小児漢方探求

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

「和漢診療学」(寺澤捷年 著)

2016年09月04日 14時03分43秒 | 漢方
岩波新書、2015年発行



漢方界の大御所(韓国ドラマ『チャングムの誓い』の日本語版監修も手がけました)による入門書・啓蒙書です。
昨今はやりの、漢方医学の小難しい概念を省略して西洋医学の言葉で漢方を語ろう、という類いの書物とは一線を画し、彼の提唱した「気血水スコア」をはじめ、漢方医学の基礎から説き起こしています。
そして、彼の目指した「漢方医学と西洋医学の融合による新しい医学」を説く良書でもあります。

西洋医学は科学的思考(分解的な思考)を採用し、漢方医学は「全体性」の中で考える(構造主義)。
西欧医学では診断名が着かない・検査で異常がないと治療薬が決まらないが、漢方医学では『証』が決まれば治療可能である。
西洋医学では専門家が細分化され、例えば耳鼻科では目の症状を訴えてはいけないと患者さんは考えがち。
しかし漢方医学では「困っている全てのこと」を訴えてよい、医師は全てを受け入れ、体の歪みを正すという視点で治療を考え、全ての症状を改善できる可能性がある。
診療に漢方医学的視点を導入することにより、患者さんのQOLがさらに上がる可能性を指摘しています。

薬剤に関して、単一成分に精製した西洋医学と複数の生薬の組み合わせの漢方医学の違いを、「その根本は一神教の世界と多神教の世界との相違によるものではないか」と考察している下りも面白い。

漢方の証を科学的(西洋医学的)に解明した実績も紹介されています;
・「胸脇苦満」は「横隔膜の異常緊張」によるもの
・「心下痞硬」は「延髄と脊髄の二つの反射回路」によるもの
・「瘀血」の患者さんの眼底微小血管を観察すると、赤血球の塊を形成して文字通りドロドロとして流速が低下し、駆瘀血剤で改善すること
等々。
興味深く拝読しました。

<メモ> ・・・気になった箇所の覚え書き

・偏頭痛の西洋医学治療
 予防薬としてカルシウム拮抗薬(ミグシス®等)、ひどい発作を起こしたときはトリプタン製剤(アマージ®等)の頓服が有効とされるが、このような治療で偏頭痛が治まる人は70%、偏頭痛そのものから解放される人は半数以下。

健康な人では額と足先の温度差は2℃以内。

「虚弱体質」は添付文書の効能・効果に不適切?
 ・・・WHOの国際疾病分類に「弱質」(debility)があることがわかり用いてよいという結論になった。

過敏性腸症候群には桂枝加芍薬湯
 この方剤を便秘の時に服用すると便通があり、下痢の時に服用すると下痢が止まる。つまり、この薬は下剤でも下痢止めでもなく、腸の運動リズムの調整剤である。
 この方剤に膠飴(餅米を蒸して麦芽で糖化させた飴)を加えた方剤は小建中湯。この麦芽糖は腸内細菌に作用すると推測され、腸内ガスの異常な発生を減らす。

・医学教育の新カリキュラムに漢方医学が導入されたのは2001年。薬学教育の新カリキュラムにも2002年に導入された。

・漢方医学は血液検査やレントゲン写真などが存在しない時代の医術であり、人間の五感を研ぎ澄まして患者さんの心と体を「全体性」の視点で詳細に観察し、そうして捉えた心身の歪みを治す具体策も書き残してくれている。

麻黄湯は「発熱促進剤」
 インフルエンザの時に高熱が出るのは、血液中のプロテアーゼ(たんぱく分解酵素)や、ウイルスを食べて消化するマクロファージんどの働きを高めるためであるが、麻黄湯はこの発熱が十分でないときに最適な体温にまで温度を上昇させる。そして目標とする体温を維持し、闘いに勝利した時点で、発刊による成散熱によって放熱し、体温を平常に戻す。

