アトピー性皮膚炎に対する漢方薬について調べていたら、中医学の壁に突き当たりました。
しかし総論の本を読んでも専門用語の羅列でなかなか頭に入ってこない・・・そんなときにこの文章に出会いました。
20年前の論文ですが、全然古くありません。
ここが西洋医学の論文と異なるところですね。
■ 「ー総説ー皮膚疾患の漢方治療総論 ー中医学理論を基礎としてー」
高橋邦明(皮膚・第39巻・第1号・1997年2月)
漢方理論を中医学を中心に解説したダイジェスト版です。
その中から私がポイントと感じた箇所を抜粋させていただき、メモに残しました。
日本漢方と中医学の違いは虚実の概念が有名です。
しかし中医学ではもう一つ、陰陽の概念で混乱させられ、煙に巻かれがちな私。
それから、日本漢方の六病位と中医学の温病論もどうリンクさせてよいのか、悩まされます。
この文章を読んで、少し整理ができました。
<ポイント>
【八綱弁証における混乱】
□ 中医学における体の構成概念:気・血・津液・精
・正気 = 陽気(気)+ 陰液(血・津液・精)
※ 精は腎精とも呼ばれます。
□ 虚と寒熱の複雑な関係
・虚証=正気(陽気+陰液)の不足
・気虚→ 進行して+寒証→ 陽虚
・血虚→ 進行して+熱証→ 陰虚
・虚証に伴う寒証=虚寒(陽虚に伴う)
・虚証に伴う熱証=虚熱(陰虚に伴う)
何となく、陽虚と虚熱、陰虚と虚寒を結びつけてしまいがちですが、正しくは「陽虚は虚寒、陰虚は虚熱と関係が深い」のです。
□ 3種類ある寒と熱
・寒証;
① 陽虚に伴う虚寒
② 寒邪による実寒その1 -表寒
③ 寒邪に伴う実感その2 -裏寒
・熱証;
① 陰虚に伴う虚熱
② 熱邪による実熱その1 -表熱
③ 熱邪による実熱その2 -裏熱
□ 陰陽のイメージと矛盾:
① 裏・寒・虚証を陰証
② 表・熱・実証を陽証
あれ? いままで「陽虚に伴う虚寒」「陰虚に伴う虚熱」という結びつきだったのに、ここでいきなり「寒は陰証、熱は陽証」とどんでん返し! これはまいった・・・。
虚証の時だけ「陰虚の陰は陰証ではなく陰液」「陽虚の陽は陽証ではなく陽気」を指すらしい。まことに紛らわしい。
その他にも混乱の種になる陰陽の概念が・・・
□ 病邪を表す陰邪と陽邪;
・陰邪:陰証を呈する病邪
・陽邪:陽証を呈する病邪
□ 六経弁証では陽病と陰病という表現があります;
・陰病:太陰病・少陰病・厥陰病の3つ
・陽病:太陽病・少陽病・陽明病の3つ
う〜ん、虚証の時の表現以外はイメージ通りということが判明しました。
もう一つ例があります。
□ 腎虚の概念(精=腎精);
・腎精虚と腎気虚をまとめて腎虚という。
・腎精虚に熱証が加われば腎陰虚で、腎気虚に寒証が加われば腎陽虚
【日本漢方の六病位と中医学の温病論】
・外感熱病は、感染症を含む急性発熱性疾患の総称である。
・このうち熱感よりも悪寒の強いものを傷寒、悪寒よりも熱感の強いものを温病という。
・これらの病態を認識する場合に「傷寒論」だけでも、また「温病学」だけでも不十分である。
・すなわち、傷寒の陽明病・少陽病と温病の気分病は共通するが、「傷寒論」には営分病・血分病に相当する病態の弁証がほとんどなく,「温病学」には傷寒の陰病に相当する病態の弁証があまりみられない。
・したがって、外感病の弁証論治においては、少なくとも両者について理解しておく必要がある。
□ 六病位(六経弁証)・・・主に寒邪
太陽病→ 少陽病→ 陽明病→ 太陰病→ 少陰病→ 厥陰病
□ 温病論(衛気営血弁証)・・・主に熱邪
衛分病→ 気分病→ 営分病→ 血分病
【皮膚疾患の漢方治療】
□ 皮膚疾患と証
同じような外因が加わって湿疹病変を生ずる場合でも、体内に水分の多い乳児では、湿潤性の皮疹を生じやすいのに対して、水分の乏しい老人では、より乾燥性の皮疹を生じやすくなる。皮膚疾患の漢方治療を行うにあたっては、まず皮疹に対する弁証と全身状態の弁証とを、互いの関連を考えながら慎重に行い、その結果として、皮疹に対する治療と、全身所見に対する治療の両面を考える必要がある。
皮膚疾患によっては、ある程度特定の全身所見と関連の深い疾患もある。
・アトピー性皮膚炎(主に小児)→ 気虚
・成人アトピー性皮膚炎 → 血瘀
・皮脂欠乏性湿疹、小児乾燥性湿疹 → 血虚
・寒冷蕁麻疹 → 陽虚
・慢性湿疹 → 陰虚
□ 掻痒は風証と捉える
・掻痒は風証と捉え、袪風薬を配合して対応する。
・袪風薬は、解表薬と熄風薬に大別され、さらに解表薬はその性質により辛涼解表薬と辛温解表薬に分けられる。
・辛涼解表薬:皮膚に清涼感を与え、消炎作用を持つ解表薬。薄荷、牛蒡子、葛根湯、蘇葉、菊花、柴胡、升麻、蝉退、浮○などがあり、風熱証に用いる。代表的方剤:消風散。
・辛温解表薬:体表部の血管を拡張し、血行を促進することにより体表を温める作用を持つ解表薬。風寒証(例:寒冷じんま疹)に用いる。麻黄、桂枝、荊芥、防風、紫蘇葉、葱白、生姜、細辛、白芷など。代表的方剤:麻黄附子細辛湯、桂麻各半湯など。
・熄風薬:中枢性の鎮静・鎮痙作用を有する生薬をいい、同時に中枢性の止痒作用も認められるもの。蝉退、○蚕、全蝎(ぜんかつ:サソリ)、○蚣、地竜、白蒺藜、蛇脱、白花蛇、釣藤鈎、夜交藤、合歓皮など。代表的方剤:蝉退を含む消風散、白蒺藜を含む当帰飲子など。
【消風散の特徴】
・生薬構成
(清熱薬)苦参、石膏、知母、甘草、生地黄
(袪風薬)防風/荊芥(辛温解表)、牛蒡子(辛涼解表)、蝉退(熄風)
(利湿薬)蒼朮、木通
(滋潤薬)当帰、地黄、胡麻
・効能
本方は作用の拮抗する利湿薬と滋潤薬が同時に配合されており、ある程度湿潤と乾燥の混在した(どちらかといえば湿潤に適す)炎症性の痒みのある皮疹に対応するように作られている。すなわち、湿疹三角形を構成する各発疹に全般的に対応できるように作られた方剤であり、湿疹・皮膚炎群、蕁麻疹・痒疹群などの基本方剤である。一般的には、夏季に増悪するタイプで湿潤傾向のあるものに良い。
しかしながら、現実の病変ではいろいろな偏りが見られるのがふつうであり、上記の処方はいわば骨格のようなもので、実際の治療に際しては、加減を行うことによりさらに治療効果を高めることができる。
【十味敗毒湯の特徴】
・生薬構成:
(袪風湿)荊芥、防風、独活、柴胡
(排膿)桔梗、桜皮、川芎、茯苓、甘草
・効能:
本来は化膿性皮膚疾患の初期に用いるために、荊防排毒散から取捨して作られた処方である。祛風湿薬の配合があるためにしばしば湿疹・皮膚炎群や蕁麻疹などに応用されるが、本剤には利湿薬や清熱薬の配合が少なく、本剤単独ではその効果はあまり強くない。
消風散に比べて、より乾燥性で、冬期に増悪する傾向のある皮疹に適応する。
消風散と合方して消風敗毒散として用いるのが良い。
浅田流では連翹を加えているが、清熱解毒という意味ではより優れた処方と言える。
【一貫堂解毒剤の特徴】(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯)
いずれも温清飲を基本とした方剤で、血虚・陰虚体質で炎症を起こしやすい者(解毒証体質)の体質改善薬として作られた処方。特徴として、
・柴胡清肝湯:滋潤作用を強化 ・・・小児の扁桃炎やリンパ節炎などに
・荊芥連翹湯:解表作用を強化 ・・・青年期の鼻炎・副鼻腔炎・ざ瘡などに
・竜胆瀉肝湯:利水作用を強化 ・・・成人の泌尿生殖器系の炎症に
皮膚疾患では、柴胡清肝湯をアトピー性皮膚炎に、荊芥連翹湯をざ瘡に用いることが多い。
■ 皮膚疾患の漢方治療総論 ―中医学的理論を基礎として―
高橋 邦明(皮膚 39:1-23,1997)
<わが国における漢方医学の歴史の概要>
わが国に中国の医学が伝えられたのは5〜6世紀頃と考えられるが、本格的に体系化されたのは16世紀以降で、陰陽五行論に特徴づけられる金元医学を学んだ田代三喜とその門下の曲直瀬道三により作られた後世派が 最初である。道三は,「啓廸集」や「衆方規矩」を著し、わが国の医学に非常に大きな影響を残した。
その百年ほど後に、後世派の思弁的・形而上学的な医学を批判し、より実証主義的な医学を求めて中国の代表的な古典である「傷寒論」への復古を主張する古方派が出現した。 その先鋒は吉益東洞である。 一般に古方派いうと「傷寒論」「金匱要略」(両者を合わせて「傷寒雑病論」といい、張 仲景の著)を出典とする処方を運用する方々をいうが、その背景として、東洞が診察していた病人の多くが梅毒であり、水銀剤の使用以外に治療する方法がなく、陰陽五行論のような医学では治せなかったために、これを批判して、「傷寒論」の時代の実証主義に復古したというのが実情と思われる。
・・・・・
明治以降、わが国で独自に作られた特異な漢方医学として一貫堂医学がある。これは大正から昭和初期にかけて、森 道伯が作った医学体系で、日本人の体質を大きく三つに分けて疾病の予防や治療を行うものである。すなわち、結核をはじめとして、炎症を起こしやすい体質を有するもの(解毒証体質者)には一貫堂解毒剤(柴胡清肝湯、荊芥連翅湯、竜胆潟肝湯)、瘀血を体内に多量に保有するもの(瘀血証体質者)には通導散、脳卒中などの成人病を起こしやすい体質を有するもの(臓毒証体質者)には防風通聖散を用いるわけである。
・・・・・
わが国では昭和になって漢方医学が徐々に復興することになるが、これらの中心となったのは古方派の流れをくむ方々で、日本東洋医学会をベースとして、漢方を民間薬と区別するために体系化を行い、その後の 普及に努めてこられたわけである。これがいわゆる日本漢方(昭和漢方)と呼ばれるもので、現在わが国に普及している漢方医学の主流になっている。
はじめから少々脱線します。
私は栃木県足利市在住ですが、田代三喜と曲直瀬道三は今は史跡となっている「足利学校」で学んだそうです。
それから、吉益東洞の直系の子孫が足利市で開業しています。
