自分の人生だけは、周囲には気が合って、楽しく、明るく、共に生活出来るタイプの人々と生活したいものです。しかし、どうしてこうも威張りたがる男女がいるのでしょうか?NPDの研究をすると直ぐ分かるのですが、生育史の関係で、劣等感、愛の孤独感が潜在していると、自己主張の方法として、人間の本能は、愛の孤独感を癒す手法として、無意識に自分の存在を大きく見せようとします。私を含め、人間だれにでも存在する性格、性能、傾向ですが、この現象に気づいた人は幸せです。謙遜は傲慢の始まり、といいますが、最初の謙遜の修行段階では、そうなる可能性がありますが、そのうち、自然で明るく、のびのびと、しかも、謙遜で、楽しい人々に変容していきます。この変容への契機は相当勉強しないと、実現できませんが、人格上の変容を目指す修行は人生で一番楽しい営みです。威張りたがる人生は秋の枯葉のように散っていきます:<NPD1:22-4>:
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