漢方薬を、その構成生薬の薬能から紐解く試みシリーズ、第七回は“当帰”です。
私の従来の当帰のイメージは・・・
・気血水の“血”を担当し、特に“血虚”を改善する生薬。
・女性によく用いられる。
・当帰芍薬散は不妊薬で妊娠後も継続可能。
くらいしか思いつきません。
今回も、以下の資料を参考に探求して参ります。
<参考資料>
1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)
①『薬徴』大塚敬節先生による校注
③『薬徴続編』松下嘉一先生(他)による解説
3.「増補薬能」
編集人:南 利雄 出版元:壷中秘宝館
最初はDr.浅岡の動画(茶色)からエッセンスを頂戴し、
次にツムラ漢方スクエアの『薬徴』解説(内炭精一先生の解説)(黄土色)で肉付けをし、
最後に「増補薬能」(緑色)で過去の本草書の記述と比較してみます。
と思っていたら、『薬徴』には当帰の記載が無いらしい・・・残念です。
<導入部>
□ 生薬には「守備範囲」がある
例1)大承気湯:厚朴・枳実・芒硝・大黄
(心下部)枳実・厚朴
+
(腹部)大黄・芒硝
⇩
(心下部+腹部)大承気湯
例2)大柴胡湯:柴胡・生姜・黄芩・芍薬・半夏・大棗・枳実・大黄
(心下部)枳実・厚朴
+
(腹部)大黄・芒硝
+
(胸脇)柴胡
⇩
(胸脇・心下部・腹部)大柴胡湯
例3)小半夏湯:半夏・生姜
(心下部)半夏
+
(心下部)生姜
⇩
(心下部)小半夏湯
<本論>
<当帰>
□ 当帰を発見した当時の古代人のイメージ
・生理痛
・お肌の調子が悪い
・爪の色が悪い
・独特な香りがする草の根
□ 当帰の基礎知識
・セリ科トウキの根
『神農本草経』「咳逆上気、温瘧で寒熱の酒酒として皮膚中にあるもの、婦人の漏下・絶子・緒の悪瘡・癰・金瘡を主る」
・『傷寒論』4方、『金匱要略』15方に使用
■ 当帰
血虚に対して使われる(補血)
主治:腹痛、崩漏(不正出血)、瘡毒(皮膚炎)
薬性:温、散(※)
守備範囲:少腹、皮膚
※ 香りがする生薬は大抵“散”
★ 『薬徴』
「当帰の薬効を傷寒論・金匱要略の記載からはうかがうことができない」と東洞は言い、したがって『薬徴』には当帰の薬効に関する記載は全くない。
<当帰を含有する方剤>
【当帰補血湯】当帰、黄耆
「産後の体虚、浮腫・多汗」
→ 当帰は「産後」を担当
【当帰建中湯】当帰、桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草、膠飴
「婦人産後、虚◯不足、腹中刺痛止まず、吸吸として少気し、あるいは小腹拘急し、痛み腰背に引くに苦しみ、食欲する能わざる」
→ 当帰は「婦人産後」を担当。
※ 下線部は桂枝加芍薬湯、+膠飴で小建中湯
【当帰四逆加呉茱萸生姜湯】
当帰、細辛、木通、呉茱萸、桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
「其の人内に久寒あり」・・・お腹が冷えていたい人
※ 下線部は桂枝加芍薬湯
<川芎>
□ 川芎の基礎知識
・セリ科センキュウの根茎
・元々の名称は芎窮(きゅうきゅう)であったが、四川省の作物が上物として有名になり、「四川省の芎窮」→ 略して「川芎」と呼ばれるようになった。
『神農本草経』「中風脳に入り、頭痛・寒痺・筋攣緩急、金瘡、婦人血閉し子無きを主る」
※ 血閉:閉経、出血などの意味がある
・『金匱要略』11方に使用
■ 川芎
血虚に対して使われる(補血)
主治:腹痛、頭痛
薬性:温、散
守備範囲:少腹、頭
※ 当帰の兄弟分
<川芎を含有する方剤>
【川芎丸】川芎、天麻
「頭痛眩暈」
→ 川芎は頭痛を担当
【川芎茶調散】
川芎、白芷、羌活、荊芥、防風、薄荷、香附子、茶葉、甘草
「諸風上攻して頭目昏重、偏正頭疼」
→ 川芎は「頭疼」を担当
【酸棗仁湯】酸棗仁、川芎、知母、茯苓、甘草
「虚労虚煩眠るを得ず」・・・不安感で眠れないのでその不安を取る
→ 川芎は?を担当・・・眠れない人は頭痛を訴えることが多いから?
