漢方方剤を構成生薬から紐解いていくシリーズ、第六回は沢潟と猪苓です。
これらの生薬の私のイメージは・・・
・沢潟も猪苓も利水薬
・両方共に五苓散に含まれている
・沢潟と猪苓の違いはわからない
程度の浅はかな知識です。
以下の資料を舐めるように読んで、ポイントを抽出する作業をしてみました。
<参考資料>
1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
① Dr.浅岡の楽しく漢方〜古代からの贈り物Ⅰ・Ⅱ(ケアネットTV)
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)
2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)
①『薬徴』大塚敬節先生による校注
③『薬徴続編』松下嘉一先生(他)による解説
3.「増補薬能」
編集人:南 利雄 出版元:壷中秘宝館
いつものように浅岡Dr.の動画解説(茶色)から。
次にツムラ漢方スクエアの『薬徴』解説、沢潟の項目の解説は寺師睦宗Dr.です。
□ 猪苓を発見した頃の昔人のイメージ
・頭が重たくて
・むくんだ感じ
・頭が締めつけられる
・帽子を被せられたよう
・オシッコの出が悪い
以上の状態が、
・とんがった葉っぱの根っこを食べたらよくなった
□ 沢潟の基礎知識
・オモダカ科サジオモダカの塊茎(こんけい)
・『神農本草経』「風寒湿痺(ふうかんしつひ)、乳難、水を消し、五臓を養い、気力を益し、肥健ならしむるを主る」
・『傷寒論』3方、『金匱要略』7方に使用
・沢潟の「潟」は水を去ることをいい、「沢」は湿り気のある低い土地を云う。それで「沢潟」とは、湿り気のある土地の水を去る意味であり、体の中の水を去るという意味になる。
・『薬徴』(主文)「小便不利して冒眩するを主治するなり。かたわら渇を治す。」
→ 小便が出ないで、冒眩(頭に何か被っている感じがしてめまいがする)を治し、二次的には喉が渇くのを治す、という意味。
<沢潟が配合されている方剤>
【沢瀉湯】白朮、沢潟
「心下に支飲あり、其の人冒眩(ぼうげん)に苦しむ」
※ 冒眩:頭を締めつけられフラフラする感じ
・沢潟が君薬
・みぞおちの下に水気があり、その水気が頭の方に上がって、頭がボーッとして、何かをかぶっている感じがして、めまいがするものによい。
【五苓散】沢潟、白朮、茯苓、猪苓、桂枝
「脈浮、小便不利、微熱、消渇の者」
・・・利水剤がたくさん、どの生薬がどれに対応しているのか説明しにくい。
・沢潟が君薬
・小便が出ないで、微熱(これは近代医学の微熱:37℃前半という微熱ではなく、体の内の方にこもっている熱)のあるものや、消渇(一般には糖尿病のことをいうが、ここでは喉が渇いてしきりに水を飲み、尿の出ないもの)のものに用いるべし。
【八味地黄丸】地黄、山薬、山茱萸、沢潟、茯苓、牡丹皮、桂枝、附子
「虚労、腰痛、小腹拘急し小便利せざる者」
・『薬徴』「小便不利。また曰く、消渇、小便反て多し。」
→ 小便が出ないものに使うが、一方で喉が渇いて、小便がかえって多く出るものにも用いる。
【茯苓沢瀉湯】沢潟、白朮、茯苓、桂枝、甘草、生姜
「胃反(いはん)、吐して渇し水を飲まんと欲する者」
・・・実は沢潟の適応効能は書いてないが、後世の人がたくさん書いている。
(例)「頭が重い、多愁訴の時に使うべし」など。
※ 下線は苓桂朮甘湯
※ 胃反:胃がひっくり返る→ 気持ち悪い
・吐くと喉が渇き、喉が渇くと水を飲みたいという時に使う。
□ 沢潟と五味子の「冒を治す」の違い
『薬徴』「沢潟と五味子、同じく冒を治し、その別あり」「五味子、沢潟、みな冒するものを主治す。しかしてその別あり、五味子は咳して冒するものを治し、沢潟はめまいして冒するものを治す。」
