小児漢方探求

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

「漢方ー日本人の誤解を解く」劉 大器 著

2011年10月10日 15時30分53秒 | 漢方
 1997年、講談社発行。

 ふつう西洋医学系の書籍は出版後10年もすると内容が古くなってしまい読む価値が激減する傾向がありますが、漢方に関する本には当てはまりません。
 よい本は何十年経ってもよい本であり続けます。
 なぜかというと、漢方の医学大系は1000年前以上に既に完成されており、著者がどう捉えるかというレベルの違いしかないからです。

 この本は日本漢方とは少し異なる中医学(伝統的な中国医学)の先生が日本人向けに書いた啓蒙書です。ですから、漢方医学というより東洋医学と呼んだ方が適切かもしれません。

 漢方は体に優しく副作用がない、長く飲まなければ効かない・・・等々、いろんな誤解があります。この本でもその点に触れています。

 漢方で用いる生薬(漢方薬を構成する原料の草根木皮)には体に優しい守るタイプから使い方を誤ると副作用が出る攻めるタイプまで幅広く存在します。
 漢方薬の2000年前の古典「神農本草経」という書物には、食物~生薬を大きく3つに分類して記載されています。

 上品(じょうほん):毒性が無く体によいもの
 中品(ちゅうほん):毒性は小さいけれど薬効のあるもの
 下品(げほん):毒性は強いけれど治病に優れているもの


 例えば、下品の中には「附子」という生薬が含まれていますが、これは長野カレー事件で有名なったトリカブトなのです。それを漢方的に加工して(修治といいます)毒性を減じ、体を温めてすぐれた鎮痛効果を発揮する薬として長い長い時間をかけて手名付けてきたわけです。

 上品・中品・下品を組み合わせ、上手く使いこなすのが漢方のプロということになります。
 日本で普及しているエキス剤は、漢方の古典から現代人にも適用できる組み合わせを抜粋して既製品化した約束処方と捉えることが可能です。

 著者は漢方薬は漢方医学の考え方に沿って処方されるべきで、西洋医学の病名だけで「この病気にはこの漢方」では危険であると警告を発しています。
 漢方医学の病名・診断名は「」と云います。
 人間の健康状態を「虚実」「寒熱」「陰陽」「表裏」などの概念で捉え、それを元に症状にあった方剤を選択するのです。
 それを無視して西洋医学病名だけで処方すると、体に不具合が生じ、それが症状として副作用の形をとることになります。

 この本の中で強調しているのは「寒熱」の判断です。
 その内容は単純明快。
 「寒則熱之、熱則寒之」(「寒」には「熱」、「熱」には「寒」)。
 つまり、「寒」(冷えている人)には「熱」(温める薬)、「熱」(熱を帯びている人)には「寒」(冷やす薬)を原則とします。

 逆のことを考えてみましょう。
 「寒」(冷えている人)に「寒」(冷やす薬)を与えたらどうなるでしょう?
 「熱」(熱を帯びている人)に「熱」(温める薬)を与えたらどうなるでしょう?

 からだが余計に辛くなることは誰にでも予想できますね。
 第三章では二十二項目にわたり「寒熱」を判断する材料を提示して解説しています。

 1990年代に「慢性肝炎に小柴胡湯という漢方薬を使用した患者さんに間質性肺炎が多発」し社会問題に発展しました。
 このカラクリは、小柴胡湯の「寒」(冷やす薬)という性質を考えると自ずと答えが出てきます。
 患者さんの中には「熱」の人も「寒」の人もいたと想定されます。
 もともと小柴胡湯は熱病に使う薬であり、「熱」の人にはよく効いたことでしょう。
 しかし、「寒」の人は・・・冷えているからだがより冷やされて辛くなったことでしょう。その一部に副作用が発現したものと考えられます。

 という訳で、漢方薬を使用するときは漢方医学のルールに従ってください、とアドバイスしている内容です。

 民間療法と漢方薬との違いにも言及しています。
 一般に、民間療法は一つの生薬、漢方医学は複数の生薬の組み合わせ、と説明されることが多いのですが、この本は一歩踏み込んで解説していました。

 民間療法は「対症療法」、漢方医学は「対証療法」である、と。
 なるほど。
 腰が痛い、手がしびれる、めまいがする・・・などの一つの症状に対応するのが民間薬。
 一方、それらの症状を総合して「寒熱」「虚実」「表裏」などの物差しで「証」を判断して用いるのが漢方薬。
 民間療法と漢方医学は完全に異なるものではありません。民間療法が発展して、医学のレベルまで到達したものが漢方医学であるとご理解ください。

 また、生薬のみならず、食物の寒熱にも言及しています。
 「寒」の人は温める食材を、「熱」の人には冷やす食材を勧めています。
 前述の神農本草経には生薬だけでなく食材についても記載されています。
 つまり「医食同源」ということですね。

 小児科医である私は、子どもにも漢方薬が役立つことを実感し、西洋医学で解決できない病態に用いています。
 日本では「食育」がキーワードとなる昨今、漢方の考えを導入・応用し、医食同源~薬膳へ発展させることができないかと常々考えてきましたが、この本から大きなヒントをいただきました。
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