前列左より根来健一郎助教授、森主一教授、山本孝吉助教授、
後列左より鈴木紀雄助手、堀江正治助手(大津臨湖五十年その歴史と現状)
世界最長の湖底ボーリング
湖底の泥は地球の履歴書でもある。
雨の多い時代には大きな砂礫や樹木などが河川から流れ出て堆積する。
乾燥した時代には、ほとんど堆積しないか、堆積しても細かな砂粒のみである。
したがって、地球の長い歴史を辿ろうと思えば、可能な限り深い場所から堆積物のコアを採取すればよい。
このことに挑戦した日本の研究者がいる。
京都大学琵琶湖古環境実験施設を立ち上げた堀江正治(1926年~2008年)である。
堀江は、1981年に、1422.5メートルという、長大なコアを琵琶湖から採取することに成功した。
コアの下部にあたる約500メートルは無化石泥炭層で、中生代(約2億5100万年前から約6600万年前)もしくは古生代(約5億4200万年前から約2億5100万年前)の基盤岩層であり、その上に910メートルの堆積物が積もっていた。
湖沼におけるこのコアの長さは、未だに破られていない世界記録である。
因みに世界で最も古い湖であるバイカル湖(約3000万年前に海から孤立した)でさえ、湖底から採取された最長のコア長は600メートルに過ぎない。
なぜ、堀江は琵琶湖で世界最長のコアを掘ることができたのだろうか。
京都大学理学部付属大津臨湖実験所(1922年~2001年)の助手をしていた堀江は、早くから琵琶湖において古陸水学の立ち上げを目指していた。
1971年には、200メートルのコアを採取し、琵琶湖における過去50万年間の堆積構造を解析した(堀江 1973)。
これによって(1)地球磁場の逆転層、(2)降水量の変化、(3)炭素・窒素・リンなどの変化、(4)花粉解析による寒暖の変化、(5)古水温の変化、などといった貴重な発見を行った。
これらの研究成果によって、三年ごとに開催される国際陸水学会(SIL)において、1980年に日本人として初めてBaldi講演賞を獲得した。
こうした努力が実を結び巨額の研究費を手にした堀江は、1981年に世界最長のコアを採取することができたのである。
何事も諦めないということが、研究の世界では大切であることを物語っている。
ロマンチストであった堀江は、生涯独身でもあった。
私が京都大学の大学院生であった頃に、研究室にあった電話をかけにやってきた堀江が、私が聞いていた音楽にじっと耳を傾けていたことを思い出す。
それがモーツアルトだったと記憶している。
堀江のおかげで、琵琶湖は世界のひのき舞台に引きずり出された。
そして、これらの研究成果によって、堀江は1986年に学士院賞を受賞したのである。