どのような状況でも人間は生きていくのだ 関川宗英
『ぼくの村は戦場だった』 (山本美香 2006年 マガジンハウス)
2000年3月、チェチェン。ディーマという少年が語る。彼のお母さんは庭に出たとき、ロシアの戦闘機から爆撃を受けた。お母さんは口から血を出し、脳みそも出ていたという。
お母さんは意識がないのに何か言っていた。僕たちは泣いていた。お母さんのことは大丈夫よって、そばにいた人が言ったけど。でも、死んじゃった…。お母さんの頭には、穴が開いていた。おばあさんが掃除したけど、猫が寄ってきて飛び散った血をなめたんだ。犬も寄ってきて、落ちていた脳を食べた。(第3章 ロシア連邦 チェチェン共和国)
戦場の凄惨な話は、本を読んでいられないくらいショッキングなものばかりだ。
東アフリカのウガンダ。反政府組織「LRA」は村を襲い、住民虐殺、食料を略奪する。そして、子どもたちを拉致していく。
ゲリラが子どもたちを誘拐するときには、誘拐した子どもに、その場で自分の親や兄弟を殺害させて連れ去ることもある。LRAから逃げ出さないように犯罪に手を染めさせ、二度と家族の元に帰ることができないようにするのだ。
ある少年は吐き気を催すような体験を告白した。
「ゲリラは、殺害したい村びとを、見ていた子どもたちに食べさせるんだ」(第2章 ウガンダ共和国)
ウガンダの子どもたちの話も聞くに堪えないものだ。LRAは誘拐された子どもたちを、兵士として、女の子はコマンダー(野戦司令官)の妻として戦場を連れまわす。
しかし、そんなゲリラに誘拐された子どもたちを、救おうと活動している人たちもいる。NGOグスコ(子どもたちを支援するセンター)の人たちだ。
目の前で親を殺された恐怖の瞬間は、フラッシュバックとなって何年たった後でも子どもを襲うという。あるいは、ショックのあまりその記憶がすっぽり抜け落ちている子もいる。子どもたちの心を安定させることがまず求められる。そのために最初に行われるのは、着ていた服を着替えさせ、その服を燃やすことだ。血の匂いがこびりつき、死臭が染みついている服を焼くことで、過去の忌まわしい体験を断ち切り、新しい自分に生まれ変わる。そして、NGOのスタッフは心の傷を癒すリハビリを始める。一年以上の治療を受けなければ、子どもたちは社会復帰できないという。
2006年11月出版のこの本には、「これまでに拉致された子どもは2万人以上、避難民は160万人にのぼっている」とある。NGOグスコの人たちの取り組みで、すぐにウガンダが変わるわけではない。しかし彼らの取り組みは、ウガンダの将来をつくろうとする地道な活動と言えるだろう。(ただ、「第2章 ウガンダ共和国」のラスト、2005年秋にLRAにNGOが襲われたとある。それがNGOグスコのことなのか、はっきりとは書かれていない。)
一方、内戦下、犠牲者となった無名の人々を記録に留めようとする人たちもいた。
コソボでは、行方不明となり村の郊外で遺体となって発見されるアルバニア人が沢山いるという。
11月に入ってからの2週間で1400人のアルバニア人が行方不明となり、そのうち200人が遺体で発見された(第4章 コソボ自治州)
セルビア人とアルバニア人の対立が続くコソボ。内紛の渦中、犠牲者のリストを作っているのがコソボ人権委員会の人たちだ。犠牲者となった人の名前、出身地、年齢、遺体となって発見された日付、場所、それらをデータ化する。将来の歴史的な検証にそなえているという。
銃を取って敵対勢力に対抗するわけではないが、コソボ人権員会の人たちの活動も、未来の国づくりへ向けたものといえる。歴史の闇に葬り去られようとした人を、将来誰かが拾ってくれるかもしれない。
この本が出版されてから2年後の今日、2008年2月17日にコソボ議会は独立を宣言し、コソボ共和国を名乗る。コソボ人権委員会の人たちのような活動の積み重ねが、コソボの独立へ歩みを進めていったのだろう。
コソボ独立宣言から4年後の2012年、山本美香はシリアで銃弾に倒れてしまうが、彼女のようなジャーナリストの活動が平和を願う人々に勇気を与えたに違いない。
銃撃の中逃げ惑う人、内戦の終結に向けて努力する人。
内戦下溢れる避難民、その避難民に食料を配る人。
親を殺された子ども、足を失った少年、希望を持って前に進もうとする沢山の人たち。
山本美香のレポートは、戦場の人たちの絶望と希望を伝える。
爆撃で瓦礫の山となったような街の地下室で、わずかな食料を持ち寄って生きている人。
戦火が少しでも沈静化すれば、化粧をして街に出てくる娘たち。
内紛が収まった地域で大学が再開されれば、すぐさま授業を受けに来る学生もいた。
山本美香は、戦場でたくましく生きている人たちの、その生活の小さな一コマを伝えてくれる。
山本美香は書いている。
戦場では、絶えず、銃弾の雨が降っているわけではない。
信じられないほど激しかった戦闘がパタリと止み、静寂があたりを包むこともある。
その隙を見逃さず、田畑を耕し、食事をつくり、家族を養うたくましい人々の姿がある。
どのような状況でも人間は生きていくのだ、と勇気をもらってばかりだ。
(本書「はじめに」)
戦場で生きる人々の、将来の夢や、愛情あふれる家族の姿に触れるとき、ほっとした気持ちになれる。
2006年ごろの本だが、山本美香の言葉は2021年の今も多くのことを教えてくれる。