■ 当帰+川芎
主治:血虚(血の流れが滞った結果の“栄養補給不足”で痛んだ部位)
効能:少腹痛、月経、妊娠
・子宮に栄養が行き渡らずに組織が痛んで痛みや出血が起きる場合に使う生薬
・子宮を直接見ることはできないので、肌や爪や舌の色(肌色になる)を参考にする
■ 桃仁+牡丹皮
主治:瘀血(血の流れが滞った結果の“うっ血”)
効能:原因(※)が何であれ、少腹痛に用いる
※ 例)寄生虫、虫垂炎、生理痛、・・・
▢ 瘀血と血虚
・瘀血:循環障害の結果、一部に血液が溜まってうっ血した状態
・血虚:巡回障害の結果、栄養補給不足で組織が痛んだ状態
・・・循環障害という意味では同じ
【佛手散】当帰、川芎
「産前産後の腹痛、出血」
→ 当帰・川芎ともに条文のすべてを担当
【当帰芍薬散】
当帰、川芎、芍薬、茯苓、白朮、沢潟
「婦人懐妊、腹中キュウ痛す」
※ キュウ痛:捕まれるような痛み
【芎帰膠艾湯】当帰、川芎、芍薬、阿膠、艾葉、地黄、甘草
「妊娠腹中傷む」
※ 阿膠:止血剤
【四物湯】当帰、川芎、芍薬、地黄
「月水不調、臍腹キュウ痛、崩中漏下」
※ 月水:月経、崩中漏下(ほうちゅうろうげ):不正出血
【温経湯】当帰、川芎、芍薬、桂枝、呉茱萸、人参、阿膠、牡丹皮、半夏、麦門冬、生姜、甘草
「婦人少腹冷えて久しく受胎せざるを主る」
「崩中去血、或いは月水来ること過多、及び期に至って来たらざる者」
「婦人年五十所(ばかり)、・・・、少腹裏急、腹満し手足煩熱、口唇乾燥す」
・・・滋潤薬がたくさん含まれており、体が乾燥しているときに使うことが多い。
※ 崩中去血:不正出血
当帰は“血虚”があれば男性にも使用可能
例)皮膚の血虚
⇩
【当帰飲子】当帰、川芎、芍薬、地黄、防風、黄耆、荊芥、蒺梨子、何首烏、甘草
「身の瘡疥(そうかい)あるいは腫(できもの)、或いは痒、或いは膿水(できもの)・・・」
・・・高齢者用のクスリとして有名であるが、「高齢者は血虚の肌に陥りやすい」だけである。アトピー性皮膚炎患者さんで皮膚の血虚(カサカサ、黒ずみ)があれば全年齢で適応になる。
・芍薬が入っている目的は「補血」
★ 当帰、川芎、芍薬、地黄は四物湯
※ 防風、黄耆、荊芥、蒺梨子、何首烏は皮膚の痒み対策の生薬群
当帰・川芎には芍薬も併用されることが多い。
その目的は主に「少腹痛」(下記)の効き目をサポートすることにあるが、ときに「補血」(上記)のこともある。
【当帰芍薬散】当帰、川芎、芍薬、茯苓、白朮、沢潟
「婦人懐妊、腹中キュウ痛す」
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」
【芎帰膠艾湯】当帰、川芎、芍薬、阿膠、艾葉、地黄、甘草
「妊娠腹中傷む」
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」
【四物湯】当帰、川芎、芍薬、地黄
「月水不調、臍腹キュウ痛、崩中漏下」
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」
【温経湯】当帰、川芎、芍薬、桂枝、呉茱萸、人参、阿膠、牡丹皮、半夏、麦門冬、生姜、甘草
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」
引き続き「増補薬能」に目を通しておきます。
まずは「当帰」から。
復習がてら、Dr.浅岡のポイント再現;
■ 当帰
血虚に対して使われる(補血)
主治:腹痛、崩漏(不正出血)、瘡毒(皮膚炎)
薬性:温、散(※)
守備範囲:少腹、皮膚
<当 帰>
【増補能毒】(1652年)長沢道寿
「味辛く温。心・肝・脾の三経に入る。血を温め中を温む」。
私曰く、およそ一身を温めると心得るべし。「痛みを止み」。
私曰く、血さし痛むには是を用い、気のさし痛むには枳殻を用う。
さりながら此の薬は十二経を温むる程に気血ともに用いても苦しからず。
「肌肉を生じ、血を補う。女人の腰の痛みに」。
私曰く、腰の痛みには男女ともに用う。
「白血・長血に、脈遅くして手足冷えるに、当帰頭は血を止めて上行し、当帰尾は血を破りて下行す、当帰身は血を和らぐ」。
私曰く、此の薬は血を調える第一の薬なり。朝夕手を放さぬぞ。辛温なる故に大方冷えたる人ばかりに用うべきようにみえたれども、血熱の煩にも地黄・犀角・牡丹皮などを加えるべし。血の滞りを破る時は馬鞭草・桃仁・紅花の輩と一つに用うべし。血を下さんと思う時は桃仁・大黄を加えるなり。血を上らさんと思う時は何にても上行の薬を加えるなり。産前産後に大方離さぬぞ。とにかく血を治するの本薬と心得るべし。また諸虚不足の人に用いるなり。口伝。
