天地公道(人生の処方箋)

私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!

喜怒哀楽

2021-01-23 16:52:19 | 新陳代謝

令和3年1月19日  [人間の一生は喜怒哀楽の旅]

 

一生幸せで終われば最高ですが、そうはいきません。喜怒哀楽に左右され、千変万化するのが人間の歩む道です。

そうはいいながらも幸せでありたいもの。それもこれも『心の改善、生活の改善』以外に道はありません。努力には惜しみがあり、おかげは簡単に手に入れたいものです。

しかし、努力抜きには考えられません。それは『喜びの時間を、伸ばしていく心がけ』『腹を立てる時間を短く、とらわれる落ち込みから、素早く立ち直る』そこに重なるのが、自ら苦難を背負って見せた御神尊様にならうことで、時間を短くすることができるはずです。

 

そして『運命開拓とは、いいかえれば笑顔の生活の習練』にあります。

喜怒哀楽に任せたままでは、苦しいだけです。

単に幸せや健康のことだけではなく人生の問題です。

怒りは6秒こらえれば収まるという学者がいます。つまり、自分が変わることをさしています。私たちには神と妙合する『やります』があります。

 

これさえあれば、大丈夫。

『嬉々楽々』として『喜怒哀楽』ともおさらばです。さあ やります!

 

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切り札

2021-01-23 16:26:52 | 新陳代謝

令和3年1月18日

[汚すは罪なり 洗わざるも罪なり]

 冬の気候は荒れることが多いものです。

それにコロナが加わり、さらに心を重くしている人もいるはずです。でも明けない夜はないのです。

歴史は、何度も人類の危機を乗り越えてきました。今は時間でいえば、『未明は』0時から3時まで、明け方は3時から6時まで、朝は6時から9時までです。今は未明でしょうか?

『心の汚れ』とは、ものを『聞いた瞬間、見た瞬間、思う瞬間、語った瞬間』朝から晩まで心は動き続けています。これの反応が感情の動きです。

御神尊様は『感情の赴くままを罪』また『心を洗わないのも罪』であり、不幸せの元ともいわれています。

感情は好き嫌いをうみます。それは相手よりも自分自身を傷つけてしまい、身体も傷つけてしまうことになります。

だから、絶えず心を清め自ら助からなければなりません。そのための切り札は『人の幸せを祈り合掌の心』で『その日その時の感情』を流していくことです。やります!

 

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感情の峠

2021-01-23 16:03:11 | 運命

 令和3年1月17日

[懺悔は勇気の母体なり]

何か心に気になることがあれば、それからくる不安は、そのままにしておくと増幅します。最近あることから、一喜一憂しました。そしてとらわれている自分を自嘲したものです。

その心の底には根強い不安の素が、解決されずにあるからです。これからも解決されずに、行く可能性があります。

そのためには不安を一掃する行動にでる必要があります。

そこから不幸せや病いがやってくるわけですから、目に見えない峠です。そもそも、人間は見たいものしか、気になることしか目にはいらないものです。

事情を作る日常に見えない峠がひそんでいるわけです。その苦悩を転換するためには、プライドを投げ捨て、自分の非を認められかにあります。

相手がいるから待つのではなく『こちらから懐に飛び込む積りがなければ、峠は越せない』といわれます。『その勇気こそ、やります』であり、それ以外にありません。

不幸せ病いは神にお任せして、『ただひたすら人に受け入れられる、喜ばれる人になろう』との一途さがあれば道はひらくのです。あなたの峠は目の前にあります。『勇気を振るって懺悔をもって越される』ことです。やります!

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感情の峠

2021-01-22 17:46:00 | 新陳代謝
令和3年1月16日、人生の処方箋
[不幸病気の峠を越さずして 越さんとするは迷いなり]

人生にはピンチとチャンスが交互にやってくるかと思えば、それは案外、ウラオモテだったりします。ちょっと思い方を変えただけで、ピンチがチャンスだったりして、あっけにとられる結末もあるのです。

不幸せも病気も人生ひとつの峠でピンチです。でも、思いだけは腹一杯あっても、幸せに、病を治したいだけでは、実際の峠は越したことにならないといわれます。

やらなければならない、歩いて越えなければならない峠があるのです。そうしなければ行くに行けない世界があります。幸福健康の世界には必ず峠を越えねばならなりません。

その峠は人それぞれの性格と知恵と能力によって、高くもなれば険しくもなるものです。つまり峠はひとことでいえば『感情の峠』ということでもあります。

日常的に次々に起こる、不平不満や事情をその場限りのものとして処理しきれず、ポケットに出し入れしては時々使うような性行が、実は高く険しい峠を作りだしているのです。

あなたが渾身の勇気を絞り『反省と懺悔をもって不平不満、拘らず、咎めず、退かず、平安な心』をとりもどせば、簡単にこせる峠です。『あなたが越せば、家族、隣人、社会の人間関係ともに助かる』から妙理という他はありません。やります!
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頼りの杖

2021-01-15 09:45:00 | 信仰と生活
令和3年1月15日、人生の処方箋
[支えの力を失わない限り 人の一生に悩みはない病気はない]

具体的に『人の一生は精神的支え、物質的支え、生活力による支えの三つの支え』によって成り立つといわれます。

『精神的支え』とは、考えてはならない思ってはならない、持ってはならない根性をすてること。これが出来なければ、できるまで苦しみ悩むことになります。

『物質的支え、生活力による支え』とは、人間衣食住によって生きている限り、また生きていかなければならない限り、懸命にはたらき日常生活を円満にすごしていくことの根本です。

『不幸病気の事情にある人』は、煎じ詰めれば『心の支えを失っている姿』がはっきり現れています。心の支えを失っているからこそ、心の変動が激しく安定する時がありません。

