秋桜のB面に歌われて
最後の頁
山口百恵さんがcoverする
最後の頁。
また違ったニュアンス。
この歌を聞くたびに
思う…
キミと僕
喫茶店で話す事も
出来ずに
あの日別れた…
ちゃんとお別れを言えるように
なったのが
大人になった証拠だと
いうのなら
なんなら
そんな大人になんて
なりたくなかった…
キミが
マッチのジクでつくった
サヨナラの文字
それを端から火をつけて
燃やすなんて
喫茶店のテーブルの上で
なんてことをするんだろ!?
この歌を聴いた時
最初、なんてお茶目なカップル
で
なんて、無謀なことをする
カップルなんだろう
と思った。
そりゃあ
もう、別れるんだから
喫茶店のテーブルに
火でも燃やして
「サヨナラの文字が綺麗に燃えてるぅ〜」なんて
言う無邪気さは
別れる間際の
やけを起こすことに
あり得る行動かも…
でもね
すんなり、別れることは
ホントは望んでいなかったんだよね
だって
もしも
僕たちのこのあらすじが
鉛筆書きだったら
もう一度くらいなら
ホラ、書き直せたかも
しれない
と歌ってる
二人における
恋の行方、愛の物語は
下書きだったなら
書き直せるはず。
恋の物語にあった
あらすじの結末は
予測していたものなのか
そこだけは
ずっと
続いていけたらと
絵空事の中にいたのだから…
忙しさが増え
二人の時間が減っていき
キミの日常から
僕がだんだん消えてゆく…
君のそばにいることだけが
唯一の安心感だと勘違いして
見守ることは違う意味
もあるけれど
近すぎても
遠すぎても
辿り着けない
距離がある
大人になるってことは
そうゆうことで
無理矢理にでも
飲み込んでしまう
腹に落としてしまうこと
他人のふりをして
すっぱりと背中を
向けていこうと
終わりの始まり
最後の頁は
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