渦巻き

どこかいった記録など

横山城~

2014-01-17 14:11:00 | 城-関西
12月1日    晴れ時々曇り



   滋賀県長浜市   JRで行くハイキング  
  「石田三成の出生地と横山城跡を訪ねる」


    8時2分の米原行。
     米原乗り換え~長浜行。


     
      米原駅で 蒸気機関車に出会った。
      ほかの車両に乗っていたのだが、蒸気の煙がシルエットとなって映り
      なんだろうと振り向いて気が付いた。
 

    
  
    長浜駅

石田三成
   近江坂田郡石田村に生まれる。
   長浜城主秀吉に見出され、近侍として仕える。その際の逸話は有名。
    

   三成の頭蓋骨とされる写真があり、またそれを元に生前の顔を復元して作られた肖像画がある。


   

家康との決戦に破れ逃走中、古橋村(滋賀県、長浜市)で捕らえられ、
          小西、安国寺らと共に京都六条河原で処刑された

          
          三成が刑場に向かう途中、黒田長政は馬を下りて三成に自分の羽織をかけてやったという。


       
今回、長浜城へは行かなかった。



  
     
        八幡神社。この日は神社のお祭り。




  

   裏に石田神社。


        
            奥の塀の前に石田家のお墓が埋められていたそうです。
            小高い山状態だったそうです。



    日吉神社。


    日吉神社脇~ここから横山城へ登る。


   京極氏の支城であった横山城は、永正14年(1517年)に浅井亮政(あざいすけまさ)に攻め落とされ、
   浅井氏の所有になってからは、小谷城を守るための出城の役目がありました。  
   

 登りやすい道。
      





    ボランティアガイドの方が細かく教えてくださいます。




     山城のことがよくわかりました。










   落ち葉がいっぱいですが、戦国時代は火を放たれたら終わりだということで

   落ち葉はきれいに掃き清められていたのでは?    というガイドさんのお話でした。






 ここで秀吉が、指揮をとっていたのかな。


    











                             深い堀も経年で自然に埋められていったそう。


              
 頂上で昼ごはん。
    京都、大阪からいらしている方が多い。  


        天気もよくて頂上から伊吹山が...ぼんやり見える~~~。



      
     


休憩したら下山開始。帰りのバスの時間が決まっているので。



 降りてきました。




                      三成が修行をしていたとされる観音寺。
             鷹狩の帰りに、のどが渇いた秀吉は観音寺に立ち寄った。

             対応に出た寺小姓が三成だった。(三献茶)



             だいぶ古くて痛んでいるようの見える、、、。
             雰囲気のあるよいお寺ですので修復してほしい、、。



  ここから少し先のバス停まで歩く。


   

   三成の長男、重家は大坂城にいたが三成敗北の知らせで石田家の菩提寺で出家。
   家康の家臣で京都所司代の奥平信昌を通じて助命嘆願し許されている。

   次男、重成は津軽まで落ち延び、やがて杉山源吾と名を変えて津軽藩の家臣となった。


 

   長浜駅の平和堂でお土産を買って、、、。

 今日は時間がないので米原から新幹線で帰った。