chuo1976

心のたねを言の葉として

「夕方の三十分」    黒田三郎

2020-12-13 04:35:00 | 文学

 「夕方の三十分」    黒田三郎

 

 

 コンロから御飯をおろす

 卵を割ってかきまぜる

 合間にウィスキイをひと口飲む

 折紙で赤い鶴を折る

 ネギを切る

 一畳に足りない台所につっ立ったままで

 夕方の三十分

 僕は腕のいい女中で

 酒飲みで

 オトーチャマ

 小さなユリの御機嫌とりまで

 いっぺんにやらなきゃならん

 半日他人の家で暮らしたので

 小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う

 

 「ホンヨンデェ オトーチャマ」

 「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」

 「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」

 卵焼をかえそうと

 一心不乱のところに

 あわててユリが駈けこんでくる

 「オシッコデルノー オトーチャマ」

 

 だんだん僕は不機嫌になってくる

 味の素をひとさじ

 フライパンをひとゆすり

 ウィスキイをがぶりとひと口

 だんだん小さなユリも不機嫌になってくる

 「ハヤクココキッテヨォ オトー」

 「ハヤクー」 

 

  癇癪もちの親爺が怒鳴る

 「自分でしなさい 自分でェ」

 癇癪もちの娘がやりかえす

 「ヨッパライ グズ ジジイ」

 親爺が怒って娘のお尻を叩く

 小さなユリが泣く

 大きな大きな声で泣く

 

 それから

 やがて

 しずかで美しい時間が

 やってくる

 親爺は素直にやさしくなる

 小さなユリも素直にやさしくなる

 食卓に向かい合ってふたり坐る

    (詩集『小さなユリと』昭森社・1960年刊)

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