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沖縄サンバカーニバル、名古屋サンバカーニバルへのオ・ペイシの情熱を語っています。世界一、心のこもったカーニバルを!

ハイーニャ・コンテスト サンバ衣装

2009-03-30 | サンバ
 この話の続きをしばらく書いていませんでした。

 サントスFC応援団のサンバチームで、女王、ハイーニャを選出するコンテストに出場する、と申し込んだものの、当日までに至る準備は、かなり大変でした。
 いわゆるミス・コンテストの衣装は、通常、フォーマル・ドレスと水着だと思うのですが、サンバのコンテストの場合、これに加えて、サンバ衣装があります。
 コンテストに出るような人は、大抵、衣装を何パターンが持っているものなのですが、かさばるものなので、人に譲ってしまったりして、手放してしまった人も多くいます。

 私も大きい衣装は、沖縄サンバカーニバルで日本に帰るときに、なるべく持って帰るようにしているので、コンテストの時期には、1着しか衣装が手元にありませんでした。
 コンテストの舞台監督には、私は日本人なので、着物の衣装がいいのではないか、と言われていました。ちょうど、これは、日本人ブラジル移住100周年のときに夫が作ってくれた着物系の衣装だったので、バッチリだ、と舞台監督に衣装の写真を見せたのですが、一つ大事なことを忘れていました。

 私の衣装は赤と白だったのですが、赤は、サントスFCのライバル、サンパウロFCの色なのです。
 結局、着物系はやめて、テーマの「紙」の発祥地、エジプトにちなんだ、クレオパトラ風の衣装を作ることになりました。
 舞台監督は、予算も顧みず、キジの羽根をたっぷり入れて作りなさい、と言うし、これは大変なことになりました。
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コルチ(王室)の役目

2009-03-23 | サンバ
 去年のカーニバルの練習でのことです。バテリア(打楽器隊)が休憩に入った途端、バテリアの前で踊っていた私とマリーナは、コルチのコーディネーターのレアンドラに呼び出されました。

 また何を怒られるかな、と思いきや、ガツーンと一声。

 「あなたたち二人は、バテリアのコルチの役目を全然、果たしていない。ただ踊っているだけじゃ、だめなんだよ。バテリアとコミュニケーションを図りながら踊らないと。バテリアを引き連れるつもりで踊らなくちゃ」
 
 厳しい言葉にドキリ。でも、言われていることは確かに当たっています。

 休憩後、彼女がバテリアの前に入って、見本をみせてくれました。バテリアが前進する箇所では、いかにも彼女の指示でバテリア全体が動いているかのように見えました。
 
 ですが、自分がバテリアとコミュニケーションを図りながら踊る、というのは、なかなか簡単にできるものではありません。特にこのチームでは、私は客人的な立場なので、どうしても、踊らせてもらっている、という気持ちが先に出てしまい、自分が率先して引っ張っていく、ということが実行できません。

 本番の会場、アニェンビーでの予行練習では、彼女にさらに、実践で役に立つことを教えてもらい、それが後々、随分、自分の支えとなりました。また機会を改めて書きたいと思います。
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アハスタォン 集団強盗

2009-03-15 | ブラジル
 アハスタォンといっても、沖縄サンバカーニバルに助っ人出場してくれている東京のサンバチームのことでは、ありません。最近、サンパウロ市内で、よく発生している集団強盗のことです。

 先週土曜日の夜、市内2カ所のマンションにアハスタォンが入りました。手当たり次第、各戸に入り、現金や宝石などを奪っていくのです。
 
 そのうち1つは、日本人駐在員が多く住む、パライーゾ地区の高級マンション。11人もの武装強盗が入り、住民を人質にして、1つ目の部屋に入りました。
 幸いガードマンが即、アラームを押すことができ、警察がすぐに駆けつけたのですが、暗いマンションの周囲で、強盗と警察が撃ち合いになりました。

 私は報道の仕方に非常に驚いたのですが、テレビも新聞も、11人中9人をその場で即、逮捕した警官のヒーロー物語にしていました。
 また1人目の人質になった男性も「相手はプロの強盗だが、自分はプロの人質だ」と冷静に強盗の要求に応えたことを自慢気に語っているのです。
 
 サンパウロは、こんな恐ろしい事件が1晩に2件も起きる町である、ということが論点ではなく、強盗をすばやく適切に対処した、めでたい話になっていました。
 
 一歩間違えば、アパート全室、強盗の被害にあっており、まったくもって恐ろしいことだと思うのですが、近所の人たちも、このドンパチをビデオ撮影したり、逮捕劇に拍手を送ったりしていました。

 治安は最悪である、ということを大前提にみんな生活しているんでしょうね。
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サンバの女王 ナニ6 打楽器隊の前

2009-03-08 | サンバ
 カーニバル前は、忙しくて書くことができなかった舞台裏の話をひとつ。
 どのサンバチームも最も注目度の高いダンサーが踊る場所は、バテリア(打楽器隊)の前、と相場が決まっています。今年の優勝チーム、モシダージ・アレグレは、この場所をめぐって一騒動ありました。

 モシダージのハイーニャ・ダ・バテリア(打楽器隊のサンバの女王)は、我がオ・ペイシのダンス講師も務めるナニです。ですが、今年、彼女はカーニバルの2カ月前に出産。大きなお腹をかかえながらも妊娠9カ月まで、バテリアの前で踊っており、ショーでは、今年のテーマである「心臓」の鼓動に合わせて、美しく張りのあるお腹を強調した踊りをしていました。

 出産1カ月後、ナニはバテリアの前に戻ってきました。ハイーニャ・ミリン(子供)の女の子と揃いの振り付けを練習しており、やっぱりバテリアの前には、ナニがいないと・・・とメンバー一同思っていました。

 ですが、1回目のエンサイオ・テクニコ(予行練習)の日に、ナニの姿はありませんでした。赤ちゃんが小さいから無理もない、とも思ったのですが、2回目のエンサイオ・テクニコにも来ていませんでした。どうしてしまったのか。

 この頃から、チーム内で色々な噂が飛び交いました。
「出産後、体重が減らなくて、ハイーニャはクビになったのでは」「痩身手術をして、踊れないのでは」。「○○さんが代わりにバテリアの前に行くらしいよ」
ネットでも色々な憶測が一人歩きしていました。本番通りのリハーサル、エンサイオ・テクニコはあと1回を残すのみだというのに・・・。
(続く)
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優勝パレード

2009-03-03 | サンバ
 先週末は、サンパウロのカーニバルの優勝パレードに出場してきました。
 1部リーグ、グルッポ・エスペシャウの14チーム中5チームまでしか、この優勝パレードに出場することはできないので、これは、大変名誉なことです。

 モシダージ・アレグレはこのところずっと上位なので、ここ数年は当たり前のように優勝パレードに出ていますが、このパレードと無縁の年もありました。

 午前4時が私たち1位の出場時間だったのですが、みんなリラックス気分でやっているパレードなので、どんどん遅れていき、モシダージがゴールに入る頃は、すっかり朝になっていました。

 2009年のサンパウロのカーニバルは、これでおしまい。毎週の練習がなくなるとさみしい気がしますが、永遠に練習だけが続いても困ります。

 次は沖縄サンバカーニバルの準備です。

 
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カーニバル 結果発表

2009-03-01 | サンバ
 金曜日 「ペルーシ」 パレード
 土曜日 「モシダージ・アレグレ」 パレード
 日曜日 休み 衣装制作
 月曜日 「トルシーダ・ジョーベン・ド・サントス」 パレード
 火曜日 サンパウロ 結果発表→優勝フェスタ
 水曜日 リオ 結果発表
 木曜日 サンパウロ グルッポ1 結果発表
 金曜日 優勝パレード

 カーニバルはリオのグルッポ・エスペシャウ(1部リーグ)の発表をもって終わり、とされていて、木曜日からは、みんな仕事にもどり、いつもの毎日が始まります。
 ですが、私たち下部リーグのチームに出場している者にとっては、木曜日の結果発表は来年のカーニバルのリーグが決まる運命の日です。
 
 発表は、パレード会場 アニェンビーで午前10時から。平日でも、各チーム、横断幕におそろいのチームのTシャツで駆けつけていました。我々のチームは、母体がサッカーの応援団だけあり、点数が発表される前から、元気のいい兄ちゃんたちが、飛び跳ね、歌いながら応援しています。
 すぐ隣では、強力、コリンチャンスFCの応援団のサンバチーム、「カミーザ12」がさらに熱狂していました。

 いよいよ得点の発表です。夫は、前の晩に作った得点表に次々に点数を書き入れていきます。12チーム 審査項目9つ 審査員3人 全部で324個の点数が続々と発表されます。しかし、テレビの実況中継はないので、自分でその場で集計しなければ、自分のチームが現在何位なのか、把握することは不可能です。

 夫が得点表に点数を書き入れ、私はその横で電卓で合計点をはじいていきました。周囲には、チームの順位を心配しているメンバーが得点表をのぞきこんでいます。「早く足し算して!」とせかされるのですが、気持ちが焦って電卓のボタンを押し損ねてしまいます。

 私は顔を上げる暇もなく、ただひたすら、電卓をはじいていました。「落ち着け!」とグァラナを差し入れてくれる、昔からの作曲メンバーもいました。

 みんなが心配していたポルタ・バンデイラ&メストレ・サラ(旗持ちカップル)の得点は、12チームの中で最下位でした。ですが、コミサン・ジ・フレンチは30点満点で最高点。バテリア(打楽器隊)は30点は取れませんでしたが、大きな失点はありませんでした。

 結果、トルシーダ・ジョーベンは、12位中5位。初めて、このカデゴリーに上がったわりには、上出来でした。上位ではありませんが、このカデゴリーから落ちない、ということが大切です。

 落ちれば再び、郊外でのパレード。ジョーベンは、来年もサンバのメイン会場、アニェンビーでパレードできることが約束されました。落ちなかったことに、みんな安心をして、それぞれ、仕事へと向かいました。
 
 
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