それは悩みのもとであり、不幸病気のもととなっています。『心の支えこそ、頼りの杖でしょう』やります!
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輝く生き方

2021-01-15 09:43:00 | 信仰と生活
令和3年1月14日人生の処方箋
[これが人を支えることである(三)]

『支える』に少々こだわってきました。楽しいこを考えてみれば、身近な人間同士『夫は妻を支え、妻は夫を支え、親は子を支え、子は親を支え、このようにともに支え合う』ところに楽しい人間世界があります。

なぜ、不幸せや病気が生まれてくるかといえば、それは支えることの大切を知るためです。
夫も妻も支えることを知らず、お互いに倒れるまで、悩ましい日暮らしをするからです。

『合掌の力によって生きる道』を見出そうとするならば、まずなによりも『日常生活の中において、夫は妻を、妻は夫を支え』なければなりません。

『妻が夫のために生きようとすれば、妻はしあわせ』です。『夫も妻のために生きようとすれば、ともに幸せ』です。とにかく『ために生きる』が忘れられています。

その支えの幸せこそ長年の病いも、消え去ることでしょう。
人間は病気をして健康を失うと、人生観の誤りに気づくものです。

支えることばは世間にありますが、暗い顔でグチをこぼす人には出会います。
しかし『支える輝きの人に出会いたい』やります!


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力の養成

2021-01-15 09:40:00 | 信仰
令和3年1月13日、人生の処方箋
[ふたつの支え (ニ)]

支えには、『自分自身を支えるささえと、人を支えるささえ』のふたつがあります。
自分の不愉快な心を自らの努力で愉快にし、怒れるまなこを優しくし、つまらぬ言葉使いを正しく直す、この努力が自らの心の支えです。

不自然な身体の動きを正しくし『薬石効なし、不治の病、死んだがマシ』というような、投げやりな気持ちの時もあります。
そのようなとき『負けてなるものか』と気を取り直し健康への努力を続けることが、自分の身体の支えです。

人生において片時も油断なく、支えの力を持っていればこそ生きて生きていけるものです。子供の不幸を嘆き、自らの病気に負けて支えの力をうしなえば自滅の道です。

人生に何があるかわからないから、それに備えて支えの力を養成しておかなければなりません。
祈りと合掌で支える力を持つ人こそ不幸病気に打ち勝つ人です。やります!
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支えあう

2021-01-14 08:46:00 | 運命と生活
令和3年1月12日人生の処方箋
[合掌はとは、人の支えとなるらしい]

コロナという正体不明の伝染病に悩まされています。
怖れたお相撲さんが辞めたてしまいました。
人類の歴史は伝染病との闘いであり、医学もそれにつれ進歩をとげてきました。

それだけではなく戦争が、あいだにありました。戦前、戦後はハンセン氏病、結核で戦後は、母をはじめに叔父、叔母、などが、続けて亡くなりました。

先の戦争では、300万の日本人の兵、一般人を含め、亡くなっているのです。
あの時は、仕事、食料、着るもの、住むところが無い、ときもありました。

人間の忘れることも、特性のひとつでありがたいことです。
先人のおかげで、今日があるのにコロナ差別に走る人が出ています。
つい最近までなんでも出来ていたときは、漫然と生活して緊張を強いられると、もう我慢ができず騒ぎ始めています。

今しばらくは自重しながら、何に向かうのか。あなたの合掌心を発揮して、家族や隣人と支え合うことにあるでしょう。
お互いに支え合いが必要なときがきました。『あなたの人を支える力』が問われています。それが『あなたの免疫力』なのです。
『支えるは愛』とありましたね。やります!
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人と共に

2021-01-14 08:43:00 | 神と人
令和3年1月11日、人生の処方箋
神は神によって 知ることはできない

このコロナ時代、神にすがって、一挙に封じ込めたいものです。
しかし、今起こっている現象を通じて、一人と共に伴走してこそ、神の慈悲をうることができるといわれてます。

だから、神との都合のよい直接交渉より、人との交渉こそ、神に繋がる道です。

それが、願いの実現となります。
うまく、和やかに笑顔の交渉力こそ、神の期待されるところです。

この時代、神の期待に応えて、神と家族と人とが手を取り合い、困難を伴走してまいりましょう。
きっと、良い方向にいくはずです。
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口の役割

2021-01-14 08:39:00 | 運命と生活
令和3年1月10日人生の処方箋
[生活を楽しく暮らすには、ものをいって暮らすこと]

年初は何事かを誓うには、キリがよくてもってこいの月です。
特に昨年来より、変わろう変わろうとして、果たすことのできなかったクセなど。
わかってはいるけどやめられなかったことなど。

何かひとつ変えましょう。
コロナ時代だから、生活様式をのみ変えようとしているのも、悪いことではありませんが、『心の問題』(性格、精神、生活これは人間関係のこと)が一番です。

何を変えたらいいのでしよう。今朝は、私の年来の無口を取り上げて見ました。
機嫌がいいのか?悪いのか?よく正体が見えないのが無口です。
しかし、おおかたは、機嫌が悪いと評価され、評判になります。

運命的には、不運に行き合うことです。太鼓判です。
もののいい損ないは、取り返しがつきますが、もの言わない人は簡単にいきません。
寄り付きにくい、仕事の悩みも打ち明ける人がいない、上司にも無視されて逃げ出す人さえいます。

御神尊様は1番の不幸せといわれています。あいさつさえもできない子供のような人もいます。
とにかく、このように今年はこれに挑戦するときめることです。
人間関係、夫婦親子の情は、ものをいって暮らすところにあります。

そこで朝から晩までものをいえとは云わないが、常に顔に笑顔を失わず顔とことばで、豊かな日暮らしの年にしましょう。やります!

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