近年、思春期にさしかかった子ども達が体の不調と共に心の不調を訴えて受診されることがあります。
たいてい起立性調節障害がかくれているので体の不調に対してはその処方をしますが、
こころの不調に対して精神科医ではない私はどうすべきか困ります。
私はその際、漢方薬を提案しています。
漢方薬にはどの方剤にも「気ぐすり」の薬効のある生薬が含まれています。
漢方には「気の異常」という概念が昔から(約2000年前!)からありました。
西洋医学では諸検査で異常がないと「気のせいでしょう」
として心療内科や精神科に誘導されてガッカリしたりショックを受けることがありますが、
「気のせい」=「気の異常」ととらえる漢方の出番です。
「気の異常」に対してたくさん薬が用意されているのです。
しかし、方剤を選択する際に、
どうしても越えられない一線がありました。
それは「不安」「緊張」「イライラ」の線引きが難しく、
このキーワードで方剤を決めにくいこと。
「不安」にはこの漢方、
「緊張」にはこの漢方、
「イライラ」にはこの漢方・・・
と説明されても、
実際の患者さんの訴えは複数重なったり、3つがオーバーラップすることもあるからです。
とくに「不安」と「緊張」って別のものなんだろうか、区別できるんだろうか、
という素朴な疑問が残ったままです。
すると、どの方剤が目の前の患者さんに一番合うのか、決められない。
いろいろな講師によるWEBセミナーを聞くと、
そのときはわかったような気がするのですが、
いざ患者さんに処方しようとすると迷いに迷います。
例えば、小児漢方のご意見番である山口英明先生のレクチャーでは以下のように分類・説明されています;
■ 山口英明先生の“子どもの心の不調に対する漢方”解説
1.怯え・不安状態 → 甘麦大棗湯(72)、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)
2.緊張・不安定変動状態 → 四逆散(35)、柴朴湯(96)
3.興奮・怒り状態 → 黄連解毒湯(15)
1+2(不安+緊張) → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
2+3(緊張>怒り) → 大柴胡湯(去大黄)(8)
3+2(怒り>緊張) → 抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83)
一旦「なるほど」と合点するのですが・・・
私の中で“不安”と“緊張”のイメージがオーバーラップして切り離せていないので、
なかなか方剤が選べません。
また、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)と柴胡加竜骨牡蛎湯(12)の使い分けも今ひとつイメージできません。
不安・緊張・イライラって心理学的にはどう捉えるんだろう、どう区別するんだろう、
と一度専門家に教えていただきたい、とも思います。
(実は長女が臨床心理士・公認心理師の資格を持っているので、
機会があったら聞いてみます。)
ちなみに“こどもの心の不調”に対する今までの私の方針は、
(怒りんぼ系)→ 抑肝散
→ 効果があるけど今ひとつの場合は柴胡加竜骨牡蛎湯
(心配性、泣き虫系)甘麦大棗湯
(愁訴+立ちくらみ)半夏白朮天麻湯
(動悸+立ちくらみ)苓桂朮甘湯
(のどの違和感)半夏厚朴湯、柴朴湯
といったところ。
そんな折、東北大学の大澤稔先生のWEBセミナーを聞く機会があり、
その説明が妙に腑に落ちました。
「これなら自分にも使いこなせるかもしれない」
と思わせてくれる分かり易い解説。
メモしておきます;
■ 大澤稔先生の解説
▢ 精神的不安定の大澤式漢方的分類
・3つのキーワード:“うつうつ”と“イライラ”と“ドキドキ”
・“うつうつ”と“イライラ”は合併しない
・“うつうつ+ドキドキ”と“イライラ+ドキドキ”はあり得る
これは画期的な分類法です!
