駄菓子屋さんの隣のごくごく小さな古書店。入口付近に雑誌『大阪人』のBNが並び、短冊のような紙があちこちに貼られている。そこには店主の本への愛情に満ちた言葉、本と人を結びたい情熱がほとばしる言葉、お気に入りの言葉であろう引用文、放哉の句などがペタペタと貼られているのだ。ああ、わかるわかる、これ! 本が、古書店の仕事が、そして人が好きでしょうがない人なんだ。
上方を見れば、額に入った色紙が。筒井康隆さんと山本一力さん。後に判ったのだが、この作家さんたちは、店主と親交を温めている方々なのである。そしてもうひとり、先頃文化勲章をうけられた田辺聖子さんも。
店の奥には一目で好々爺とわかるお元気な高齢の店主がおられ、にこやかに出迎えてくださる。H氏が、もう随分前に、この店で筒井康隆のサイン本を買った事、『不良少年の映画史』で筒井少年が映画を観たいがため、父の蔵書を無断で持ち出してはこの古書店に持って来てカネに替えていた事を読んだと話したら、店主は、さもうれしそうな懐かしそうな笑顔で「あれは見事にだまされましたわ!」。
「終戦後で元裕福な人たちは、本をお金に換えるのが恥ずかしいので、子どもに本を売りに来さすんですわ。こういう子らが、当時いっぱいいたんですわ。私はてっきりそういうお子さんだと思い込んでねえ。まさか映画を観るためだなんて・・・そんなんわかってたら、絶対買わへんかったんやけど。
また、それはきちっとした身なりの、礼儀正しい坊ちゃんで、それがまた可愛らしいんですわ! 聞いたら天王寺動物園の園長さんの息子さんだそうで、そういう方でも生活苦しいんやなあ・・・ってまるっきり信じ込んでしもて。
あるときお母さんの着物まで持ってきやはって。そんなん古本屋やのに、どうしてお金にしたらええかわからへんけど、よっぽど困ってはるンやと思って引き取って、気の毒がった母が八方手を尽くしてお金に換えてあげて。
そしたら筒井さんのお母さんがきやはって「着物返してください」っていわはるから、困りましたがな(笑)」
その後、雑誌で『不良少年の映画史』を読み、筒井さんに電話をされたら、ご本人がお店までみえたとか。それ以来、現在まで至るおつきあいで、自著にサインをされて持って来てくださるそうである。
「そやけどあのとき、筒井さんは映画をいっぱい観やはったからこそ、筒井さんの文学の素になったんですわ。あのときにそれだけの映画をみたからこそ、あれだけの作品が書けるんですわ」としみじみと語られる。筒井文学に知らない内に寄与できたことがうれしく、また誇りなのだろう。
店主はサイン本だからとやたら高額で売ったりはしないようだ。サイン本に限らず、ごく良心的な価格を設定されている。本と人(とくに若い人)とを結びつけるのが天職だと思われているのだろう。
山本一力さんとは、先方より「親友になってください」とプロメ[ズをされて以来、ずっと親友なのだそうだ。
田辺聖子さんとも懇意にされており、彼女も自著にサインをされて本を置いていかれるそうなのだ。
「このあいだの文化勲章もらわはった時も、すぐ連絡きましたわ!」と、自分の事のようにうれしげな店主。
「あ、そうや、文化勲章もらわはったんや!」と、いそいそとサイン本の棚を眺めるH氏。「これはねえ、定価か定価以下の値段やさかい、お買い得ですよ~」
H氏は、さっと私を振り向き、「これ、買お! どれがええの?」というので、1冊買っておこうかと「これかなぁ」と指さしている間に、『お買い得』に極端に弱く、しかも子どもの時から大人買いをしていた太っ腹な買い方をするH氏は「全部、買お! ほんで、こういうの好きな人にあげよ! よろこばはるでー! 私がお金出してあげるし」。
出た!! 人にあげるためにする「大人買い」! 大量に購入してがんがんあげちゃうという、短所か長所かよくわからない性格。というわけで、いつものようにあっけにとられそうになりつつも、6、7冊購入する。
焼け跡の闇市の時代から手持ちの岩波文庫を身を切る思いで売ったところからスタートしたらしい青空書房。人間を疑うより信じる事で、ずいぶん騙されたり痛い目にもあったけれど、それでもなおかつ「人生のトータルでいえば、信じた方が『勝ち』でしたね」ときっぱり言い切る店主。儲けは薄いが、商売上だけでは得難い多くの知人を得た人なのである。経済とは無縁のそれは幸せそうな「勝ち組」の好々爺、八十半ば。どうぞ、いつまでもお達者で!

