渦巻き

どこかいった記録など

絵付け体験

2017-10-01 11:38:12 | 陶磁器
7月22日

愛知県瀬戸市


瀬戸染付工芸館









あらかじめ素焼きをした生地に絵付ができます




皿は¥500


墨みたいだけど
呉須という青色になる顔料






1か月ほど後に焼成されて手元に

こんな感じ」で~~

愛知県陶磁美術館で作陶体験

2014-06-23 14:07:19 | 陶磁器
6月22日
      雨~曇


     雨が少々降ってきて 暑くない

                愛知県陶磁美術館


            
         

   陶芸館で作陶体験     
                 粘土1kg 購入して2時間で作る
       
           
                     最初 作り方の説明がある
                     器の場合は 底の部分を丸く平たく作って   ヒモ状のものを積み重ねていく

                     

                   一つ目は 底を薄くしすぎてしまって 糸で台から離すとき 穴があいてしまった

                     二つ目から なんとなく わかってきた

                                          



                   釉薬の色を決めて
               
          


                 焼いてもらって 1ケ月後くらいに 郵送もしくは取りに行く

                 どんなものができてくるのか?



                  部屋は子どもさんと来ている家族で一杯      

                             パパじょうず~  とか パパの意外な一面で盛り上がる~~


                 
                   
                      陶翠庵

                   
                     6月の作家茶碗の中から      油滴天目茶碗を選ぶ


              
                  涼しげな主菓子 


                         




                 


                            
                            魅惑の陶製人形 ~ノベルティ、人物俑、はにわ、土人形、フィギュリン~                          

                         昔 家にもあったような 陶器のお人形たち   

                        外国の家族の様子を 陶器で作ったものがおもしろかった




                            
                                  南館    土日 電動ロクロ体験ができるそう
           

瀬戸~

2014-02-11 10:33:02 | 陶磁器
2月9日
 
   瀬戸~

 品野陶磁器センター   道の駅とくっついている


  愛知県陶磁美術館の素晴らしい作品に刺激を受けて、、、。やってきました。

  でも、ほしいものはなかった、、、。

    

     アウトレットのお茶碗、湯呑みから始まり、抹茶茶碗 28万円とかあり、なんでもありの感じ
  

         
         さらりと見てまわり~


    
       赤津焼会館へ。

     赤津の焼き物の始まりは、平安時代にさかのぼる。
     大正・昭和の初め頃までは、瓦を焼く窯もあり、赤津の赤瓦として有名でした。
     その後、三河の量産瓦に押されて下火になってしまいました!!!!!  
     残念です。
     
      

        
          中の撮影は不可だったので入口の作品を。
      地味で暗く、小さい館内ですが品野よりいい、、、ごめんなさい!!!
       普段使いのお茶碗と丼を買った。
     
          赤津焼まつり   4月第3 土・日曜日(陶祖祭)
                   9月第2 土・日曜日(せともの祭)
               


      
         雲興寺


    
      赤津瓦  いいね!
       



  
   盗難よけの守護、、、。  大昔は何を盗まれたのか?




   万徳寺
   太子堂    と    本堂

      
   戦国時代、今村城の城主 松原広長は赤津、今村、本地地区を支配していましたが
   戦に敗れ 太子堂の左にある「松原塚」に葬られたと伝えられています。




    瀬戸蔵ミュージアム



 
  昭和40年代に活躍したせとでん

           
          旧尾張瀬戸駅

        
       昭和30、40年代の瀬戸の街並みを再現

          


       

                                                    
      好きなお茶碗で飲むことができる。  
     


    
               3階は常設展示  青い上着を着たおじさんたちが焼き物のことについて
                詳しく丁寧に教えてくれる!!!
                たくさん質問していろんなことが分かった!!!  



 赤津焼会館で買ったもの





       



常滑~大野城~名古屋学院チャペル

2013-12-21 19:46:19 | 陶磁器
12月21日   雨~曇り~晴れ~  寒い  ちらっと霙も、、、。



 ~常滑やきもの散歩道~
      風が強い。
     陶磁器会館~ Aコースを歩こうと前の二人連れの女子に
      ついていこうとしたのにすぐ迷子になりそうになった。汗です。

     


      1.常滑焼の始まり

 西暦1100年頃(平安時代末期)に知多半島の丘陵地を利用して焼物を焼く
   窯(かま)が築(きず)かれるようになりました。それらの窯では釉(うわぐすり)を掛(か)けず
   粘土を焼き締(し)めた碗(わん)や鉢(はち)、壺(つぼ)、甕(かめ)などが焼かれ、その中でも
   甕や壺にこの地域の特徴が現れています。


   日本六古窯(常滑、瀬戸、信楽、丹波、備前、越前)の一つに
   数えられている。






       
     狭い道、坂道。   坂の上の何かを見ながら歩くよ。♪

      


        
          廻船問屋瀧田家。  江戸時代から明治時代に廻船業を営んでいた瀧田家。



     
      長持 
和櫃(わびつ)の一種で、衣類や蒲団、調度品等を入れておく長方形をした蓋(ふた)付きの大きな箱。
       両端に金具があり、棹を通して二人で担ぎ、運搬用にも用いた。
       かつては、花嫁が輿入れする際の必需品であった
    


        長持歌~  蝶よ花よと育てた娘~~~


       
      瀧田家が廻船業を始めてまもなく(1850年頃)建てられた居宅。

     廻船業
    積荷の売買に関連して船主のために積荷を集めたり、船主と契約を結んで
              積荷を運送したりする運送取次・取扱の役目を果たした



       知多半島では常滑の窯業とともに酒や酢なども盛んに作られて江戸に運ばれた。

         
          お昼は、しょうゆラーメンを。  煮卵をトッピング。あっさりした味。



        
       そしてまた歩き出す。



 こちらのお店ではこの中のあるものを買った。       

 この中のあるものも買った。



    


      







             
       高いところに来ると常滑ボートの音が聞こえる。




      
   考える人、常滑のたぬき?常滑の急須、壺から噴水、奥には土管の中の金魚。ひきつけられるんです。




                  
     歩いていた小学生くらいの男の子がイカだ! って言ってたけど タコだよね。





     この店ではパンを3個買った。 
 

     
       このお店にとても気になるご飯茶碗があった。


 こちらのお店の方に常滑焼のことについていろいろ教えてもらった。
写真は暗くなってしまったがとっても素敵なものがたくさんある。
香炉を買った。



      行きの道で見つけた。小高い山の上。
       
         大野城址。
       浅井長政とお市の方の末娘として生まれた3代将軍徳川家光の母、
         小督の方の最初の嫁ぎ先となったのが大野城(宮山城)。

         古間瀬城址の小督の局の墓、この方だったのか、、、?



 
           ベンチでバイオリンの練習をしている若者がいた。
           だれもいない、思いっきりやってくれたまえ、と心の中で言った。       

        

 


     
       城址展望台から。

          ここは昔、佐治の城があったところで、古くは宮山城とか
          大野城と呼ばれていました。
          城主佐治一族については、いろいろな話が伝えられていますが、室町時代の終わり頃の
          戦国時代に四代の城主が続いて勢力を張っていたと思われます。




      
 佐治神社。
         いつも同じお願い事です。


        
 
          帰り道途中、名古屋学院大学 名古屋キャンパスのチャペル。
                                        
       名駅に車で行こうとしたけどすごい渋滞。クリスマス近くは本当に動かない。
         途中で引き返した。