妙な縁ですね。
<中医学の基本的な考え方と特徴>
中学では、人体は気・血・津液・精から構成されており、これに臓腑が機能単位になって、経絡と連絡することにより相対的に均衡が保たれ、統一的な生理機能を果たすものと考えている。
ここで何らかの原因でこの均衡が崩れた場合に疾病が発生することになる。
原因を知るために、四診によって、虚実・寒熱・表裏・陰陽を判別し(八綱弁証)、さらに気血、臓腑、病邪などについても判別を行い、それぞれの弁証結果に応じて治療法を決定し、生薬を組み合わせて方剤を作り、治療を行う。これを弁証論治(弁証施治)という。 すなわち、これが中医学の診断治療体系である。
1.気・血・津液・精
(気)気は陽気とも呼ばれ、目に見えず、機能のみを有するものをいう。臓腑的には、肺・脾・腎と関連が深い。
(血)血液の滋潤・栄養作用とそれによって作られる肉体、すなわち物質面をいう。臓腑的には、肝・心と関連が深い。
(津液)体内に存在する生理的な体液の総称。臓腑的には、肺・脾・腎と関連が深い。
(精)精気ともいい、先天的に備わった生命のエネルギー源で、成長・発育・生殖の基本となる。臓腑的には、腎と関連が深く、そのため腎精とも呼ばれる。
これらのうち、血・津液・精を合わせて陰液と呼び、陽気と陰液とを合わせて正気と総称する。
2.臓腑
臓腑とは、中医学における内臓の総称で、
(五臓)心(心包絡)・肝・脾・肺・腎
(六腑)胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦
からなる。
これらは、西洋医学での解剖学の臓器とは異なり、機能単位と考えるべきものである。臓と腑の間には深い関連があり、心と小腸、肝と胆、脾と胃、肺と大腸、腎と膀胱は表裏をなすといわれる。各臓腑の機能の概要は、以下の通りである。
(心)心臓の血液循環機能および意識・思考などの高次神経系機能をいう。
(心包絡:心包)ほぼ心と同じで、とくに高次神経系機能をいう。
(肝)視床下部・自律神経系・大脳辺縁系・運動神経系などの総合的な機能群で、循環血液量の調節、感情の調節、筋・関節運動の調整、月経調整、視覚の調節や爪の栄養などの諸機能をいう。
(脾)消化吸収、栄養分や水分の運搬、止血などの機能をいう。
(肺)肺の呼吸機能と水分代謝、体温調節などの機能をいう。
(腎)泌尿生殖器系と内分泌系の総合的な機能で、水分代謝、成長・発育、生殖、老化などが中心である。
(胆・胃・小腸・大腸・膀胱)西洋医学における同名臓器のそれとほぼ同様の機能をいう。
(三焦)水分代謝における機能を総合したもので、上焦 (心・肺)、中焦(脾・胃)、下焦(肝・腎・膀胱・小腸・大腸)に分けるが、部位的な概念として、胸部以上(心・肺を含む)を上焦、胸部から臍まで(脾・胃を含む)を中焦、臍以下(肝・腎を含む)を下焦という場合もある。また,「温病学」で部位の概念による弁証として用いられることもある(三焦弁証)。
3.病因
中医学では、病因を内因・外因・病的産物の3つに大別するが、この中で特に内因を重視し、外因は単なる発病条件と考えている。外因と病的産物を合わせて病邪 という。また、外因のうち病原微生物や環境によるものを六淫といい、これによって引き起こされた疾病を外感病と呼ぶ。
1)内 因
体質因子や精神的ストレスをいい、これらにより生体の機能失調や低下をきたすことになる。
2)外 因
① 六淫:風・寒・暑・湿・燥・火(熱)に 分ける。
(風邪)急 な発病,症 状の変化を特徴とする。
(寒邪)自然界の寒冷現象に似た症候を生ずるもの。
(暑邪)暑い気候・環境により生ずる症候で、熱邪の一種と考えられる。
(湿邪)自然界の湿性現象に似た症候を生ずるもの。
(燥邪)自然界の乾燥現象に似た症候を生ずるもの。
(火邪)熱邪ともいい、自然界の温熱現象に似た症候を生ずるもの。
② その他の外因:飲食や性生活の不摂生、過労、外傷などがある。
③ 病的産物:気滞、血瘀、痰飲などがある。
<中医学における弁証論治>(Table4)
弁証とは中医学における診断のこと、論治(施治) とは弁証の結果に基づいて治療法を決定することである。
1.八綱弁証(Table5)
1)虚実
虚実に関しては日本漢方と中医学では考え方に大きな差がみられるため、注意が必要である。
(日本漢方)生体側の体力により、衰えているものを虚証、充実しているものを実証、その中間のものを中間証
(中医学)正気と病邪の強さの弁別
① 虚証
[定義]
正気の不足、すなわち生体における機能面や物質面の不足状態をいう。
虚証には、機能面の不足状態である気虚・陽虚と、物質面の不足状態である血虚・陰虚、およびこれら両面の不足状態である気血両虚・陰陽両虚がある。気虚の程度が進んで寒証を伴うようになったものが陽虚、血虚の程度が進んで熱証を伴うようになったものが陰虚であり、これら虚証に伴う寒証、熱証をそれぞれ虚寒、虚熱という。
虚証は、さらに臓腑によって細分される。たとえば、気虚は脾気虚、肺気虚、心気虚、腎気虚というように分類する。
[治療]
補法(補益法)を用いる。
補法には、上記の虚証の種類に対応して、補気、補血、補陰、補陽法がある。
補気には補気薬を中心に配合した補気剤を用い、以下同様に補血には補血剤、補陰には補陰剤、補陽には補陽剤、気血両虚には気血双補剤、陰陽両虚には陰陽双補剤を用いる。
2.実証
[定義]
実証とは、正常では存在しない病邪の存在と、これに伴う病的反応をいう(病邪の実)。
[症候]
実証の症候は病邪により様々であるが、六淫によるものは、それぞれの自然現象に類似した症候を呈する。たとえば、寒邪では、寒がる、四肢が冷えるなどの寒証を呈する。同じ寒証や熱証であっても、虚証の場合、それぞれを虚寒、虚熱といったのに対して、寒邪、熱邪による実証のそれらはそれぞれ実寒、実熱と呼んで区別される。
[治療]
攻法(潟法)を用いる。
すなわち、病邪の種類に応じて、
・風邪には怯風
・寒邪には怯寒
・暑邪・火邪(熱邪)には清熱
・湿邪には袪湿(化湿)
・燥邪には潤燥
・食積には消導
・気滞には理気
・血瘀には活血化瘀
・痰飲には化痰
の各法を原則とする。
2)寒熱
生体が、以下に述べるような寒・熱いずれかの状態に偏っていないかどうかを弁別するものである。
① 寒証
[定義]
疾患の症候が、自然界の寒冷現象に似た性質を示すものを寒証という。
陽虚に伴う虚寒と寒邪による実寒とがあり、実寒はさらに病位によって表寒と裏寒に分けられる。
[症候]
一般的には、寒がる、四肢や手足が冷える、冷やすと症状が増悪する、尿や分泌物は量が多く希薄である、月経周期が延長する、脈は遅い(遅)などである。
(虚寒)気虚の症候が加わる。
(表寒)悪寒、発熱、頭痛、関節痛、鼻水などの感冒症状を呈する。
(裏寒)腹痛、嘔吐、下痢などの症状を来す。
[治療]
(虚寒)人参、白朮、黄耆などの補気薬と、附子、肉桂、肉○蓉、巴○天などの補陽薬を配合する。代表方剤として、人参湯、八味丸、右帰丸などがある。
(表寒)発汗解表法の中の辛温解表法によって、発汗させて治療する。辛温解表薬には、麻黄、桂枝、生姜などがあり、代表方剤として、麻黄湯、桂枝湯などがある。
(裏寒)附子、肉桂、乾姜、呉茱萸、蜀椒などの温裏袪寒薬を配合した温裏袪寒剤を用いる。代表方剤として、人参湯、安中散、大建中湯、呉茱萸湯、当帰四逆 (加呉茱萸生姜)湯、五積散などがある。
② 熱証
[定義]
疾患の症候が、自然界の温熱現象に似た性質を示すものを熱証という。
寒証の場合と同様に、陰虚に伴う虚熱と火邪(熱邪) による実熱とがあり、実熱はさらに病位によって表熱と裏熱とに分けられる。
[症候]
一般的には、暑がる、顔が赤くのぼせる、温めると症状が増悪する、尿や分泌物は量が少なく濃い、月経周期が短縮する、口渇、冷たい飲み物を欲しがる、舌は紅く舌苔が黄色い、脈が速い(数)などである。
(虚熱)血虚の症候が加わる。
(表熱)悪熱、熱感、発熱、頭痛、目の充血などの感冒症状を呈する。
(裏熱)上記の症状の他に、発汗、便秘傾向、脱水、不眠などが加わる。
[治療]
(虚熱)地黄、麦門冬、天門冬、沙参、石斛などの滋陰薬と、知母、黄柏、地骨皮などの清虚熱薬を配合する。熱証が強ければ、さらに黄連、山梔子、牡丹皮などの清熱薬を加える。代表方剤 として、六味(地黄) 丸、沙参麦門冬湯などがある。
(表熱)発汗解表法の中の辛涼解表法によって発汗させて治療する。辛涼解表薬には薄荷、牛蒡子、桑 葉、菊花などがあり、代表方剤として銀翹散、桑菊飲などがある。
(裏熱)石膏、黄連、黄苓、山梔子、竜胆などの清熱潟火薬を中心に、化膿傾向があれば連翹、金銀花、忍冬などの清熱解毒薬を加え、便秘が強ければ大黄、芒硝を加えて対応する。代表方剤として黄連解毒湯、三黄潟心湯、白虎(加人参)湯などがある。
3)表裏
病邪は、身体の表面から侵入して、次第に内部に入っていくという考えのもとに、症候の発現部位(病位)を弁別するものである。外感病では重要な弁証であるが、その他ではあまり意味がない。
① 表証
[定義]
病邪が体表部に存在するときの状態を表証といい、外感病の初期に認められる。
表寒と表熱に分ける。
[症候]
発熱、頭痛、関節痛、脈が浮(軽く当ててすぐ触れる浅い脈)などが共通である。
表寒ではさらに悪感、鼻水、希薄な痰などの寒証の症状がみられ、表熱では悪熱、口渇、目の充血、粘調な痰、舌が紅いなどの熱証の症状がみられる。
[治療]
発汗解表法を用いる。寒熱の項で述べたように、表寒では辛温解表法、表熱では辛涼解表法を用いる。
② 裏証
[定義]
病邪が身体の内部にあるときの状態を裏証という。
大部分の疾患はこの裏証に属することになる。
③ 半表半裏証
[定義]