胸脇苦満は横隔膜の異常緊張である。
 胸脇苦満は肩甲骨にある棘下筋のしこり(硬結)に鍼を刺してゆるめると消えてしまう。
 棘下筋と横隔膜の支配神経は第五髄節が共通している。
 胸脇苦満のある人では呼吸機能に異常が出て、棘下筋に鍼を刺すと改善する。具体的には肺活量が増える。
 さらに、人間の情動(喜怒哀楽)に関係する大脳辺縁系からの交感神経の刺激信号が、このサインの発現に関与する。

小建中湯の証
 太陰病期、脾胃の虚弱、腹直筋緊張がピーンと緊張している(腹皮攣急)或いは軟弱
 心下痞硬を表すことはなく、胃のもたれなどの上腹部の症状は伴わない

香蘇散と半夏厚朴湯の使い分け(花輪壽彦Dr.による)
 香蘇散が効く患者さんは訴える症状が曖昧で、自分でその不調をなんと表現してよいのかわからない
 半夏厚朴湯が効く患者さんはメモ用紙に細々と不調を列記してくる

五臓論:西洋医学の臓器名と概念が異なり、相互制御メカニズムの概念が特徴的
臓器)ー(役割)ー(失調状態

肝臓)ー(精神活動を安定化、新陳代謝、血を貯蔵し全身に栄養を供給、骨格筋の緊張度をコントロール)ー(精神が不安定となり怒りやすくなる、栄養状態悪化、筋肉がこわばり肩こりや痙攣を起こす

心臓)ー(意識水準を保つ、喜びの感情をコントロール、睡眠・覚醒リズムを調整、血を循環)ー(湿疹、不眠、動悸、口内炎
   
脾臓)ー(食物を消化吸収、気の量を増す、こだわりの感情をコントロール、血の流通をなめらかにして血管から漏れ出るのを防ぐ、骨格筋の量を保つ)ー(些細なことにこだわって思い悩む、皮膚に皮下出血が起こる、筋力が低下

肺臓)ー(呼吸により外界からの流動的エネルギー(気)を取り込む、憂いの感情をコントロール、皮膚の健全性を保ち外界からの侵入を防ぐ)ー(憂鬱な気分をもたらす、鼻炎/感冒に罹りやすくなる

腎臓)ー(成長と発育、成人では生殖能力を維持する、水分代謝を行う、骨と歯を健全に保つ、恐怖感をコントロール)ー(不安感が起こりやすくなる、骨折や歯の不具合、成人男子においては勃起不全

・・・喜怒哀楽の感情のコントロールがそれぞれの臓器に割り当てられているのが不思議というか興味深いですね。怒りは肝臓、喜びは心臓、こだわりは脾臓、憂いは肺臓、恐怖感は腎臓・・・といわれてもやっぱりピンときません(^^;)。
 筋肉に関しては、緊張をコントロールするのは肝臓、筋肉量を保つのは脾臓。
 皮膚に関しては、皮下出血を起こさないのは脾臓の役割、皮膚の健全性を保ち外界からの侵入を防ぐのは肺臓。


舌診のポイント
 舌の色が紫色→ 瘀血
 舌裏静脈が太く腫れている→ 瘀血
 舌苔が暑く黄色を帯びる→ 胃の不具合
 舌苔の乾燥→ 体内に熱が籠もっているとき、体内の水(津液)が減少しているとき
 後咽頭壁の乾燥→ 体液不足(津液枯燥)

聞診のポイント ・・・聞診は耳で聞くのではなく、嗅覚による情報収集である
 口臭→ 胃に熱を持っている
 汗が臭う→ 体内部に熱を持っている
 便のニオイがきつい→ 陽の状態

問診のポイント
 西洋医学の診断にはまったく役立たない「つまらない」訴えが、漢方医学では非常に重要である。
 「疲れてやる気が出ない」という訴えへの対応は、
 (西洋医学的)「歳のせいですよ」「血液検査では異常がなく心配要りませんよ」と半分無視
 (漢方医学的)気虚の病態かもしれない、と目を輝かせる

