chuo1976

心のたねを言の葉として

志村ふくみ『色を奏でる』

2012-03-16 03:23:45 | 文学
志村ふくみ『色を奏でる』






「緑と紫はけっしてパレットの上でまぜるな」とドラクロワは警告したという。

 緑と紫は補色にちかい色彩だが、補色どうしの色を交ぜると、ねむい灰色調になってしまう。この二色を隣り合わせに並べると、「視覚混合」の作用で、美しい真珠母色の輝きを得る、と。これは岡鹿之助先生の『フランスへの献花』という本のなかに書いてある言葉である。ちょうどモザイクのように、異なった色を隣り合わせに描いてゆき、少し距離をおいて眺めてみると、その二つの色はいきいきと輝いてみえる。

 私の織物の場合もまったく同じことが言える。織物はこの原理が、幸か不幸か織の仕組み上、必然のこととしておこなわれる。糸と糸は、絵の具のようにパレットの上で色を交ぜることができないからである。仕方なく、緑のとなりに紫を入れる。

 あるとき、赤と青の糸を交互に濃淡で入れていった着物をみて、美しい紫ですねといった人があった。紫はひと色も入っていないのですよ、と言うと、その人は不思議そうであったが、それが補色の特徴であり、「視覚混合」の原理であったのである。

 そのように仕事から教えられて納得することは、自分の身について一生離れないものであるばかりでなく、そのことを媒体として次の仕事への架橋となる。私が色の生態ともいうべき原理を教えられたのは、色の法則の根本は、色と色を交ぜない、あるいは交ぜられない、という織の原則からであった。

  
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