外感病の経過で、表証・裏証のいずれでもなく、悪寒と熱感が交互にみられる状態(往来寒熱)をいい、「傷寒論」の少陽病が典型例である。
[症候]
少陽病では往来寒熱、食欲不振、口苦、胸脇苦満(胸脇部の脹った感じ)などがあり、脈は弦(琴の弦を触れるような感じの脈)、舌苔は黄色などを示す。
[治療]
和解法を行う。代表方剤として小柴胡湯などがある。
4)陰陽
以上1)~3)までの総括的な概念で、
・裏・寒・虚証を陰証
・表・熱・実証を陽証
という。一般に、
・抑制・静・寒が陰証
・興奮・動・熱が陽証
である。
中医学ではこの他に、意味の異なる陰陽があるので注意を要する。すなわち、
・虚証の場合の陰虚・陽虚は、陰液・陽気の意味で用いられる。
また、病邪のうち、
・陰証を呈するものを陰邪
・陽証を呈するものを陽邪
という。 これらの他に、陰病・陽病という場合の陰陽は、外感病の弁証論治の一つである六経弁証における、太陽病・少陽病・陽明病の三陽病と、太陰病・少陰病・巌陰病の三陰病をさす。
2.気血弁証(Table7)
人体を構成する基本である気(陽気)と 陰液の病的状況を弁別するものである。
1)気の異常
① 気虚
[定義]
気の不足により、機能が低下している状態をいう。
臓腑では、脾、肺、心、腎に現れやすい。
[症候]
―般症候として、顔色が蒼白、言葉に力がない、手足がだるい、疲れやすい、食欲がない、免疫力低下による易感染性、舌は淡白色、脈は弱く力がない(軟)などが基本である。
(脾気虚)さらに食欲不振、内臓の下垂やアトニー 症状(中気下陥という)などの消化器症状が加わる。
(肺気虚)息切れ、自汗、咳(痰を切りにくい)などの呼吸器症状が加わる。
(心気虚)動悸、息切れ、不眠、胸騒ぎなどの循環器系および精神的症状が加わる。
(腎気虚)聴力減退、歯が弱る、腰痛、排尿困難、夜間多尿、性機能減退などの泌尿生殖器系および神経系の症状が加わる。
[治療]
人参、白朮、黄耆、甘草、山薬などの補気薬を配合する。補気剤の基本方剤は、人参 ・白朮 ・茯苓 ・甘草から成る四君子湯である。
(脾気虚)補気薬に健脾薬を配合して対処する。たとえば、胃炎症状には六君子湯、慢性下痢には参苓白朮散、中気下陥には補中益気湯などである。
(肺気虚)玉屏風散や補肺湯などを用いる。
(心気虚)四君子湯に鎮静作用のある遠志、酸棗仁、五味子などを加える。代表方剤は帰脾湯である。
(腎気虚)縮泉丸、固精丸などを用いる。
② 陽虚
[定義]
気虚の程度が進んでエネルギー代謝が衰え、寒証(虚寒)を生じた状態をいう。
陽虚は脾、心、腎に多くみられるが、腎陽虚がもっとも重要である。
[症候]
一般症候としては、気虚の一般症候に加えて、寒がる、四肢が冷える、よだれが多い、尿や分泌物は量が多く薄い、大便は軟らかく臭気も少ない、舌は腫れぼったく(絆大)、しばしば歯痕がみられる、脈は遅などの寒証の症候が認められる。
(脾陽虚)これらに加えて、食欲不振、下痢、腹痛 (温めると軽快する)などがある。
(心陽虚)息苦しい、心悸亢進、浮腫、喘鳴などが加わる。
(腎陽虚)夜間多尿、つまづきやすい、眠い、無気力、背中の冷え、頭がぼけるなどの症状が加わる。
[治療]
補気薬に加えて、附子、肉桂、肉○蓉、巴戟天、乾姜,呉 茱萸などの補陽や袪寒の作用を持つ薬物を配合 する。代表方剤は人参・乾姜・白市・甘草から成る人参湯(理中湯)である。
(脾陽虚)理中湯、附子理中湯、桂附理中湯などを用いる。
(心陽虚)桂枝甘草湯、養心湯などを用いる。
(腎陽虚)真武湯、縮泉丸、固精丸、右帰丸などを用いる。
③ 気滞
[定義]
気の働きが停滞した状態をいう。自律神経系の機能異常によると考えられる。
[症候]
胸や腹の膨満感、内臓平滑筋の緊張異常に伴う症状などが一般的である。
[治療]
理気法による。理気薬には香附子、枳実、枳殻、陳皮、木香、青皮などがある。
代表的な理気剤には、香蘇散、半夏厚朴湯、茯苓飲、分心気飲などがある。
2)血の異常
① 血虚
[定義]
血虚とは、血の滋養作用の不足により、肉体の物質的な不足を来した状態をいう。
臓腑では心と肝に現れやすい。
[症候]
一般症候として、体が痩せて細い、皮膚に艶がなく乾燥する、舌は細くしまり乾燥している、脈は細い(細)などがある。その他に、皮脂の分泌が悪い状態も血虚と呼ぶ。
(心血虚)さらに心悸亢進、眩暈、胸騒ぎ、不眠、健忘、情緒不安定などが加わる。
(肝血虚)眩暈、目のかすみ、筋肉の衰え、痙攣、知覚麻痺などが加わる。
[治療]
熟地黄、当帰、何首烏、阿膠、白芍などの補血薬を配合する。補血剤の基本方剤は、熟地黄、当帰、白芍、川芎から成る四物湯である。
(心血虚)四物湯に柏了仁、甘草、阿膠、遠志、茯神、磁石、朱砂などを加える。
(肝血虚)四物湯に拘杞了、山茱萸、女貞子、何首烏などを加える。
② 陰虚
[定義]
血虚の程度が進んでエネルギー代謝が亢進し、異化作用が進んだ結果、津液の不足のために脱水が起こり(津虚)、熱証(虚熱)を生じた状態をいう。陰虚は、肺、心、胃、肝、腎にみられやすい。
[症候]
一般症候としては、血虚の一般症候に加えて、手足のほてり、口の渇きや乾燥、顔面の紅潮やのぼせ、いらいら、尿や分泌物は量が少なく濃い、大便は乾燥して細く量も少ない、舌は紅色で乾燥し、舌苔は少ない、脈は細数であるなどの熱証を認める。
(肺陰虚)痰が粘く切れにくい、嗄声、盗汗などが加わる。
(心陰虚)心悸亢進、胸が暑苦しい、不眠、盗汗、多夢などが加わる。
(胃陰虚)乾嘔、便秘などが加わる。
(肝陰虚)眩暈、耳鳴、目の充血、頭痛、いらいら、不眠、四肢の知覚麻痺・痙攣などが加わる。
(腎陰虚)聴力低下、脱毛、盗汗、腰痛、歯がゆるむなどが加わる。
[治療]
沙参、玄参、麦門冬、天門冬、石角斗、地黄、女貞子、亀板、別甲、玉竹などの補陰薬に、知母、黄柏、地骨皮などの清虚熱薬、牡丹皮、赤有、黄連、山梔子な どの清熱薬を配合して対処する。代表方剤は熟地黄、山茱萸、山薬、牡丹皮、茯苓、沢瀉から成る六味地黄丸 (六味丸)で ある。
(肺陰虚)百合固金湯などを用いる。
(心陰虚)天王補心丹などを用いる。
(胃陰虚)益胃湯などを用いる。
(肝陰虚)杞菊地黄丸、一貫煎などを用いる。
(腎陰虚)六味丸や知柏地黄丸などを用いる。
③ 血瘀
[定義]
基本的には、血の循環が停滞した状態、すなわち循環障害を指すが、いろいろな疾患に非常に幅広く関与している病態で、厳密には定義できない。一種の臨床的仮説と考えるべきである。鬱血を主とした循環障害の他に、増殖性の病変や繊維化などもすべてこの概念に含まれると考えており、慢性難治性の疾患では、大なり小なりこれが絡んでいると考えてよい。
[症候]
一般的には、静脈の鬱血による諸症状、増殖性の病変(たとえば腫瘍や乾癬など)や繊維化を起こす病変(たとえば強皮症やケロイドなど)の症状、固定性の痛みなどで、非常に多彩である。舌は暗赤色ないし紫色、脈は渋(滑らかでない脈)で、しばしば下腹部に圧痛(小腹急結)を認める。
[治療]
当帰、川芎、紅花、蘇木、牡丹皮、赤芍、桃仁、三稜、莪朮、乳香、没薬、延胡索などの活血化痕薬を配 合した活血化瘀剤(日本漢方では駆瘀血剤という)を用いる。代表方剤として、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散、当帰芍薬散、大黄牡丹皮湯などがある。産後に生じた血痕に対しては、とくに芎帰調血飲第一加減という処方が極めて有効である。
④ 出血
熱証による出血(血熱)、虚証による出血、血痕による出血に分けられる。
血熱による出血は鮮紅色で、さらに実熱と虚熱(陰虚) による場合に分けられる。前者は、多量で勢いのよい出血で、熱証の症候を伴い、犀角地黄湯に代表される清熱涼血剤で治療する。後者は、より少量で断続的な出血で、陰虚の症候を伴い、生地黄湯などで治療する。虚証による出血は、血虚、陰虚、気虚、陽虚による場合がある。それぞれの症候とともに、血虚では、陰虚と同様な出血で、芎帰膠艾湯などで治療し、気虚では淡く止まりにくい出血で、帰脾湯などで治療し、陽虚では薄く慢性的な出血で、黄土湯や柏葉湯などで治療する。
血瘀による出血は赤黒く慢性的な出血で、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散などの活血化瘀剤で治療する。
3)気血双方の異常
① 気血両虚
気虚と血虚の症候が同時にみられるもので、補気薬と補血薬を組み合わせた方剤を用いる。代表方剤は、四物湯と四君子湯を合わせた八珍湯で、これに加減した方剤として、十全大補湯や人参養栄湯などがある。
② 陰陽両虚
陰虚と陽虚の症候が同時にみられるもので、補陰薬と補陽薬を組み合わせた方剤を用いる。代表方剤として、補陰剤である六味丸に、補陽作用のある附子・桂枝を加えた八味丸(八味地黄丸)などがある。
4)津液の異常
① 津虚
津液の不足をいい、乾燥症状を呈する。陰虚の一部と考えられる。
② 痰飲
津液の停滞により、体内に異常に水分が貯溜した状態をいう。
5)精の異常(精の不足)
精、すなわち腎精の不足は、腎精虚(腎精不足)という(腎血虚とはいわない)。成長・発育・生殖などの減退がみられ、小児では発育遅延、成人では早老を生ずる。腎精は、生命エネルギーの基本物質で、これを元にして生ずる生命機能が腎気であり、腎精はまた腎気の働きによって絶えず補充されているため、これらは不可分の関係にあり、腎精虚と腎気虚をまとめて腎虚という。腎精虚に熱証が加われば腎陰虚で、腎気虚に寒証が加われば腎陽虚となる。
腎精の不足には、左帰丸、左帰飲などを用いる。なお、腎陽虚ではほとんどの場合に腎精虚や腎陰虚が並存するため、陰陽を同時に補う必要がある。
3.臓腑弁証
臓腑弁証とは、八綱弁証・気血弁証に加えて、病変がどの臓腑にあるかをより詳細に弁別するものである。
4.病邪弁証
