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ハイーニャ・カーリン 1

2008-02-12 | サンバ
 カーニバルの2週間前、我がサンバチーム、サントスFC応援団のハイーニャ(サンバ・クィーン)のカーリンが病死してしまいました。
 18歳の元気いっぱいで、とっても明るい女の子でした。

 カーニバル前の土曜日の練習があと2回、という日です。私は、練習場に着くと、必ず最初に探すのは、自分のダンスのパートナーである、カーリンです。この日、少し遅れて練習に到着した私は、あれっカーリン、まだ来ていないのかな・・・と探していると、マドリーニャ(打楽器隊の名付け親)が私のところに来て「事故が起きたらしい。カーリンが今日、倒れて、今、ICUに入っているって」

 何とことか、さっぱりわからず、彼女の状態がそんなに悪いとは、信じられず、きっと大丈夫、カーリンならすぐ元気になって回復する、としか思えませんでした。練習が始まる前に、チームの名誉会長が舞台の上で「ハイーニャのカーリンが、今、昏睡状態になっています。みんなで回復を祈りましょう」と涙ながらに話しており、これは、ただことではない、と思い始めました。

 練習中も気が気でなく、いつもお互い、目で合図を送り合っている相手がいないので、平常心ではいられませんでした。

 そしてチームにとって、さらに致命的であったのは、カーリンのお父さんは、バテリア(打楽器隊)の指揮者、メストレであるのです。彼が自分の住んでいる地域から引き連れて来る打楽器隊員は40人もおり、いつもメストレが市バスを借りてきて、彼自身がバスのハンドルを握って40人を連れて来るのです。
 この日の練習には、当然、バスが出せなかったので、彼の地域の打楽器隊員は来ていませんでした。

 100人の打楽器隊員のうち、40人が来れないのでは、カーニバルはもう成立しません。カーリンの自宅は、サンパウロ市内ではなく、バスを乗り継いだら、片道2時間くらいかかるところです。

 練習が終わったとき、今度はチームの副会長が「カーリンは今も昏睡状態です」と言っていました。カーリンの伯父さんは、打楽器隊の控え室の片隅で、目を真っ赤にしていました。これは、もう大変なことになっている、とみんな動揺していました。

 明け方の帰りのバスで、チームの人たちと「カーリンの回復を願っていようね」と言って別れました。

 

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