→ 沢潟と五味子は同じく頭に何かをかぶっているようなボーッとした感じを治すが区別すべきである。五味子の場合は咳が出て冒するものを治し、沢潟の場合は、めまいがして冒するものを治す。
次に、増補薬能から。
<沢瀉>
【増補能毒】(1652年)長沢道寿
「味甘く鹹く微寒。膀胱・腎・三焦・小腸の四経に入る。膀胱、三焦の滞りたる水を追い下す」。私曰く、此の薬は猪苓より和にして使いよいぞ。小便を快く通ずる事、是より優れたるはなしと思うべし。「湿熱をもらす、痰飲をめぐらす」。私曰く、痰も湿の類なる故ぞ。さりながら痰の療治は気を利する事を先とする程に小便の瀉薬を用いる事稀なり。但し事によりてよき療治とならん事もあらんぞ。「湿気によって身の痺れるに、乳の出難きに、五淋に、水腫に、脹満に」。私曰く、猪苓も此の薬も虚証の腫脹には斟酌すべし。但し補瀉の心ここに申すべし。
療治の口伝にあり。「陰下濡れてしたるきに」。
(毒)「久しく服する時は目を損なう」。私曰く、本草に此の薬は目を明らかにすと云えり。其の当座、小便をよく通じ、腎の熱毒を去るほどによきなり。久しく服すれば腎水を減らす故に目を損なう。
【一本堂薬選】(1738年)香川修庵
水道を宣通し停水を行利し、膀胱中留垢、消渇、淋瀝、腫脹を消し、溺瀝、腫脹を消し、溺を利す。水痞。
【薬徴】(1794年)吉益東洞
小便不利、冒眩を主治するなり。傍ら渇を治す。
【薬性提要】(1807年)多紀桂山
甘淡、微に鹹。平。膀胱に入り小便を利し、湿熱を除き、消渇、嘔吐、瀉利を治す。
【古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
味微に苦、淡生。故に能く畜湿を逐い、水道を宜通するの功有り。
【重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
小便不利を主治す。故に支飲、冒眩を治す。傍ら吐渇、涎沫を治す。
【古方薬議】(1863年)浅田宗伯
味甘寒。痞満、消渇、淋瀝、頭旋を除き、膀胱の熱を利し、尤も水を行らすに長ず。
【漢方養生談】(1964年)荒木正胤
水毒を排除して冒眩を主治する。また小便の不利を治し、渇を止める。
近代以降の本草書には水毒(小便不利など)への言及は共通していますが、
「冒眩」系の記載は吉益東洞(冒眩)、尾台榕堂(冒眩)、浅田宗伯(頭旋)など、一部にとどまるようです。
冒眩は『神農本草経』にもなく、Dr.浅岡は沢瀉湯をオリジンとして解説していますが、始まりはいつの時代、誰からなのでしょう?
もうひとつ、利水の生薬「猪苓」を紹介。
□ 猪苓
・サルノコシカケ科チョレイマイタケの菌核
・猪苓という漢名はイノシシの糞に似ていることに由来
・『神農本草経』「痎瘧(かいぎゃく)、解毒、蠱注(こちゅう)、不祥を主り水道を利す」
※ 痎瘧:ぴょんぴょんと発作的に熱が出る病気
※ 蠱注:今で云う「結核性の腹膜炎」の様なもの
・『傷寒論』2方、『金匱要略』3方に使用
・主治:下痢、熱淋(下のトラブル)
・『薬徴』「渇して小便不利するを主治す」
・茯苓は強心利尿剤系、猪苓はもう少し直接的に利尿作用、膀胱作用があるのではないか(Dr.寺師)。
<猪苓が配合されている方剤>
【猪苓散】猪苓、茯苓、白朮
「嘔吐して病膈上にあり、水を思う者」
・・・みな利水剤なので猪苓がどれを担当するのかわかりにくい
【猪苓湯】猪苓、茯苓、沢潟、阿膠、滑石
「脈浮、発熱し渇して水を飲まんと欲し、小便不利の者」
「下痢すること六七日、咳して嘔し、渇し、心煩して眠ることを得ざる者」
・・・もともとは「下痢」に使う方剤。
※ 阿膠:止血剤、滑石:清熱剤
【猪苓湯】と【白虎加人参湯】は『傷寒論』で併記されている
全然違う方剤なのになぜ?