病邪弁証とは、疾病がどの病邪に関連して生じたかを弁別するものである。
5.外感熱病弁証
外感病では、既述の各弁証を基本とすることはもちろんであるが、とりわけ正気と病邪の力関係によって症候に特徴がみられる。そのため「傷寒論」における六経弁証や、「温病学」における衛気営血弁証と呼ばれる固有の弁証系がある。これらのうち、とくに前者は日本漢方の基礎理論として重視されている。
外感熱病は、感染症を含む急性発熱性疾患の総称であり、このうち熱感よりも悪寒の強いものを傷寒、悪寒よりも熱感の強いものを温病という。これらの病態を認識する場合に「傷寒論」だけでも、また「温病学」だけでも不十分である。すなわち、傷寒の陽明病・少陽病と温病の気分病は共通するが、「傷寒論」には営分病・血分病に相当する病態の弁証がほとんどなく,「温病学」には傷寒の陰病に相当する病態の弁証があまりみられない。したがって、外感病の弁証論治においては、少なくとも両者について理解しておく必要がある。
1)六経弁証
病邪(主に寒邪)と正気の闘病反応の状況から外感病の経過を分析したもので、正気が実であれば闘病反応は強く、これを陽病とし、正気が虚であれば闘病反応は弱く、これを陰病として、それぞれを3型ずつに分けて、各病態における症候と治療法を述べたものである。
① 太陽病
発病初期で、病邪が表にある時期で、悪寒(悪風)、発熱、頭痛、身体痛、項部のこわばり、脈は浮などの表寒証の症候を呈する。悪寒・無汗・脈が浮緊のものを傷寒、悪風・自汗・脈が浮緩のものを中風という。辛温解表法によって治療するが、傷寒には麻黄湯や葛根湯、中風には桂枝湯などを用いる。
② 少陽病(省略)
③ 陽明病
病邪が裏に入り、高熱を呈する極期に相当する。高熱とともに、口渇、発汗、多飲、譫言、腹部膨満、便秘、舌は紅色で舌苔は黄〜黄褐色、脈は洪大(力があり、幅の広い脈)などの裏実熱証を示す。白虎(加人参)湯や承気湯類で治療する。
④ 太陰病
陰病の初期で、正気の虚が少なく、腹部のみに寒証を示す。食欲不振、腹満、腹痛、嘔吐、泥状〜水様便、舌は淡白で舌苔は白色、脈は軟弱などの脾陽虚の症候を呈する。人参湯(理中湯)や附子理中湯で治療する。
⑤ 少陰病
正気の虚が著しい場合で、老人によくみられる。元気がない、眠い、悪寒、脈は微細(弱くて触れにくい脈) などの陽虚の症候を呈する。治療法として、四逆湯や麻黄附子細辛湯などを用いる。
⑥ 厥陰病
急性の末梢循環不全すなわちショック状態をいう。
四肢の冷え、顔面蒼白、血圧低下、痙攣、脈は数弱などの症候を呈する。治療として、四逆湯類を用いる。
2)衛気営血弁証
温病すなわち熱邪による外感病の推移を、病邪の侵入経過から4型に分けて、各病態の症候と治療法を示したものである。
① 衛分病(証)
発病初期で、病邪が表にあり、悪寒(軽度)、発熱、頭痛、身体痛、鼻閉、咳嗽、舌苔は黄〜薄白色、脈は浮などの表熱証を呈する。辛涼解表法により治療する。代表方剤は銀翹散、桑菊飲などである。
② 気分病(証)
陽明病や少陽病とほぼ同様の症候を呈する。とくに外感熱病の極期としての症候を気分熱盛という。
③ 営分病(証)
気分病がさらに進んで脱水を生じたもので、午後に高熱となり、口渇や発汗は少なくなり、煩燥、不安、不眠、意識障害、痙攣などを生じ、舌は深紅で乾燥し、舌苔は減少し、脈は細となる。清営湯などで治療する。
④ 血分病(証)
営分病がさらに進んで出血を呈するもので、犀角地黄湯などの清熱涼血剤で治療する。
皮膚疾患の漢方治療
1.漢方医学における皮膚疾患の捉え方
漢方医学においてもっとも大切なことは、全身的な状態を把握した中で、皮疹というものを考えていかねばならないということである。たとえば、同じような外因が加わって湿疹病変を生ずる場合でも、体内に水分の多い乳児では、湿潤性の皮疹を生じやすいのに対して、水分の乏しい老人では、より乾燥性の皮疹を生じやすくなる。このような場合には、皮疹そのものが全身的な状態をある程度反映しているといえる。したがって、皮膚疾患の漢方治療を行うにあたっては、まず皮疹に対する弁証と全身状態の弁証とを、互いの関連を考えながら慎重に行い、その結果として、皮疹に対する治療と、全身所見に対する治療の両面を考える必要がある。
全身所見については、気虚、血虚、陽虚、陰虚といっ た虚証や、血瘀などの病的産物が中心である。 皮膚疾患によっては、ある程度特定の全身所見と関連の深い疾患もある。
・アトピー性皮膚炎(主に小児)、褥瘡、緑膿菌感染症 → 気虚
・老人性皮膚掻痒症、皮脂欠乏性湿疹、小児乾燥性湿疹 → 血虚
・バージャー病や寒冷蕁麻疹 → 陽虚
・慢性湿疹やビダール苔癬 → 陰虚
と関連が強い。
・鬱滞性皮膚炎、膠原病、乾癬、扁平苔癬、ケロイド、凍瘡、成人アトピー性皮膚炎 → 血瘀
と深い関連性がある。
2.皮疹の弁証論治(Table 8)
1)炎症性病変(抜粋)
③ 化膿性炎症:
膿疱や膿痂疹などの化膿菌感染や白血球の勇壮による皮疹は毒(熱毒)と捉え、金銀花、忍冬、連翹、蒲公英、石膏、薏苡仁、黄連などの清熱解毒薬を配合する。
代表方剤:十味敗毒湯、五味消毒散、黄連解毒湯、排膿散及湯、清上防風湯など。
2)湿潤性病変(省略)
3)乾燥性病変
鱗屑、亀裂、皮脂欠乏などの乾燥性病変は、燥証と捉え、潤燥薬を配合して対応する。
① 老化などによる皮膚の乾燥・萎縮
これを血虚と捉え、当帰、熟地黄、何首烏、胡麻、竜眼肉、○杞子、阿膠、白芍などの補血潤燥薬を配合する。基本方剤は四物湯である。
血虚の場合にしばしば掻痒を伴うが、これを血虚生風と呼び、四物湯に袪風薬を配合して対応する。血虚生風の代表方剤は当帰飲子である。
② 炎症性変化による乾燥・鱗屑など
潤燥薬に清熱薬を加えて対応する(例:温清飲)。
炎症が慢性化して皮膚が乾燥する場合、内因的に陰虚によるものが多い。この場合、さらに補陰薬を配合して対処することになる(例:六味丸)。温清飲には清虚熱作用のある黄柏が配合されており、一種の補陰剤とも考えられる。
4)掻痒
掻痒は風証と捉え、袪風薬を配合して対応する。袪風薬は、解表薬と熄風薬に大別され、さらに解表薬はその性質により辛涼解表薬と辛温解表薬に分けられる。
① 辛涼解表薬:
皮膚に清涼感を与え、消炎作用を持つ解表薬。薄荷、牛蒡子、葛根湯、蘇葉、菊花、柴胡、升麻、蝉退、浮○などがあり、風熱証に用いる。代表的方剤:消風散。
② 辛温解表薬:
体表部の血管を拡張し、血行を促進することにより体表を温める作用を持つ解表薬。麻黄、桂枝、荊芥、防風、紫蘇葉、葱白、生姜、細辛、白芷など。代表的方剤:麻黄附子細辛湯、桂麻各半湯など。風寒証(例えば寒冷じんま疹)に用いる。
③ 熄風薬:
中枢性の鎮静・鎮痙作用を有する生薬をいい、同時に中枢性の止痒作用も認められるもの。蝉退、○蚕、全蝎(ぜんかつ:サソリ)、○蚣、地竜、白蒺藜、蛇脱、白花蛇、釣藤鈎、夜交藤、合歓皮など。方剤:蝉退を含む消風散、白蒺藜を含む当帰飲子など。
皮膚疾患に頻用する漢方処方解説
【消風散】
・生薬構成
(清熱薬)苦参、石膏、知母、甘草、生地黄
(袪風薬)防風/荊芥(辛温解表)、牛蒡子(辛涼解表)、蝉退(熄風)
(利湿薬)蒼朮、木通
(滋潤薬)当帰、地黄、胡麻
・効能
本方は作用の拮抗する利湿薬と滋潤薬が同時に配合されており、ある程度湿潤と乾燥の混在した(どちらかといえば湿潤に適す)炎症性の痒みのある皮疹に対応するように作られている。すなわち、湿疹三角形を構成する各発疹に全般的に対応できるように作られた方剤であり、湿疹・皮膚炎群、蕁麻疹・痒疹群などの基本方剤である。一般的には、夏季に増悪するタイプで湿潤傾向のあるものに良い。
・合方
しかしながら、現実の病変ではいろいろな偏りが見られるのがふつうであり、上記の処方はいわば骨格のようなもので、実際の治療に際しては、これらに以下に示すような加減を行うことによりさらに治療効果を高めることができる。
① 発赤・充血・熱感の強い場合:黄連解毒湯、白虎加人参湯を合方する。
② 水疱・びらん・浮腫・滲出の強い場合:越婢加朮湯、麻杏甘石湯などを合方する。
③ 鱗屑・亀裂・乾燥の強い場合:四物湯を合方する。
④ 慢性化して暗赤色調を呈する場合:温清飲を合方する。
⑤ 肥厚・苔癬化の強い場合:通導散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯などを合方する。
⑥ 膿疱・化膿傾向のある場合:排膿散及湯などを合方する。
⑦ 掻痒の強い場合:袪風薬(白鮮皮、薄荷、地膚子、浮○、蒼耳子、白蒺藜など)を加える。
【十味敗毒湯】
・生薬構成:
(袪風湿)荊芥、防風、独活、柴胡
(排膿)桔梗、桜皮、川芎、茯苓、甘草
・効能:
本来は化膿性皮膚疾患の初期に用いるために、荊防排毒散から取捨して作られた処方である。祛風湿薬の配合があるためにしばしば湿疹・皮膚炎群や蕁麻疹などに応用されるが、本剤には利湿薬や清熱薬の配合が少なく、本剤単独ではその効果はあまり強くない。
消風散に比べて、より乾燥性で、当帰に増悪する傾向のある皮疹に適応する。
消風散と合方して消風敗毒散として用いるのが良い。
浅田流では連翹を加えているが、清熱解毒という意味ではより優れた処方と言える。
<一貫堂解毒剤>(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯)
いずれも温清飲を基本とした方剤で、血虚・陰虚体質で炎症を起こしやすい者(解毒証体質)の体質改善薬として作られた処方。特徴として、
・柴胡清肝湯:滋潤作用を強化 ・・・小児の扁桃炎やリンパ節炎などに
・荊芥連翹湯:解表作用を強化 ・・・青年期の鼻炎・副鼻腔炎・ざ瘡などに
・竜胆瀉肝湯:利水作用を強化 ・・・成人の泌尿生殖器系の炎症に