(毒)「血熱して腫れ痛むに。脈大にして速きに」。但し温なる故ぞ。
【一本堂薬選】(1738年)香川修庵
血を和し、膿を排す。血を止め、滋潤す。目赤腫痛、婦人産後、悪血上衝、崩血漏下、瀝血を療ず。痘瘡内托。
【薬性提要】(1807年)多紀桂山
甘。温。血を補い、燥を潤し、内寒を散じ、諸瘡瘍を主る。
【古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
味甘辛。気大温にして芳発。故に経脈を温達し、気血を調和するの能有り。古人は匚襠と同じく婦人産後、気血不足、腹痛及び癰疽を療ずるに用う。膿を排し、痛みを止める。
【古方薬議】(1863年)浅田宗伯
味甘温。 逆を上気、婦人の漏下、心腹の諸痛を主り、腸胃、筋骨、皮膚を潤し、中を温め、痛を止む。
【漢方養生談】(1964年)荒木正胤
血を補い、裏寒を暖め、諸瘡瘍を治し、虚証の血毒を治す要薬。
(壷中)軟便には注意する。
ほとんどの本草書に、Dr.浅岡の指摘する、「血あるいは補血〜滋潤」「腹痛」「皮膚病」などのキーワードが記載されていることがわかります。
次は川芎の項目を見てみます。
■ 川芎
血虚に対して使われる(補血)
主治:腹痛、頭痛
薬性:温、散
守備範囲:少腹、頭
<川 芎>
【増補能毒】(1652年)長沢道寿
「味辛く温。頭痛に」。
私曰く、頭痛には其の品多けれども、何れの頭痛にも必ず用いるなり。気虚の頭痛には少し斟酌あるべきか。但し頭痛甚だしくは気虚なりとも補薬の内に少し加えて用うべし。
「能く血を生ず」。
私曰く、厥陰の経の本薬なり。
「気を順らし欝気を散ず、冷えて痺れ筋引き攣るに、脳の内冷えて痛むに、頭の内の血滞るに、中風に」。
私曰く、此の薬は気を散ずる事、風の塵を吹くに似たり。一薬を服まする事あるべからず。方の内にも常に多くは用うべからず。厥陰の経の本薬にして血を温むると心得て使うべし。
(毒)「気の衰えたる人には頭痛ありとも、熱気強きに」。
私曰く、熱気に忌めども、頭痛甚だしくは使う事あり。其の病に望んで分別すべし。かようの事はあらかじめ定め難し。諸薬皆同じ。
【一本堂薬選】(1738年)香川修庵
黴瘡、下疳、便毒、久?血、結毒、諸瘡、疥癬、癰疽を療ず。膿を排し、眼疾、結毒の頭痛、腰脚軟弱、手足筋攣、膿淋、血淋、婦人の血閉、胎衣下らず、難産・腹痛、生を催す、一切の黴毒、結滞、周身筋骨疼痛、諸患皆治す。宿血を破り新血を活かす。
【薬性提要】(1807年)多紀桂山
風湿脳に入り、頭疼寒痺を治し、血を補い燥を潤す。
【古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
其の気味辛温芳烈。故に上は頭脳に達し、下は?血を破り、気血を順するの能有り。以て頭痛、腹痛、荳痛、経閉、諸瘡毒を療ず。
【古方薬議】(1863年)浅田宗伯
味辛温。頭痛、金瘡、血閉、心腹堅痛、半身不随、鼻洪、吐血及び溺血を主り、膿を排し、気を行らし、鬱を開く。
【漢方養生談】(1964年)荒木正胤
当帰と併用して虚証の血毒をとり、血を補い、燥を潤し、頭痛、寒痺を知す。
【中薬大辞典】(1985年)上海科学技術出版社
気を行らし鬱を開く、風を去り湿を燥かす、血を活かし止痛する、の効能がある。
風冷による頭痛旋暈、脇や腹の疼痛、寒による筋の麻痺、無月経、難産、産後 阻塊痛、癰疽瘡瘍を治す。
李杲 頭痛には川襠を用いるべきであり、もし癒らなかったらそれぞれ引経薬を加える。太陽は活、陽明は白覬、少陽は柴胡、太陰は蒼朮、厥陰は呉茱萸、少陰は細辛である。
川芎は血、婦人科疾患と並んで頭痛に関する記述が圧倒的に多いですね。
さて、当初の私の「当帰」に対するイメージを検証してみます。
・気血水の“血”を担当し、特に“血虚”を改善する生薬。
・女性によく用いられる。
・当帰芍薬散は不妊薬で妊娠後も継続可能。
どれも間違いではありません(ホッ)。
さらに、Dr.浅岡が強調する“生薬の守備範囲”も要チェックです。
・当帰は少腹(下腹部)と皮膚
・川芎は少腹(下腹部)と頭部
そして、瘀血を担当する桃仁・牡丹皮との少腹痛の違いは
・当帰・川芎は婦人科系の少腹痛
・桃仁・牡丹皮はあらゆる原因の少腹痛
であることも覚えておきましょう。