京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

植物の感覚生理学: ダニエル・チェモヴィツ著『植物はそこまで知っている』

2020年06月26日 | 評論

ダニエル・チェモヴィツ著『植物はそこまで知っている』(矢野真千子訳)河出書房 2016

 

 

 

 植物が「見ている」、「臭いでいる」、「感じている」、「聞いている」と言った現象を、動物におけるそれぞれの感覚のメカニズムと比較しつつ、平易に解説を加えている。よくある疑似科学的なお話ではなく、研究報告を踏まえしっかりとした構成になっている。

 

 植物の「見る」ということでは、情報としての光の受容現象、すなわち屈光性、光周性、概日性リズムについて述べている。

ところで、この章にでてくる話しの、フィトクロムによって夕方には遠赤色光 (Fred)が受容され、朝方には赤色光 (red)が受容されるという主張は正しいのだろうか? 夕焼けと朝焼けのスペクタル組成が違はなければならないはずだ。

嗅いでいる」については古典的なエチレン作用の話しにはじまって、ネナシカズラの芽の宿主探索、食害されたヤナギの葉の警報フェロモンの話し(日本でも似たような研究をしている人がいるが、1980年代にすでに、この手の報告が外国であったのだ)。ライマメは細菌にやられるとサリチル酸メチルを放出し、虫に食われるとジャスモン酸メチルを出す。

 植物は物理的な接触刺激だけで活性化する遺伝子が存在し、touch(TCH)遺伝子と命名された。その遺伝子の一つは、細胞内のカルシュウム(Ca)信号の調節に関わるカルモジュリンの合成をするものであった。たくさん作られたカルモジュリンは活動電位中にでてくるカルシュウムと結びつく。

シロイヌナズナの遺伝子の2%以上が、昆虫が葉の上に止まったり、動物が触れたり、風が枝を揺らしたりする刺激によって活性化するらしい。

 音波が植物の成長などに影響を与えるという話しがよくある。ただ、著者のチェモヴィツによると、これらの報告は雑でとても信頼できないらしい。ダーウィンも、オジギソウに自分のバスーン演奏を聞かせて葉が閉じるかどうか調べたが、最後は「まぬけな実験」という自嘲的な記録を残して、無駄な試みをやめたそうだ。

2000年にシロイヌナズナの全ゲノム配列が決定された。そのDNA解析によってヒトの難聴に関わるホモログ(類似)遺伝子が存在することが分かった。それはミオシン蛋白を支配するが、シロイヌナズナの四つの「難聴」ミオシン遺伝子のどれかに変異が生ずると、根毛が正しく伸びなくなる。

この章は「鐘消えて花の香は撞く夕かな」という芭蕉の発句で始まる。これは感覚同調を表現した不思議な句としているが、作者はどこでこれを知ったのだろうか。

 ヒトが耳石で上下(重力)を感ずるように、植物は内皮の平衡石でそれを感ずる。植物の重力感知にかかわる遺伝子スケアクローは内皮の形成を支配しており。これに変異がおこると重力を感じなくなる。朝顔の一品種である「枝垂朝顔」はスケアクローに変異がおこっていることがわかった。植物のツルの回旋転頭運動は、内生的な機構とそれを増幅する重力応答の両方がかかわっている。

 「植物の記憶」現象についても、それらしい話しが紹介されている。ヒトの記憶はエンデル・タルヴィングによると1)手続き記憶、2)意味記憶、3)エピソード記憶の3層に分かれている。すべての記憶に共通するのは記憶の形成(情報の符号化)、記憶の保持(情報の格納)、記憶の想起(情報の回収)という三つの過程である。植物にも同様の現象がみられるかどうかが問題になる。短期記憶としてはハエトリグサでの実験がある。長期記憶としては側芽の形態形成記憶の研究がある。遺伝子レベルではエピジェネティク現象が関与する春化処理などの話しがある。さらにストレスにされされて活性化された遺伝子の発現パターンが次代に継承される例も知られている。

 

上で述べたような植物の情報信号は、受容部から離れた場所に、活動電位といった電気生理応答で伝えられる。この時、細胞内カルシュウム濃度の調節が関与していることが多いとされている。

参考図書

リチャード・フランシス『エピジェネティクス:操られる遺伝子』(野中香方子訳)ダイアモンド社、 2011

 

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