皮膚疾患では、柴胡清肝湯をアトピー性皮膚炎に、荊芥連翹湯をざ瘡に用いることが多い。
しかし総論の本を読んでも専門用語の羅列でなかなか頭に入ってこない・・・そんなときにこの文章に出会いました。
20年前の論文ですが、全然古くありません。
ここが西洋医学の論文と異なるところですね。
■ 「ー総説ー皮膚疾患の漢方治療総論 ー中医学理論を基礎としてー」
高橋邦明(皮膚・第39巻・第1号・1997年2月)
漢方理論を中医学を中心に解説したダイジェスト版です。
その中から私がポイントと感じた箇所を抜粋させていただき、メモに残しました。
日本漢方と中医学の違いは虚実の概念が有名です。
しかし中医学ではもう一つ、陰陽の概念で混乱させられ、煙に巻かれがちな私。
それから、日本漢方の六病位と中医学の温病論もどうリンクさせてよいのか、悩まされます。
この文章を読んで、少し整理ができました。
<ポイント>
【八綱弁証における混乱】
□ 中医学における体の構成概念:気・血・津液・精
・正気 = 陽気(気)+ 陰液(血・津液・精)
※ 精は腎精とも呼ばれます。
□ 虚と寒熱の複雑な関係
・虚証=正気(陽気+陰液)の不足
・気虚→ 進行して+寒証→ 陽虚
・血虚→ 進行して+熱証→ 陰虚
・虚証に伴う寒証=虚寒(陽虚に伴う)
・虚証に伴う熱証=虚熱(陰虚に伴う)
何となく、陽虚と虚熱、陰虚と虚寒を結びつけてしまいがちですが、正しくは「陽虚は虚寒、陰虚は虚熱と関係が深い」のです。
□ 3種類ある寒と熱
・寒証;
① 陽虚に伴う虚寒
② 寒邪による実寒その1 -表寒
③ 寒邪に伴う実感その2 -裏寒
・熱証;
① 陰虚に伴う虚熱
② 熱邪による実熱その1 -表熱
③ 熱邪による実熱その2 -裏熱
□ 陰陽のイメージと矛盾:
① 裏・寒・虚証を陰証
② 表・熱・実証を陽証
あれ? いままで「陽虚に伴う虚寒」「陰虚に伴う虚熱」という結びつきだったのに、ここでいきなり「寒は陰証、熱は陽証」とどんでん返し! これはまいった・・・。
虚証の時だけ「陰虚の陰は陰証ではなく陰液」「陽虚の陽は陽証ではなく陽気」を指すらしい。まことに紛らわしい。
その他にも混乱の種になる陰陽の概念が・・・
□ 病邪を表す陰邪と陽邪;
・陰邪:陰証を呈する病邪
・陽邪:陽証を呈する病邪
□ 六経弁証では陽病と陰病という表現があります;
・陰病:太陰病・少陰病・厥陰病の3つ
・陽病:太陽病・少陽病・陽明病の3つ
う〜ん、虚証の時の表現以外はイメージ通りということが判明しました。
もう一つ例があります。
□ 腎虚の概念(精=腎精);
・腎精虚と腎気虚をまとめて腎虚という。
・腎精虚に熱証が加われば腎陰虚で、腎気虚に寒証が加われば腎陽虚
【日本漢方の六病位と中医学の温病論】
・外感熱病は、感染症を含む急性発熱性疾患の総称である。
・このうち熱感よりも悪寒の強いものを傷寒、悪寒よりも熱感の強いものを温病という。
・これらの病態を認識する場合に「傷寒論」だけでも、また「温病学」だけでも不十分である。
・すなわち、傷寒の陽明病・少陽病と温病の気分病は共通するが、「傷寒論」には営分病・血分病に相当する病態の弁証がほとんどなく,「温病学」には傷寒の陰病に相当する病態の弁証があまりみられない。
・したがって、外感病の弁証論治においては、少なくとも両者について理解しておく必要がある。
□ 六病位(六経弁証)・・・主に寒邪
太陽病→ 少陽病→ 陽明病→ 太陰病→ 少陰病→ 厥陰病
□ 温病論(衛気営血弁証)・・・主に熱邪
衛分病→ 気分病→ 営分病→ 血分病
【皮膚疾患の漢方治療】
□ 皮膚疾患と証
同じような外因が加わって湿疹病変を生ずる場合でも、体内に水分の多い乳児では、湿潤性の皮疹を生じやすいのに対して、水分の乏しい老人では、より乾燥性の皮疹を生じやすくなる。皮膚疾患の漢方治療を行うにあたっては、まず皮疹に対する弁証と全身状態の弁証とを、互いの関連を考えながら慎重に行い、その結果として、皮疹に対する治療と、全身所見に対する治療の両面を考える必要がある。
皮膚疾患によっては、ある程度特定の全身所見と関連の深い疾患もある。
・アトピー性皮膚炎(主に小児)→ 気虚
・成人アトピー性皮膚炎 → 血瘀
・皮脂欠乏性湿疹、小児乾燥性湿疹 → 血虚
・寒冷蕁麻疹 → 陽虚
・慢性湿疹 → 陰虚
□ 掻痒は風証と捉える
・掻痒は風証と捉え、袪風薬を配合して対応する。
・袪風薬は、解表薬と熄風薬に大別され、さらに解表薬はその性質により辛涼解表薬と辛温解表薬に分けられる。
・辛涼解表薬:皮膚に清涼感を与え、消炎作用を持つ解表薬。薄荷、牛蒡子、葛根湯、蘇葉、菊花、柴胡、升麻、蝉退、浮○などがあり、風熱証に用いる。代表的方剤:消風散。
・辛温解表薬:体表部の血管を拡張し、血行を促進することにより体表を温める作用を持つ解表薬。風寒証(例:寒冷じんま疹)に用いる。麻黄、桂枝、荊芥、防風、紫蘇葉、葱白、生姜、細辛、白芷など。代表的方剤:麻黄附子細辛湯、桂麻各半湯など。
・熄風薬:中枢性の鎮静・鎮痙作用を有する生薬をいい、同時に中枢性の止痒作用も認められるもの。蝉退、○蚕、全蝎(ぜんかつ:サソリ)、○蚣、地竜、白蒺藜、蛇脱、白花蛇、釣藤鈎、夜交藤、合歓皮など。代表的方剤:蝉退を含む消風散、白蒺藜を含む当帰飲子など。
【消風散の特徴】
・生薬構成
(清熱薬)苦参、石膏、知母、甘草、生地黄
(袪風薬)防風/荊芥(辛温解表)、牛蒡子(辛涼解表)、蝉退(熄風)
(利湿薬)蒼朮、木通
(滋潤薬)当帰、地黄、胡麻
・効能
本方は作用の拮抗する利湿薬と滋潤薬が同時に配合されており、ある程度湿潤と乾燥の混在した(どちらかといえば湿潤に適す)炎症性の痒みのある皮疹に対応するように作られている。すなわち、湿疹三角形を構成する各発疹に全般的に対応できるように作られた方剤であり、湿疹・皮膚炎群、蕁麻疹・痒疹群などの基本方剤である。一般的には、夏季に増悪するタイプで湿潤傾向のあるものに良い。
しかしながら、現実の病変ではいろいろな偏りが見られるのがふつうであり、上記の処方はいわば骨格のようなもので、実際の治療に際しては、加減を行うことによりさらに治療効果を高めることができる。
【十味敗毒湯の特徴】
・生薬構成:
(袪風湿)荊芥、防風、独活、柴胡
(排膿)桔梗、桜皮、川芎、茯苓、甘草
・効能:
本来は化膿性皮膚疾患の初期に用いるために、荊防排毒散から取捨して作られた処方である。祛風湿薬の配合があるためにしばしば湿疹・皮膚炎群や蕁麻疹などに応用されるが、本剤には利湿薬や清熱薬の配合が少なく、本剤単独ではその効果はあまり強くない。
消風散に比べて、より乾燥性で、冬期に増悪する傾向のある皮疹に適応する。
消風散と合方して消風敗毒散として用いるのが良い。
浅田流では連翹を加えているが、清熱解毒という意味ではより優れた処方と言える。
【一貫堂解毒剤の特徴】(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯)
いずれも温清飲を基本とした方剤で、血虚・陰虚体質で炎症を起こしやすい者(解毒証体質)の体質改善薬として作られた処方。特徴として、
・柴胡清肝湯:滋潤作用を強化 ・・・小児の扁桃炎やリンパ節炎などに
・荊芥連翹湯:解表作用を強化 ・・・青年期の鼻炎・副鼻腔炎・ざ瘡などに
・竜胆瀉肝湯:利水作用を強化 ・・・成人の泌尿生殖器系の炎症に
皮膚疾患では、柴胡清肝湯をアトピー性皮膚炎に、荊芥連翹湯をざ瘡に用いることが多い。
■ 皮膚疾患の漢方治療総論 ―中医学的理論を基礎として―
高橋 邦明(皮膚 39:1-23,1997)
<わが国における漢方医学の歴史の概要>
わが国に中国の医学が伝えられたのは5〜6世紀頃と考えられるが、本格的に体系化されたのは16世紀以降で、陰陽五行論に特徴づけられる金元医学を学んだ田代三喜とその門下の曲直瀬道三により作られた後世派が 最初である。道三は,「啓廸集」や「衆方規矩」を著し、わが国の医学に非常に大きな影響を残した。
その百年ほど後に、後世派の思弁的・形而上学的な医学を批判し、より実証主義的な医学を求めて中国の代表的な古典である「傷寒論」への復古を主張する古方派が出現した。 その先鋒は吉益東洞である。 一般に古方派いうと「傷寒論」「金匱要略」(両者を合わせて「傷寒雑病論」といい、張 仲景の著)を出典とする処方を運用する方々をいうが、その背景として、東洞が診察していた病人の多くが梅毒であり、水銀剤の使用以外に治療する方法がなく、陰陽五行論のような医学では治せなかったために、これを批判して、「傷寒論」の時代の実証主義に復古したというのが実情と思われる。
・・・・・
明治以降、わが国で独自に作られた特異な漢方医学として一貫堂医学がある。これは大正から昭和初期にかけて、森 道伯が作った医学体系で、日本人の体質を大きく三つに分けて疾病の予防や治療を行うものである。すなわち、結核をはじめとして、炎症を起こしやすい体質を有するもの(解毒証体質者)には一貫堂解毒剤(柴胡清肝湯、荊芥連翅湯、竜胆潟肝湯)、瘀血を体内に多量に保有するもの(瘀血証体質者)には通導散、脳卒中などの成人病を起こしやすい体質を有するもの(臓毒証体質者)には防風通聖散を用いるわけである。
・・・・・
わが国では昭和になって漢方医学が徐々に復興することになるが、これらの中心となったのは古方派の流れをくむ方々で、日本東洋医学会をベースとして、漢方を民間薬と区別するために体系化を行い、その後の 普及に努めてこられたわけである。これがいわゆる日本漢方(昭和漢方)と呼ばれるもので、現在わが国に普及している漢方医学の主流になっている。
はじめから少々脱線します。
私は栃木県足利市在住ですが、田代三喜と曲直瀬道三は今は史跡となっている「足利学校」で学んだそうです。
それから、吉益東洞の直系の子孫が足利市で開業しています。
妙な縁ですね。