“不安”と“緊張”を“ドキドキ”という単語でひとくくりにしています。
この方が私には理解しやすい、整理しやすい。
そして、山口英明先生の解説にはなかった“うつうつ”という概念を追加。
これは西洋医学の性疾患の捉え方からきていて、
うつうつ → うつ病
イライラ → 統合失調症・双極性障害
に対応しています。
ただ、「うつうつ」は「くよくよ」に言葉を換えた方が、
患者さんには説明しやすいかなあ。
▢ 精神的動揺のイメージ
・正常域の両側に興奮状態(イライラ系)とうつ状態(抑うつ系)を配置
・軽い興奮状態(イライラ反応)は漢方薬の適応
・病的興奮状態(イライラ)は精神科領域の向精神薬の適応
・軽いうつ状態(抑うつ反応)は漢方薬の適応
・病的うつ状態(うつうつ)は精神科領域の抗うつ薬の適応
漢方薬の守備範囲のイメージができました。
まあ、精神科領域の患者さんが小児科に来ることはまれでしょう。
▢ うつうつ(抑うつ)への漢方薬
・外来に入ってくるときから元気がない→ 桂枝加龍骨牡蛎湯
・さらに気分が塞いでのどが苦しくなる(梅核気)→ 半夏厚朴湯
ここで気づいたのですが、“うつうつ”に使用される漢方薬は、
他のこころの症状に使用される漢方薬と比較すると、数が少ないですね。
▢ イライラ(いら立ち)への漢方薬
・話の端々に気の高ぶりを感じ、いら立ち、不眠、物音に敏感。
・基本薬:抑肝散・抑肝散加陳皮半夏
・・・背後に“抑圧された怒り”がある場合が多い、何かを我慢していることが多い、原因のよくわからない特定の身体症状が出ることがある(心身症)
“イライラ”+“冷えのぼせ”
→ 柴胡桂枝乾姜湯・桃核承気湯・加味逍遥散が候補
三剤の使い分けは・・・
(柴胡桂枝乾姜湯)頭皮に汗をかきやすく神経過敏
(桃核承気湯)強い(冷え)のぼせ、便秘、月経困難
(加味逍遥散)軽い(冷え)のぼせ、便秘、月経困難
“冷えのぼせ”は漢方独特の表現なので少々説明を。
上半身が熱を持ってほてり、下半身は逆に冷えている状態を指します。
顔が火照ってつらい、でも足は冷えている、とか
足が冷えてつらいけど、顔はむしろ温かい、など、
まあ更年期障害のホットフラッシュに近い症状です。
“イライラ”+“動悸”が強い
→ 柴胡加竜骨牡蛎湯(不眠にも有効)
“イライラ”+“動悸”+“愁訴が多い”場合
→ 加味逍遥散
大澤稔先生の漢方解説の真骨頂は、
“主訴+〇〇〇 ”でフローチャートができあがっていることです。
この項では“イライラ”が主訴、それに“〇〇〇”という症状もある場合はこの方剤、という感じです。
▢ “ドキドキ”(不安症)への漢方
・適応は「すでに安定剤を飲んでいる方」「ひきつけを起こしそうなくらいつらい」レベル
・基本薬:甘麦大棗湯
“ドキドキ”+“うつうつ”(精神的に落ち込んでいる)
→ 甘麦大棗湯+桂枝加龍骨牡蛎湯
“ドキドキ”+“ふらつき・立ちくらみ”(自律神経調節障害)
→ 甘麦大棗湯+苓桂朮甘湯(苓桂甘棗湯の近似処方)
▢ “ドキドキ”が強くて不安発作(パニック症、過呼吸)を起こす
→ 甘麦大棗湯+苓桂朮甘湯(苓桂甘棗湯の近似処方)
(甘麦大棗湯)こみ上げてくる焦燥感(ひきつけを起こしてもおかしくないくらい)を押さえてくれる、ドキドキを押さえる。
(苓桂朮甘湯)不安で生じる自律神経の変動を鎮めてくれる、ふらつきを押さえる。単独でも不安軽減効果がある。
また、なかなかイメージできなかった「竜骨牡蛎」を含む漢方薬2つの使い分け解説も腑に落ちました。
(柴胡加竜骨牡蛎湯)
→ 適応は“イライラ”(こころの高ぶりを押さえる)
・神経性心悸亢進、ヒステリー
・甘草を含まない
(桂枝加竜骨牡蛎湯)
→ 適応は“うつうつ”(こころの落ち込みを持ち上げる)
・性的神経衰弱、陰萎、遺精
・甘草を含む
以上を参考に、
適応する患者さんが来院したら処方してみたいと思います。