆけゆけ飛雄馬」の歌が
BGMで流れていた。
志高く!思い切り野球ができる!!
嬉しくて日曜日の朝の練習に
よく、参加していた。
レギュラーになってユニホームを着て試合に出たい!!
でも、とりあえずチームに入ったらユニホームは買わされる。
クリーム色の生地に赤い字で
POPEYEと刺繍され、腕のところは青いラインが入ってアンダーシャツもスカイブルー。結構カッコよかった。
どんな試練も乗り越えて!!
あの頃の僕は夢と希望に燃えていた
巨人の星の
星飛雄馬さながら目に炎がメラメラと燃えたっていた。
そんな炎も鎮火する出来事があった。
ある日曜日の朝の練習。
大概、チームオーナー兼監督が練習メニューを作って一緒になって練習するのだが
その日は監督不在だった。
それをいいことに
派閥を作って、サボりながら
粋がっていた
M本というやつと、K子というやつ
それにH田という三人組が
練習を仕切り始めた。
その三人は
内野のあたりでノックを受けて
僕は外野、センターあたりでノックを受けてた。
その三人というのは
ドラえもんでいえば
スネオとかジャイアンみたいな
意地悪ないじめっ子タイプの奴らだった。
案の定
1人の僕が標的になり、
取れそうもないフライとかが飛んできて、僕がエラーすると、ヤジって
小言を嫌みったらしく言っていた。
「あれくらいの球は取らないと、レギュラー無理だぞ」「ねえ、Mちゃん」とか
理不尽さと悔しさと、馬鹿らしさが同時に僕の心に押し寄せてきた。
多勢に無勢でこんなとこで喧嘩しても勝てっこないし、
喧嘩するために野球チームに
入った訳じゃないので
ここは堪えて…
唇を深くかみしめて
その場をやり過ごした、
軟弱な性格もあり、奴らに
理不尽にやられたことの
恨みはこの歳になっても
しっかり覚えているもので…
しかしながら、スポーツにおける
練習とかには
あるある の出来事なので
それに腹を立て、やめていった僕の
根性無しと、メンタルの弱さは
所詮、スポ根アニメのようには
いかなかったという事だったのだ。
たら、れば…
もしも…
を思えば…
あの時辛抱して続けていたら
僕は
プロ野球の選手になって
いたのかも……
しれない…
人の運命なんて
ちょっとしたキッカケ。
その小学3年〜4年での野球の挫折が
あり、5年6年と、学校内のソフトボールと、6年の時は有志な、仲間と
軟式野球チーム ミラクルズというのを作り練習し、対外試合をして楽しんだ。
楽しく野球ができる環境を自ら作って心から楽しんで野球をやった6年生の時。
所詮僕には
根性ものは似合わないんだと
あの時ハッキリ認識した。
血の汗流せ、涙を拭くな、
などと、言われない
のほほんとした
環境で野球が楽しみたかった
あの頃。
でも、
巨人の星 ゆけゆけ飛雄馬
のあの歌がなければ
野球にのめり込むことも
なかったと思うのだ。
引き金となった
巨人の星。
野球は巨人!
と刷り込まれた
巨人の星!
私のトーチャンは
星一徹でした*\(^o^)/*
寝ても覚めても野球が1番
でした*\(^o^)/*
私は野球が大好きです*\(^o^)/*
それもこれも巨人のおかげですーーー*\(^o^)/*
早くドームにみに行きたいです