<中医学の基本的な考え方と特徴>
中学では、人体は気・血・津液・精から構成されており、これに臓腑が機能単位になって、経絡と連絡することにより相対的に均衡が保たれ、統一的な生理機能を果たすものと考えている。
ここで何らかの原因でこの均衡が崩れた場合に疾病が発生することになる。
原因を知るために、四診によって、虚実・寒熱・表裏・陰陽を判別し(八綱弁証)、さらに気血、臓腑、病邪などについても判別を行い、それぞれの弁証結果に応じて治療法を決定し、生薬を組み合わせて方剤を作り、治療を行う。これを弁証論治(弁証施治)という。 すなわち、これが中医学の診断治療体系である。
1.気・血・津液・精
(気)気は陽気とも呼ばれ、目に見えず、機能のみを有するものをいう。臓腑的には、肺・脾・腎と関連が深い。
(血)血液の滋潤・栄養作用とそれによって作られる肉体、すなわち物質面をいう。臓腑的には、肝・心と関連が深い。
(津液)体内に存在する生理的な体液の総称。臓腑的には、肺・脾・腎と関連が深い。
(精)精気ともいい、先天的に備わった生命のエネルギー源で、成長・発育・生殖の基本となる。臓腑的には、腎と関連が深く、そのため腎精とも呼ばれる。
これらのうち、血・津液・精を合わせて陰液と呼び、陽気と陰液とを合わせて正気と総称する。
2.臓腑
臓腑とは、中医学における内臓の総称で、
(五臓)心(心包絡)・肝・脾・肺・腎
(六腑)胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦
からなる。
これらは、西洋医学での解剖学の臓器とは異なり、機能単位と考えるべきものである。臓と腑の間には深い関連があり、心と小腸、肝と胆、脾と胃、肺と大腸、腎と膀胱は表裏をなすといわれる。各臓腑の機能の概要は、以下の通りである。
(心)心臓の血液循環機能および意識・思考などの高次神経系機能をいう。
(心包絡:心包)ほぼ心と同じで、とくに高次神経系機能をいう。
(肝)視床下部・自律神経系・大脳辺縁系・運動神経系などの総合的な機能群で、循環血液量の調節、感情の調節、筋・関節運動の調整、月経調整、視覚の調節や爪の栄養などの諸機能をいう。
(脾)消化吸収、栄養分や水分の運搬、止血などの機能をいう。
(肺)肺の呼吸機能と水分代謝、体温調節などの機能をいう。
(腎)泌尿生殖器系と内分泌系の総合的な機能で、水分代謝、成長・発育、生殖、老化などが中心である。
(胆・胃・小腸・大腸・膀胱)西洋医学における同名臓器のそれとほぼ同様の機能をいう。
(三焦)水分代謝における機能を総合したもので、上焦 (心・肺)、中焦(脾・胃)、下焦(肝・腎・膀胱・小腸・大腸)に分けるが、部位的な概念として、胸部以上(心・肺を含む)を上焦、胸部から臍まで(脾・胃を含む)を中焦、臍以下(肝・腎を含む)を下焦という場合もある。また,「温病学」で部位の概念による弁証として用いられることもある(三焦弁証)。
3.病因
中医学では、病因を内因・外因・病的産物の3つに大別するが、この中で特に内因を重視し、外因は単なる発病条件と考えている。外因と病的産物を合わせて病邪 という。また、外因のうち病原微生物や環境によるものを六淫といい、これによって引き起こされた疾病を外感病と呼ぶ。
1)内 因
体質因子や精神的ストレスをいい、これらにより生体の機能失調や低下をきたすことになる。
2)外 因
① 六淫:風・寒・暑・湿・燥・火(熱)に 分ける。
(風邪)急 な発病,症 状の変化を特徴とする。
(寒邪)自然界の寒冷現象に似た症候を生ずるもの。
(暑邪)暑い気候・環境により生ずる症候で、熱邪の一種と考えられる。
(湿邪)自然界の湿性現象に似た症候を生ずるもの。
(燥邪)自然界の乾燥現象に似た症候を生ずるもの。
(火邪)熱邪ともいい、自然界の温熱現象に似た症候を生ずるもの。
② その他の外因:飲食や性生活の不摂生、過労、外傷などがある。
③ 病的産物:気滞、血瘀、痰飲などがある。
<中医学における弁証論治>(Table4)
弁証とは中医学における診断のこと、論治(施治) とは弁証の結果に基づいて治療法を決定することである。
1.八綱弁証(Table5)
1)虚実
虚実に関しては日本漢方と中医学では考え方に大きな差がみられるため、注意が必要である。
(日本漢方)生体側の体力により、衰えているものを虚証、充実しているものを実証、その中間のものを中間証
(中医学)正気と病邪の強さの弁別
① 虚証
[定義]
正気の不足、すなわち生体における機能面や物質面の不足状態をいう。
虚証には、機能面の不足状態である気虚・陽虚と、物質面の不足状態である血虚・陰虚、およびこれら両面の不足状態である気血両虚・陰陽両虚がある。気虚の程度が進んで寒証を伴うようになったものが陽虚、血虚の程度が進んで熱証を伴うようになったものが陰虚であり、これら虚証に伴う寒証、熱証をそれぞれ虚寒、虚熱という。
虚証は、さらに臓腑によって細分される。たとえば、気虚は脾気虚、肺気虚、心気虚、腎気虚というように分類する。
[治療]
補法(補益法)を用いる。
補法には、上記の虚証の種類に対応して、補気、補血、補陰、補陽法がある。
補気には補気薬を中心に配合した補気剤を用い、以下同様に補血には補血剤、補陰には補陰剤、補陽には補陽剤、気血両虚には気血双補剤、陰陽両虚には陰陽双補剤を用いる。
2.実証
[定義]
実証とは、正常では存在しない病邪の存在と、これに伴う病的反応をいう(病邪の実)。
[症候]
実証の症候は病邪により様々であるが、六淫によるものは、それぞれの自然現象に類似した症候を呈する。たとえば、寒邪では、寒がる、四肢が冷えるなどの寒証を呈する。同じ寒証や熱証であっても、虚証の場合、それぞれを虚寒、虚熱といったのに対して、寒邪、熱邪による実証のそれらはそれぞれ実寒、実熱と呼んで区別される。
[治療]
攻法(潟法)を用いる。
すなわち、病邪の種類に応じて、
・風邪には怯風
・寒邪には怯寒
・暑邪・火邪(熱邪)には清熱
・湿邪には袪湿(化湿)
・燥邪には潤燥
・食積には消導
・気滞には理気
・血瘀には活血化瘀
・痰飲には化痰
の各法を原則とする。
2)寒熱
生体が、以下に述べるような寒・熱いずれかの状態に偏っていないかどうかを弁別するものである。
① 寒証
[定義]
疾患の症候が、自然界の寒冷現象に似た性質を示すものを寒証という。
陽虚に伴う虚寒と寒邪による実寒とがあり、実寒はさらに病位によって表寒と裏寒に分けられる。
[症候]
一般的には、寒がる、四肢や手足が冷える、冷やすと症状が増悪する、尿や分泌物は量が多く希薄である、月経周期が延長する、脈は遅い(遅)などである。
(虚寒)気虚の症候が加わる。
(表寒)悪寒、発熱、頭痛、関節痛、鼻水などの感冒症状を呈する。
(裏寒)腹痛、嘔吐、下痢などの症状を来す。
[治療]
(虚寒)人参、白朮、黄耆などの補気薬と、附子、肉桂、肉○蓉、巴○天などの補陽薬を配合する。代表方剤として、人参湯、八味丸、右帰丸などがある。
(表寒)発汗解表法の中の辛温解表法によって、発汗させて治療する。辛温解表薬には、麻黄、桂枝、生姜などがあり、代表方剤として、麻黄湯、桂枝湯などがある。
(裏寒)附子、肉桂、乾姜、呉茱萸、蜀椒などの温裏袪寒薬を配合した温裏袪寒剤を用いる。代表方剤として、人参湯、安中散、大建中湯、呉茱萸湯、当帰四逆 (加呉茱萸生姜)湯、五積散などがある。
② 熱証
[定義]
疾患の症候が、自然界の温熱現象に似た性質を示すものを熱証という。
寒証の場合と同様に、陰虚に伴う虚熱と火邪(熱邪) による実熱とがあり、実熱はさらに病位によって表熱と裏熱とに分けられる。
[症候]
一般的には、暑がる、顔が赤くのぼせる、温めると症状が増悪する、尿や分泌物は量が少なく濃い、月経周期が短縮する、口渇、冷たい飲み物を欲しがる、舌は紅く舌苔が黄色い、脈が速い(数)などである。
(虚熱)血虚の症候が加わる。
(表熱)悪熱、熱感、発熱、頭痛、目の充血などの感冒症状を呈する。
(裏熱)上記の症状の他に、発汗、便秘傾向、脱水、不眠などが加わる。
[治療]
(虚熱)地黄、麦門冬、天門冬、沙参、石斛などの滋陰薬と、知母、黄柏、地骨皮などの清虚熱薬を配合する。熱証が強ければ、さらに黄連、山梔子、牡丹皮などの清熱薬を加える。代表方剤 として、六味(地黄) 丸、沙参麦門冬湯などがある。
(表熱)発汗解表法の中の辛涼解表法によって発汗させて治療する。辛涼解表薬には薄荷、牛蒡子、桑 葉、菊花などがあり、代表方剤として銀翹散、桑菊飲などがある。
(裏熱)石膏、黄連、黄苓、山梔子、竜胆などの清熱潟火薬を中心に、化膿傾向があれば連翹、金銀花、忍冬などの清熱解毒薬を加え、便秘が強ければ大黄、芒硝を加えて対応する。代表方剤として黄連解毒湯、三黄潟心湯、白虎(加人参)湯などがある。
3)表裏
病邪は、身体の表面から侵入して、次第に内部に入っていくという考えのもとに、症候の発現部位(病位)を弁別するものである。外感病では重要な弁証であるが、その他ではあまり意味がない。
① 表証
[定義]
病邪が体表部に存在するときの状態を表証といい、外感病の初期に認められる。
表寒と表熱に分ける。
[症候]
発熱、頭痛、関節痛、脈が浮(軽く当ててすぐ触れる浅い脈)などが共通である。
表寒ではさらに悪感、鼻水、希薄な痰などの寒証の症状がみられ、表熱では悪熱、口渇、目の充血、粘調な痰、舌が紅いなどの熱証の症状がみられる。
[治療]
発汗解表法を用いる。寒熱の項で述べたように、表寒では辛温解表法、表熱では辛涼解表法を用いる。
② 裏証
[定義]
病邪が身体の内部にあるときの状態を裏証という。
大部分の疾患はこの裏証に属することになる。
③ 半表半裏証
[定義]
外感病の経過で、表証・裏証のいずれでもなく、悪寒と熱感が交互にみられる状態(往来寒熱)をいい、「傷寒論」の少陽病が典型例である。