上方を見れば、額に入った色紙が。筒井康隆さんと山本一力さん。後に判ったのだが、この作家さんたちは、店主と親交を温めている方々なのである。そしてもうひとり、先頃文化勲章をうけられた田辺聖子さんも。
店の奥には一目で好々爺とわかるお元気な高齢の店主がおられ、にこやかに出迎えてくださる。H氏が、もう随分前に、この店で筒井康隆のサイン本を買った事、『不良少年の映画史』で筒井少年が映画を観たいがため、父の蔵書を無断で持ち出してはこの古書店に持って来てカネに替えていた事を読んだと話したら、店主は、さもうれしそうな懐かしそうな笑顔で「あれは見事にだまされましたわ!」。
「終戦後で元裕福な人たちは、本をお金に換えるのが恥ずかしいので、子どもに本を売りに来さすんですわ。こういう子らが、当時いっぱいいたんですわ。私はてっきりそういうお子さんだと思い込んでねえ。まさか映画を観るためだなんて・・・そんなんわかってたら、絶対買わへんかったんやけど。
また、それはきちっとした身なりの、礼儀正しい坊ちゃんで、それがまた可愛らしいんですわ! 聞いたら天王寺動物園の園長さんの息子さんだそうで、そういう方でも生活苦しいんやなあ・・・ってまるっきり信じ込んでしもて。
あるときお母さんの着物まで持ってきやはって。そんなん古本屋やのに、どうしてお金にしたらええかわからへんけど、よっぽど困ってはるンやと思って引き取って、気の毒がった母が八方手を尽くしてお金に換えてあげて。
そしたら筒井さんのお母さんがきやはって「着物返してください」っていわはるから、困りましたがな(笑)」
その後、雑誌で『不良少年の映画史』を読み、筒井さんに電話をされたら、ご本人がお店までみえたとか。それ以来、現在まで至るおつきあいで、自著にサインをされて持って来てくださるそうである。
「そやけどあのとき、筒井さんは映画をいっぱい観やはったからこそ、筒井さんの文学の素になったんですわ。あのときにそれだけの映画をみたからこそ、あれだけの作品が書けるんですわ」としみじみと語られる。筒井文学に知らない内に寄与できたことがうれしく、また誇りなのだろう。
店主はサイン本だからとやたら高額で売ったりはしないようだ。サイン本に限らず、ごく良心的な価格を設定されている。本と人(とくに若い人)とを結びつけるのが天職だと思われているのだろう。
山本一力さんとは、先方より「親友になってください」とプロメ[ズをされて以来、ずっと親友なのだそうだ。
田辺聖子さんとも懇意にされており、彼女も自著にサインをされて本を置いていかれるそうなのだ。
「このあいだの文化勲章もらわはった時も、すぐ連絡きましたわ!」と、自分の事のようにうれしげな店主。
「あ、そうや、文化勲章もらわはったんや!」と、いそいそとサイン本の棚を眺めるH氏。「これはねえ、定価か定価以下の値段やさかい、お買い得ですよ~」
H氏は、さっと私を振り向き、「これ、買お! どれがええの?」というので、1冊買っておこうかと「これかなぁ」と指さしている間に、『お買い得』に極端に弱く、しかも子どもの時から大人買いをしていた太っ腹な買い方をするH氏は「全部、買お! ほんで、こういうの好きな人にあげよ! よろこばはるでー! 私がお金出してあげるし」。
出た!! 人にあげるためにする「大人買い」! 大量に購入してがんがんあげちゃうという、短所か長所かよくわからない性格。というわけで、いつものようにあっけにとられそうになりつつも、6、7冊購入する。
焼け跡の闇市の時代から手持ちの岩波文庫を身を切る思いで売ったところからスタートしたらしい青空書房。人間を疑うより信じる事で、ずいぶん騙されたり痛い目にもあったけれど、それでもなおかつ「人生のトータルでいえば、信じた方が『勝ち』でしたね」ときっぱり言い切る店主。儲けは薄いが、商売上だけでは得難い多くの知人を得た人なのである。経済とは無縁のそれは幸せそうな「勝ち組」の好々爺、八十半ば。どうぞ、いつまでもお達者で!

※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます