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沖縄サンバカーニバル、名古屋サンバカーニバルへのオ・ペイシの情熱を語っています。世界一、心のこもったカーニバルを!

i今こそカーニバル

2007-08-28 | サンバ
 東京の浅草サンバカーニバルが終わり、日本のサンビスタの多くの方々は一息ついていることと思います。
 ここサンパウロでも、今、まさにカーニバル、といったところです。

 というのも、2月に行うカーニバルの選曲会が今、各チームで行われているのですが、曲作りをしている人たちにとっては、本番のカーニバルよりも、この選曲会の方がずっと重要なのです。

 私も今年は、この選曲会の当事者となり、まだかじり始めたばかりのミソっ子なのですが、この選曲会がどれだけ大変で、みんながどれだけこれに命をかけているかが、じわじわとわかり始めてきました。

 知り合いの歌手は、4チーム掛け持ちしながら、各チームに曲を出し、歌っています。カーニバル当日の楽しさとはまた違い、熱血サンビスタにとって、今は、たまらなく面白い時期です。

 
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サンバ選曲会 テーマは日本

2007-08-12 | サンバ
 サンパウロのサンバチーム、ビラ・マリアの来年のサンバの選曲会に先日行って来ました。ビラ・マリアの来年のテーマは、「日本人ブラジル移住 100周年」とあり、クアドラ(練習場)のあちらこちらには日本国旗が飾られ、主要メンバーの多くは、赤い鳥居とブラジル国旗をデザインしたTシャツを着ていました。

 候補曲の26曲が次々に発表され、歌詞によく耳を傾けると、「♪笠戸丸(1908年6月、移民第一号を乗せた船の名前)に夢を乗せて乗船した」「♪綿作りの成功」と日本人移住者を称える歌詞が散りばめられており、一日本人としてジーンとくるものがありました。
 他にも「♪書道」「♪盆栽」「♪相撲」といった結構マニアックな日本文化も歌詞に入っており、楽しく聞かせてもらいました。

 実は私は、このビラ・マリアで、2000年と2001年には、アーラ(サンバの一集団)の前で踊るパシスタ(フリーダンサー)として、2002年には、バテリアの前で「MADE IN JAPAN」
というファイシャ(たすき)をもらい出場させてもらいました。
 当時のビラ・マリアの会長と副会長が、X9のサンバクィーンコンテストに私が出場しているのを見て、「うちのチームでも出ないか」とありがたいことに誘ってくれたのです。

 2000年、私がこのチームで初めて出場した年は、ビラ・マリアはまだクアドラもなく、路上で練習しており、雨が降ると練習は出来ませんでした。カテゴリーもグループ2で、観客がほとんどいない会場でパレードをしていました。それが、どんどん勝ち進んでいき、一部リーグに入り、今年はモシダージに続き、なんと2位まで昇りつめました。今では、サンパウロ一の設備と面積を誇るクアドラになっています。

 ビラ・マリアが日本をテーマにパレードをするとなると、日本人のサンビスタとしては、やはり出たくなります。サンバの審査会に行くとその思いは余計に強くなってしまいます。しかし実際、遠くまで練習に行けるか、自分の体力が持つか、と思うと冷静に考えなければなりません。
 
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サンバの女王 ナニ ④

2007-08-07 | サンバ
 テレビのトーク番組で、サンビスタ(サンバをする人)の心にしみる言葉を語った我がサンバチームの女王、ナニ。同じ番組で、物好きな日本人サンバ一家として紹介された私たちとは、まるで風格が違っていました。

 いよいよ結果発表の日が来ました。前評判のよかったサンバチームには、メンバーが集まり、テレビの生放送の審査結果をクアドラ(練習場)で見入るのです。我モシダージは、みんな口には出さないものの、ハイーニャ(女王)がパレード中に大やけどを負うという大惨事を起こしているだけに、優勝はもう無理だとあきらめていました。

 我が家では、審査結果はクアドラではなく、連日のパレードの疲れをとりながら自宅のテレビで見る、というのが恒例になっています。この年も、寝転がりながら各チームの点数が審査項目ごとに順番に読み上げられていくのを半分眠りながら見ていました。
 
 モシダージのクアドラにも中継のテレビカメラが駆けつけており、発表を見守る人たちの中には、手に包帯をしたナニの姿もありました。

 審査結果を見に外に出歩けるほどになったのだ、と彼女の姿をテレビで見て安心した人は多かったはずです。

 意外にもモシダージの結果は好調で、「デーズ!」(10点)「デーズ!」という10点満点の得点が読み上げられていました。モシダージ優勝か! というところまで来ました。あんな大惨事があっても優勝できるなんて、これはすごい、と私もいつのまにか、飛び起きてテレビの前に食いついていました。

 しかし「躍動感」という審査項目で、10点満点をとることができず、モシダージは1位と2位に僅差で3位になってしまいました。3位でもすごい栄誉です。ですが、サンバの世界では、1位でなければ意味がないのです。

 テレビ画面には、惜しくも3位となったモシダージに再び中継が入り、ナニがインタビューされていました。

 「デーズ、デーズ、デーズと10点が続いて、モシダージが優勝できると思ったのに・・・」とナニがコメントしながら、泣き崩れていく姿が映っていました。
 あの事故がなければ、優勝だったかもしれない。彼女の思いが、痛いほど伝わってきました。

 ですが、ナニは、ここでくじけるハイーニャではないのです。

 (この続きは、後日またブログに書きます。)

 

 
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