(条文)
「脈浮にして緊、咽渇き、発熱汗出で・・・渇して水を飲まんと欲し」
(ここまでは共通で、いかにも脱水ぽいが・・・その後に続く文章は)
→ 口乾舌燥のもの白虎加人参湯これを主る
→ 若し、小便不利のもの猪苓湯これを主る
※ 猪苓湯の小便不利は脱水ではなく水毒(水の偏在)によるものを意味する。脱水らしい症候に対して、ホントの脱水なら白虎加人参湯、水毒なら猪苓湯を選択すべし、鑑別は「舌の乾湿」と教えてくれている。
Dr.浅岡は小便不利(利水)の他に、猪苓湯から「下痢」の薬能を抽出しているのが特徴です。
「熱淋」については「シモの悩み」という表現にとどまりましたが、
実は性病(淋病)を指しているようです。
次に、増補薬能から。
<猪苓>
【増補能毒】(1652年)長沢道寿
「味甘く平。足の太陽膀胱経に入る。腫脹に、腹膨れ急に痛むに、湿を除く、子淋に」。私曰く、身持ちなる女の淋病の事なり。「胎腫に」。私曰く、懐妊の人の水腫を云うなり。目付けは小便を瀉する事甚だしきと知るべし。
(毒)「久しく服すれば腎気を損ない目を眩ます」。
【一本堂薬選】(1738年)香川修庵
水道を利し、膀胱を疏し、渇を治め、腫脹を消し、淋疾、妊淋、妊腫。
【薬徴】(1794年)吉益東洞
渇して小便不利を主治するなり。
【薬性提要】(1807年)多紀桂山
甘淡薄。質順降。故に善く水湿を燥し、膈間の水満を引き、尿道を通利す。
【重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
渇して小便不利を主治す。
【古方薬議】(1863年)浅田宗伯
味甘平。水道を利し、傷寒、温疫の大熱を解し、腫脹満を主り、渇を治し、湿を除く。
【漢方養生談】(1964年)荒木正胤
渇し小便の不利を治す。
近代以降の本草書では利水剤の記載以外目立ったものはないようです。
Dr.浅岡が主治として挙げた「下痢」は見当たりません。
さて、Dr.浅岡が前項の朮と茯苓を含めて利水剤をまとめてくれました:
<利水剤のまとめ>
茯苓:口渇して小便不利、眩悸
朮 :口渇して小便不利、四肢疼痛、心下逆満
沢潟:眩冒して小便不利
猪苓:口渇して小便不利、下痢、熱淋
・・・これら4つの生薬がすべて配合されている五苓散は最強の利水剤であり、上記すべての薬能を有するので、それを適応症に羅列すると逆にわかりにくくなってしまっているジレンマを理解すべし。
「小便不利」は4つの生薬共通であり、利水剤の基本薬能。
「口渇」も共通ですが、脱水による激しい口渇ではなく、水毒(水の偏在)による口渇なので軽度にとどまり、
付随する薬能は、水毒の部位による症候の違いと理解することが可能です。
茯苓:頭部と胸部
朮 :胸部と四肢
沢潟:頭部
猪苓:下腹部
でしょうか。
さて、当初の私のイメージを検証してみます。
・沢潟も猪苓も利水薬
・両方共に五苓散に含まれている
・沢潟と猪苓の違いはわからない
はじめの2つは常識の範囲、
三つ目の沢潟と猪苓の違いは、同じ利水剤ではありますが、その守備範囲が違う、ということになります。
今回も勉強になりました。