[症候]
少陽病では往来寒熱、食欲不振、口苦、胸脇苦満(胸脇部の脹った感じ)などがあり、脈は弦(琴の弦を触れるような感じの脈)、舌苔は黄色などを示す。
[治療]
和解法を行う。代表方剤として小柴胡湯などがある。
4)陰陽
以上1)~3)までの総括的な概念で、
・裏・寒・虚証を陰証
・表・熱・実証を陽証
という。一般に、
・抑制・静・寒が陰証
・興奮・動・熱が陽証
である。
中医学ではこの他に、意味の異なる陰陽があるので注意を要する。すなわち、
・虚証の場合の陰虚・陽虚は、陰液・陽気の意味で用いられる。
また、病邪のうち、
・陰証を呈するものを陰邪
・陽証を呈するものを陽邪
という。 これらの他に、陰病・陽病という場合の陰陽は、外感病の弁証論治の一つである六経弁証における、太陽病・少陽病・陽明病の三陽病と、太陰病・少陰病・巌陰病の三陰病をさす。
2.気血弁証(Table7)
人体を構成する基本である気(陽気)と 陰液の病的状況を弁別するものである。
1)気の異常
① 気虚
[定義]
気の不足により、機能が低下している状態をいう。
臓腑では、脾、肺、心、腎に現れやすい。
[症候]
―般症候として、顔色が蒼白、言葉に力がない、手足がだるい、疲れやすい、食欲がない、免疫力低下による易感染性、舌は淡白色、脈は弱く力がない(軟)などが基本である。
(脾気虚)さらに食欲不振、内臓の下垂やアトニー 症状(中気下陥という)などの消化器症状が加わる。
(肺気虚)息切れ、自汗、咳(痰を切りにくい)などの呼吸器症状が加わる。
(心気虚)動悸、息切れ、不眠、胸騒ぎなどの循環器系および精神的症状が加わる。
(腎気虚)聴力減退、歯が弱る、腰痛、排尿困難、夜間多尿、性機能減退などの泌尿生殖器系および神経系の症状が加わる。
[治療]
人参、白朮、黄耆、甘草、山薬などの補気薬を配合する。補気剤の基本方剤は、人参 ・白朮 ・茯苓 ・甘草から成る四君子湯である。
(脾気虚)補気薬に健脾薬を配合して対処する。たとえば、胃炎症状には六君子湯、慢性下痢には参苓白朮散、中気下陥には補中益気湯などである。
(肺気虚)玉屏風散や補肺湯などを用いる。
(心気虚)四君子湯に鎮静作用のある遠志、酸棗仁、五味子などを加える。代表方剤は帰脾湯である。
(腎気虚)縮泉丸、固精丸などを用いる。
② 陽虚
[定義]
気虚の程度が進んでエネルギー代謝が衰え、寒証(虚寒)を生じた状態をいう。
陽虚は脾、心、腎に多くみられるが、腎陽虚がもっとも重要である。
[症候]
一般症候としては、気虚の一般症候に加えて、寒がる、四肢が冷える、よだれが多い、尿や分泌物は量が多く薄い、大便は軟らかく臭気も少ない、舌は腫れぼったく(絆大)、しばしば歯痕がみられる、脈は遅などの寒証の症候が認められる。
(脾陽虚)これらに加えて、食欲不振、下痢、腹痛 (温めると軽快する)などがある。
(心陽虚)息苦しい、心悸亢進、浮腫、喘鳴などが加わる。
(腎陽虚)夜間多尿、つまづきやすい、眠い、無気力、背中の冷え、頭がぼけるなどの症状が加わる。
[治療]
補気薬に加えて、附子、肉桂、肉○蓉、巴戟天、乾姜,呉 茱萸などの補陽や袪寒の作用を持つ薬物を配合 する。代表方剤は人参・乾姜・白市・甘草から成る人参湯(理中湯)である。
(脾陽虚)理中湯、附子理中湯、桂附理中湯などを用いる。
(心陽虚)桂枝甘草湯、養心湯などを用いる。
(腎陽虚)真武湯、縮泉丸、固精丸、右帰丸などを用いる。
③ 気滞
[定義]
気の働きが停滞した状態をいう。自律神経系の機能異常によると考えられる。
[症候]
胸や腹の膨満感、内臓平滑筋の緊張異常に伴う症状などが一般的である。
[治療]
理気法による。理気薬には香附子、枳実、枳殻、陳皮、木香、青皮などがある。
代表的な理気剤には、香蘇散、半夏厚朴湯、茯苓飲、分心気飲などがある。
2)血の異常
① 血虚
[定義]
血虚とは、血の滋養作用の不足により、肉体の物質的な不足を来した状態をいう。
臓腑では心と肝に現れやすい。
[症候]
一般症候として、体が痩せて細い、皮膚に艶がなく乾燥する、舌は細くしまり乾燥している、脈は細い(細)などがある。その他に、皮脂の分泌が悪い状態も血虚と呼ぶ。
(心血虚)さらに心悸亢進、眩暈、胸騒ぎ、不眠、健忘、情緒不安定などが加わる。
(肝血虚)眩暈、目のかすみ、筋肉の衰え、痙攣、知覚麻痺などが加わる。
[治療]
熟地黄、当帰、何首烏、阿膠、白芍などの補血薬を配合する。補血剤の基本方剤は、熟地黄、当帰、白芍、川芎から成る四物湯である。
(心血虚)四物湯に柏了仁、甘草、阿膠、遠志、茯神、磁石、朱砂などを加える。
(肝血虚)四物湯に拘杞了、山茱萸、女貞子、何首烏などを加える。
② 陰虚
[定義]
血虚の程度が進んでエネルギー代謝が亢進し、異化作用が進んだ結果、津液の不足のために脱水が起こり(津虚)、熱証(虚熱)を生じた状態をいう。陰虚は、肺、心、胃、肝、腎にみられやすい。
[症候]
一般症候としては、血虚の一般症候に加えて、手足のほてり、口の渇きや乾燥、顔面の紅潮やのぼせ、いらいら、尿や分泌物は量が少なく濃い、大便は乾燥して細く量も少ない、舌は紅色で乾燥し、舌苔は少ない、脈は細数であるなどの熱証を認める。
(肺陰虚)痰が粘く切れにくい、嗄声、盗汗などが加わる。
(心陰虚)心悸亢進、胸が暑苦しい、不眠、盗汗、多夢などが加わる。
(胃陰虚)乾嘔、便秘などが加わる。
(肝陰虚)眩暈、耳鳴、目の充血、頭痛、いらいら、不眠、四肢の知覚麻痺・痙攣などが加わる。
(腎陰虚)聴力低下、脱毛、盗汗、腰痛、歯がゆるむなどが加わる。
[治療]
沙参、玄参、麦門冬、天門冬、石角斗、地黄、女貞子、亀板、別甲、玉竹などの補陰薬に、知母、黄柏、地骨皮などの清虚熱薬、牡丹皮、赤有、黄連、山梔子な どの清熱薬を配合して対処する。代表方剤は熟地黄、山茱萸、山薬、牡丹皮、茯苓、沢瀉から成る六味地黄丸 (六味丸)で ある。
(肺陰虚)百合固金湯などを用いる。
(心陰虚)天王補心丹などを用いる。
(胃陰虚)益胃湯などを用いる。
(肝陰虚)杞菊地黄丸、一貫煎などを用いる。
(腎陰虚)六味丸や知柏地黄丸などを用いる。
③ 血瘀
[定義]
基本的には、血の循環が停滞した状態、すなわち循環障害を指すが、いろいろな疾患に非常に幅広く関与している病態で、厳密には定義できない。一種の臨床的仮説と考えるべきである。鬱血を主とした循環障害の他に、増殖性の病変や繊維化などもすべてこの概念に含まれると考えており、慢性難治性の疾患では、大なり小なりこれが絡んでいると考えてよい。
[症候]
一般的には、静脈の鬱血による諸症状、増殖性の病変(たとえば腫瘍や乾癬など)や繊維化を起こす病変(たとえば強皮症やケロイドなど)の症状、固定性の痛みなどで、非常に多彩である。舌は暗赤色ないし紫色、脈は渋(滑らかでない脈)で、しばしば下腹部に圧痛(小腹急結)を認める。
[治療]
当帰、川芎、紅花、蘇木、牡丹皮、赤芍、桃仁、三稜、莪朮、乳香、没薬、延胡索などの活血化痕薬を配 合した活血化瘀剤(日本漢方では駆瘀血剤という)を用いる。代表方剤として、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散、当帰芍薬散、大黄牡丹皮湯などがある。産後に生じた血痕に対しては、とくに芎帰調血飲第一加減という処方が極めて有効である。
④ 出血
熱証による出血(血熱)、虚証による出血、血痕による出血に分けられる。
血熱による出血は鮮紅色で、さらに実熱と虚熱(陰虚) による場合に分けられる。前者は、多量で勢いのよい出血で、熱証の症候を伴い、犀角地黄湯に代表される清熱涼血剤で治療する。後者は、より少量で断続的な出血で、陰虚の症候を伴い、生地黄湯などで治療する。虚証による出血は、血虚、陰虚、気虚、陽虚による場合がある。それぞれの症候とともに、血虚では、陰虚と同様な出血で、芎帰膠艾湯などで治療し、気虚では淡く止まりにくい出血で、帰脾湯などで治療し、陽虚では薄く慢性的な出血で、黄土湯や柏葉湯などで治療する。
血瘀による出血は赤黒く慢性的な出血で、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散などの活血化瘀剤で治療する。
3)気血双方の異常
① 気血両虚
気虚と血虚の症候が同時にみられるもので、補気薬と補血薬を組み合わせた方剤を用いる。代表方剤は、四物湯と四君子湯を合わせた八珍湯で、これに加減した方剤として、十全大補湯や人参養栄湯などがある。
② 陰陽両虚
陰虚と陽虚の症候が同時にみられるもので、補陰薬と補陽薬を組み合わせた方剤を用いる。代表方剤として、補陰剤である六味丸に、補陽作用のある附子・桂枝を加えた八味丸(八味地黄丸)などがある。
4)津液の異常
① 津虚
津液の不足をいい、乾燥症状を呈する。陰虚の一部と考えられる。
② 痰飲
津液の停滞により、体内に異常に水分が貯溜した状態をいう。
5)精の異常(精の不足)
精、すなわち腎精の不足は、腎精虚(腎精不足)という(腎血虚とはいわない)。成長・発育・生殖などの減退がみられ、小児では発育遅延、成人では早老を生ずる。腎精は、生命エネルギーの基本物質で、これを元にして生ずる生命機能が腎気であり、腎精はまた腎気の働きによって絶えず補充されているため、これらは不可分の関係にあり、腎精虚と腎気虚をまとめて腎虚という。腎精虚に熱証が加われば腎陰虚で、腎気虚に寒証が加われば腎陽虚となる。
腎精の不足には、左帰丸、左帰飲などを用いる。なお、腎陽虚ではほとんどの場合に腎精虚や腎陰虚が並存するため、陰陽を同時に補う必要がある。
3.臓腑弁証
臓腑弁証とは、八綱弁証・気血弁証に加えて、病変がどの臓腑にあるかをより詳細に弁別するものである。
4.病邪弁証
病邪弁証とは、疾病がどの病邪に関連して生じたかを弁別するものである。