脈診のポイント
 脈拍数:1分間に80以上を「数脈」(さくみゃく)、60以下を「遅脈」
 脈の力:充実したものを「実脈」、弱々しいものを「虚脈」(弱脈)
 脈の太さ:太いものを「大脈」、細いものを「細脈」(さいみゃく)
 脈の伝わる速さ:あてがった三本の指に順次触れてくるような脈が「渋脈」で陰を示し、素速く伝わる脈を「滑脈」と呼び、体の内部に熱のマグマがたまっている
 血管の緊張度:異常にピーンと張っている脈を「弦脈」(弓の弦に触れるようだという意味)、緊張が極端に強いものを「緊脈」、その反対を「緩脈」(?)
(例)麻黄湯は「浮・数・実」、桂枝湯は「浮・数・虚」、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は「虚・細・緊」

腹診のポイント
「心下痞硬」→ 陽の状態であれば三黄瀉心湯、半夏瀉心湯、陰の状態であれば人参湯や呉茱萸湯の証
※ 心下痞硬を認める患者さんでは傍脊柱筋(背骨に沿った筋肉)にしこりを認めることが多く、このような場合は鍼治療が有効である。
「心下支結」(胸骨剣状突起と臍の中間点を指先で押すと痛むもの)→ 柴胡桂枝湯
「腹直筋緊張」→ 陽の状態であれば胸脇苦満を伴うことが多く四逆散の証、陰の状態であれば小建中湯/黄耆建中湯/当帰建中湯

甘草の副作用「偽性アルドステロン症」
 漢方エキス製剤を服用して3-4週後に現れることが多い副作用(体がむくみ、血圧が高くなり、血液中のカリウムが低くなる)。
 アルドステロンというホルモンが高いときに揃う所見だが、測定しても高くなっていないので「偽性」と呼ぶ。
 これは甘草という生薬の中のグリチルリチンが原因である。グリチルリチンは腸内細菌により代謝されるが、ある種の腸内細菌を持つ人では、その代謝物が体内に蓄積されてしまい、これがアルドステロンに似た作用を持つので、この副作用が現れる。

田代三喜と曲直瀬道三と吉益東洞
 室町時代の最先端医学は、明に留学した医師達によってリードされた(それ以前は禅僧が担っていた)。室町中期に明に留学した田代三喜(1465-1537)は帰朝後に足利学校(当時の関東地方における最高レベルの教育学府)で医学教育に従事したが、ここに学んだのが曲直瀬道三(1507-94)であり、息子の玄朔(1549-1631)とともに江戸時代の医学会の本流を作った。
 しかし陰陽五行論を中心とした考え方は、江戸時代に流行した梅毒の治療に立ち向かえず、この曲直瀬道三流の医学に疑問を持つ医師達が現れ、『傷寒論』に回帰しようというルネッサンス運動が起こった。その急先鋒が吉益東洞(1702-73)である。彼の業績は日本漢方の特徴である「方証相対論」を確立したことにあり、医学の既成概念をキャンセルした点ではオランダ医学の導入を容易にした点も評価できる。事実、彼の孫弟子である華岡青洲(1760-1835)は西洋外科学を学び世界初の全身麻酔による乳がん手術に成功した。

近代日本漢方の潮流
吉益東洞・・・・・奥田謙蔵→ 藤平健、小倉重成、和田正系(まさつぐ、和田啓十郎の長男)→ 寺澤捷年
浅田宗伯・・・・・細野史郎→ 坂口弘(娘婿)、細野八郎(長男)
大塚敬節→ 山田光胤(てるたね、娘婿)、大塚康男(長男)、寺師睦宗(ぼくそう)、松田邦夫
※ 北里研究所東洋医学総合研究所の歴代所長
1.大塚敬節
2.矢数道明
3.大塚康男


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