5.外感熱病弁証
外感病では、既述の各弁証を基本とすることはもちろんであるが、とりわけ正気と病邪の力関係によって症候に特徴がみられる。そのため「傷寒論」における六経弁証や、「温病学」における衛気営血弁証と呼ばれる固有の弁証系がある。これらのうち、とくに前者は日本漢方の基礎理論として重視されている。
外感熱病は、感染症を含む急性発熱性疾患の総称であり、このうち熱感よりも悪寒の強いものを傷寒、悪寒よりも熱感の強いものを温病という。これらの病態を認識する場合に「傷寒論」だけでも、また「温病学」だけでも不十分である。すなわち、傷寒の陽明病・少陽病と温病の気分病は共通するが、「傷寒論」には営分病・血分病に相当する病態の弁証がほとんどなく,「温病学」には傷寒の陰病に相当する病態の弁証があまりみられない。したがって、外感病の弁証論治においては、少なくとも両者について理解しておく必要がある。
1)六経弁証
病邪(主に寒邪)と正気の闘病反応の状況から外感病の経過を分析したもので、正気が実であれば闘病反応は強く、これを陽病とし、正気が虚であれば闘病反応は弱く、これを陰病として、それぞれを3型ずつに分けて、各病態における症候と治療法を述べたものである。
① 太陽病
発病初期で、病邪が表にある時期で、悪寒(悪風)、発熱、頭痛、身体痛、項部のこわばり、脈は浮などの表寒証の症候を呈する。悪寒・無汗・脈が浮緊のものを傷寒、悪風・自汗・脈が浮緩のものを中風という。辛温解表法によって治療するが、傷寒には麻黄湯や葛根湯、中風には桂枝湯などを用いる。
② 少陽病(省略)
③ 陽明病
病邪が裏に入り、高熱を呈する極期に相当する。高熱とともに、口渇、発汗、多飲、譫言、腹部膨満、便秘、舌は紅色で舌苔は黄〜黄褐色、脈は洪大(力があり、幅の広い脈)などの裏実熱証を示す。白虎(加人参)湯や承気湯類で治療する。
④ 太陰病
陰病の初期で、正気の虚が少なく、腹部のみに寒証を示す。食欲不振、腹満、腹痛、嘔吐、泥状〜水様便、舌は淡白で舌苔は白色、脈は軟弱などの脾陽虚の症候を呈する。人参湯(理中湯)や附子理中湯で治療する。
⑤ 少陰病
正気の虚が著しい場合で、老人によくみられる。元気がない、眠い、悪寒、脈は微細(弱くて触れにくい脈) などの陽虚の症候を呈する。治療法として、四逆湯や麻黄附子細辛湯などを用いる。
⑥ 厥陰病
急性の末梢循環不全すなわちショック状態をいう。
四肢の冷え、顔面蒼白、血圧低下、痙攣、脈は数弱などの症候を呈する。治療として、四逆湯類を用いる。
2)衛気営血弁証
温病すなわち熱邪による外感病の推移を、病邪の侵入経過から4型に分けて、各病態の症候と治療法を示したものである。
① 衛分病(証)
発病初期で、病邪が表にあり、悪寒(軽度)、発熱、頭痛、身体痛、鼻閉、咳嗽、舌苔は黄〜薄白色、脈は浮などの表熱証を呈する。辛涼解表法により治療する。代表方剤は銀翹散、桑菊飲などである。
② 気分病(証)
陽明病や少陽病とほぼ同様の症候を呈する。とくに外感熱病の極期としての症候を気分熱盛という。
③ 営分病(証)
気分病がさらに進んで脱水を生じたもので、午後に高熱となり、口渇や発汗は少なくなり、煩燥、不安、不眠、意識障害、痙攣などを生じ、舌は深紅で乾燥し、舌苔は減少し、脈は細となる。清営湯などで治療する。
④ 血分病(証)
営分病がさらに進んで出血を呈するもので、犀角地黄湯などの清熱涼血剤で治療する。
皮膚疾患の漢方治療
1.漢方医学における皮膚疾患の捉え方
漢方医学においてもっとも大切なことは、全身的な状態を把握した中で、皮疹というものを考えていかねばならないということである。たとえば、同じような外因が加わって湿疹病変を生ずる場合でも、体内に水分の多い乳児では、湿潤性の皮疹を生じやすいのに対して、水分の乏しい老人では、より乾燥性の皮疹を生じやすくなる。このような場合には、皮疹そのものが全身的な状態をある程度反映しているといえる。したがって、皮膚疾患の漢方治療を行うにあたっては、まず皮疹に対する弁証と全身状態の弁証とを、互いの関連を考えながら慎重に行い、その結果として、皮疹に対する治療と、全身所見に対する治療の両面を考える必要がある。
全身所見については、気虚、血虚、陽虚、陰虚といっ た虚証や、血瘀などの病的産物が中心である。 皮膚疾患によっては、ある程度特定の全身所見と関連の深い疾患もある。
・アトピー性皮膚炎(主に小児)、褥瘡、緑膿菌感染症 → 気虚
・老人性皮膚掻痒症、皮脂欠乏性湿疹、小児乾燥性湿疹 → 血虚
・バージャー病や寒冷蕁麻疹 → 陽虚
・慢性湿疹やビダール苔癬 → 陰虚
と関連が強い。
・鬱滞性皮膚炎、膠原病、乾癬、扁平苔癬、ケロイド、凍瘡、成人アトピー性皮膚炎 → 血瘀
と深い関連性がある。
2.皮疹の弁証論治(Table 8)
1)炎症性病変(抜粋)
③ 化膿性炎症:
膿疱や膿痂疹などの化膿菌感染や白血球の勇壮による皮疹は毒(熱毒)と捉え、金銀花、忍冬、連翹、蒲公英、石膏、薏苡仁、黄連などの清熱解毒薬を配合する。
代表方剤:十味敗毒湯、五味消毒散、黄連解毒湯、排膿散及湯、清上防風湯など。
2)湿潤性病変(省略)
3)乾燥性病変
鱗屑、亀裂、皮脂欠乏などの乾燥性病変は、燥証と捉え、潤燥薬を配合して対応する。
① 老化などによる皮膚の乾燥・萎縮
これを血虚と捉え、当帰、熟地黄、何首烏、胡麻、竜眼肉、○杞子、阿膠、白芍などの補血潤燥薬を配合する。基本方剤は四物湯である。
血虚の場合にしばしば掻痒を伴うが、これを血虚生風と呼び、四物湯に袪風薬を配合して対応する。血虚生風の代表方剤は当帰飲子である。
② 炎症性変化による乾燥・鱗屑など
潤燥薬に清熱薬を加えて対応する(例:温清飲)。
炎症が慢性化して皮膚が乾燥する場合、内因的に陰虚によるものが多い。この場合、さらに補陰薬を配合して対処することになる(例:六味丸)。温清飲には清虚熱作用のある黄柏が配合されており、一種の補陰剤とも考えられる。
4)掻痒
掻痒は風証と捉え、袪風薬を配合して対応する。袪風薬は、解表薬と熄風薬に大別され、さらに解表薬はその性質により辛涼解表薬と辛温解表薬に分けられる。
① 辛涼解表薬:
皮膚に清涼感を与え、消炎作用を持つ解表薬。薄荷、牛蒡子、葛根湯、蘇葉、菊花、柴胡、升麻、蝉退、浮○などがあり、風熱証に用いる。代表的方剤:消風散。
② 辛温解表薬:
体表部の血管を拡張し、血行を促進することにより体表を温める作用を持つ解表薬。麻黄、桂枝、荊芥、防風、紫蘇葉、葱白、生姜、細辛、白芷など。代表的方剤:麻黄附子細辛湯、桂麻各半湯など。風寒証(例えば寒冷じんま疹)に用いる。
③ 熄風薬:
中枢性の鎮静・鎮痙作用を有する生薬をいい、同時に中枢性の止痒作用も認められるもの。蝉退、○蚕、全蝎(ぜんかつ:サソリ)、○蚣、地竜、白蒺藜、蛇脱、白花蛇、釣藤鈎、夜交藤、合歓皮など。方剤:蝉退を含む消風散、白蒺藜を含む当帰飲子など。
皮膚疾患に頻用する漢方処方解説
【消風散】
・生薬構成
(清熱薬)苦参、石膏、知母、甘草、生地黄
(袪風薬)防風/荊芥(辛温解表)、牛蒡子(辛涼解表)、蝉退(熄風)
(利湿薬)蒼朮、木通
(滋潤薬)当帰、地黄、胡麻
・効能
本方は作用の拮抗する利湿薬と滋潤薬が同時に配合されており、ある程度湿潤と乾燥の混在した(どちらかといえば湿潤に適す)炎症性の痒みのある皮疹に対応するように作られている。すなわち、湿疹三角形を構成する各発疹に全般的に対応できるように作られた方剤であり、湿疹・皮膚炎群、蕁麻疹・痒疹群などの基本方剤である。一般的には、夏季に増悪するタイプで湿潤傾向のあるものに良い。
・合方
しかしながら、現実の病変ではいろいろな偏りが見られるのがふつうであり、上記の処方はいわば骨格のようなもので、実際の治療に際しては、これらに以下に示すような加減を行うことによりさらに治療効果を高めることができる。
① 発赤・充血・熱感の強い場合:黄連解毒湯、白虎加人参湯を合方する。
② 水疱・びらん・浮腫・滲出の強い場合:越婢加朮湯、麻杏甘石湯などを合方する。
③ 鱗屑・亀裂・乾燥の強い場合:四物湯を合方する。
④ 慢性化して暗赤色調を呈する場合:温清飲を合方する。
⑤ 肥厚・苔癬化の強い場合:通導散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯などを合方する。
⑥ 膿疱・化膿傾向のある場合:排膿散及湯などを合方する。
⑦ 掻痒の強い場合:袪風薬(白鮮皮、薄荷、地膚子、浮○、蒼耳子、白蒺藜など)を加える。
【十味敗毒湯】
・生薬構成:
(袪風湿)荊芥、防風、独活、柴胡
(排膿)桔梗、桜皮、川芎、茯苓、甘草
・効能:
本来は化膿性皮膚疾患の初期に用いるために、荊防排毒散から取捨して作られた処方である。祛風湿薬の配合があるためにしばしば湿疹・皮膚炎群や蕁麻疹などに応用されるが、本剤には利湿薬や清熱薬の配合が少なく、本剤単独ではその効果はあまり強くない。
消風散に比べて、より乾燥性で、当帰に増悪する傾向のある皮疹に適応する。
消風散と合方して消風敗毒散として用いるのが良い。
浅田流では連翹を加えているが、清熱解毒という意味ではより優れた処方と言える。
<一貫堂解毒剤>(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯)
いずれも温清飲を基本とした方剤で、血虚・陰虚体質で炎症を起こしやすい者(解毒証体質)の体質改善薬として作られた処方。特徴として、
・柴胡清肝湯:滋潤作用を強化 ・・・小児の扁桃炎やリンパ節炎などに
・荊芥連翹湯:解表作用を強化 ・・・青年期の鼻炎・副鼻腔炎・ざ瘡などに
・竜胆瀉肝湯:利水作用を強化 ・・・成人の泌尿生殖器系の炎症に
皮膚疾患では、柴胡清肝湯をアトピー性皮膚炎に、荊芥連翹湯をざ瘡に用いることが多い。